京アニ放火殺人 警察はなぜ被害者実名報道を決断したのか 元警察官僚、古野まほろ氏が分析
「匿名発表が原則」が常識になる時代が来る?
――実名報道でなければ、「事件を社会全体で共有できない」「教訓にできない」「捜査の検証もできない」「誤った情報の拡散を防げない」「再発防止の取り組みにもつながらない」あるいはそもそも「忘れられてしまう」「生きた物語として報道できない」といった意見もある。
「本件事件の『負傷者の方』34人については全て匿名発表となっているが、それで御指摘のような弊害があるのだろうか。
個人的には、誤った情報の拡散を防ぐという点については同意できるが、他の点については、一概に/一律に、実名という情報を必要としないのではないかとも感じる」
――今般の事件では、「マスゴミ」なる言葉に代表されるように、被害者側に立ち、メディアを批判する世論が大きかった。このことが、今後の実名発表の在り方に影響を与えると思うか。
「長く刑事事件の当事者としては無視されてきた『被害者』『被害者遺族』という存在が、平成を通じて『再発見』され、今では当然に守られるべき対象と認識されるに至っている。それには、大勢の人々の尽力と長い歳月を要した。言い換えれば、長い歳月にわたる大勢の人々の尽力によって、『刑事事件で守られるべきは被疑者のみ』といった常識あるいはイデオロギーが変わってきた。
そしてこの傾向は、今般の事件における国民世論の沸騰からして、強まりこそすれ弱まることはないだろう。
とすれば、やがては、重大事件における本件のような実名発表の割合が減少してゆくのだろうし、ひいては『匿名発表が原則』という、メディアからすれば真逆のことが常識になる時代が来るのかも知れない。
いずれにせよ、警察としては、本件を教訓として、『被害者の方・被害者遺族の方の権利利益』と『報道の自由・知る権利』のバランシングを、より慎重かつ適切に行ってゆくこととなるだろう。また、そうした判断の根拠・理由を、国民に対して適切・丁寧に説明してゆく努力が求められると考える」
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