「ヘルプマーク」を付けた彼が、電車の中で怒鳴り声を上げたやり切れない理由

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手や足は出していないが……

 さて、冒頭でご紹介した電車内で怒鳴っていた男性の話に戻る。ほとんどの女性はそうであると思うが、私は男性の怒鳴り声に恐怖を感じる。

 私の父は幼い頃、ちょっとしたことでよく怒鳴っていた。発達障害の一種である算数LD(学習障害)のせいで算数の宿題ができないときはもちろん怒鳴られたし、夫婦喧嘩でも怒鳴りながら鍋の蓋や食器を投げることがあった(最近は年のせいかだいぶ丸くなったが)。

 それだけでなく、近所の不良少年たちが夜、爆竹をやったりバイクを乗り回したりしている現場に乗り込んで怒鳴ることも頻繁にあり、そのたびに私は恐怖に襲われ、布団の中で耳を塞いでいた。怒鳴る父親がいることが近所に知れ渡るのも恥ずかしかった。

 このようなトラウマもあり、男性が怒鳴ることが未だに怖い。人間はロボットではないので怒りの感情は誰にでもあるし、キレやすい性格の人はいる。ここ数年は怒りの感情をコントロールして生きやすくしようという「アンガーマネジメント」の本もよく見かける。

 最近話題の新書、宮口幸治氏の『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)には、すぐにカッとなって問題行動を起こす少年たちに向けた次のような治療教育が記されていた。

「こわい」「かなしい」「ふあん」などの気持ちを貼った500mlのペットボトルを用意して水を入れ、「うれしい」だけ空にしておく。そして「いかり」には2Lのペットボトルを用意し、全部のペットボトルを袋に入れてかつがせ、気持ちを溜め込むと苦しいのだと実感させる。

 そして、1本ずつ袋から出していくことで楽になることを体感させる。気持ちを吐き出すことで楽になるが、一番重い「いかり」のペットボトルは人に投げると怪我をさせてしまうので、怒りの出し方に注意するよう教えるという。

 電車内で出会ったヘルプマークを付けた男性も「自分は弱者だからヘルプマークを付けている。それなのに誰も配慮してくれない! 席を譲ってくれない!」という怒りを誤った形で取り出し、怒鳴る行為に至ったのだと推測する。

 彼は手や足を出していないので、直接的に怪我をした人はいないが、私のように「怖い」という感情を持ってしまった乗客は他にもいただろう。

 これが「すみません、このカードを付けているように、私は目には見えない障害を抱えていて立っているのがつらいです。だから、席を譲ってもらえるとうれしいです」と言えば、誰も不安な気持ちにならずに席を譲ってもらえた可能性は高い。

 しかし、本来は自分から「席を譲ってください」と言い出すためのマークではなく、周りの人が気づいて配慮するマークである。

 私も含め、電車内で座っている際はスマホをいじるか読書をしている人が多いため、周りにどんな人がいるか気づきづらい。この点においてはもう少し、健常者がアンテナを張っておくべきであるが、なかなか難しい。

 そして、弱者に席を譲りにくい現象において、「現代人は超疲れている問題」もある。

 目の前にヘルプマークやマタニティマークを付けた人や高齢者が立っていたとしても「朝から晩まで働き詰め、または徹夜明けで超疲れている……。せめて移動中だけでも休みたい。譲りたいけど譲れない」という人もいるだろう。

 私も、生理痛がひどくて脂汗を流していた際、「譲りたい気持ちはあるけど今立ったら倒れる、ごめんなさい!」と心の中で高齢者に謝ったことがある。

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