「プレジデンツカップ」キャプテン「A・エルス」が世界にもたらす「勇気」と「希望」 風の向こう側(54)

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 長年のゴルフファンなら、アーニー・エルスという選手をご存知のことと思う。

 南アフリカ共和国出身のエルスは現在49歳。1994年と97年に「全米オープン」で優勝し、2002年には「全英オープン」も制したメジャー3勝、米ツアー通算19勝を挙げたスーパースターだ。長身と長い腕を活かし、ゆったりとしたリズムでスイングするエルスは「ビッグ・イージー」と呼ばれ、世界中のファンを沸かせた。

 だが、エルスにはメジャーチャンピオンに輝いたプロゴルファーという以外にも、とてもユニークな顔があり、彼の生きざまは、人々に勇気や希望をもたらしている。そんな彼の知られざる一面を紹介しようと思う。

「ヒデキはチーム優勝を渇望している」

 国や地域の名誉をかけたゴルフの団体戦と言えば、1927年に創設された米国と欧州が2年に1度対戦する「ライダーカップ」が知られているが、これに出場できない欧州以外の選手たちのために1994年に創設されたのが、2年に1度、米国と世界選抜が対戦する「プレジデンツカップ」だ。

 両大会は交互に開催され、今年はプレジデンツカップが12月にオーストラリアの「ロイヤル・メルボルンGC」で開かれる。米国キャプテンを務めるのはタイガー・ウッズ(43)、そして世界選抜のキャプテンを務めるのがエルスとあって、ともに初キャプテンとなる2人のスーパースターの采配に注目が集まっている。

 すでに、世界ランキングなどに基づいて両チーム各々8名の選手の出場が決まり、残る各4名は、11月にキャプテン推薦によって最終決定される。

 世界選抜のチーム入りが確定した8名の中には、オーストラリアのマーク・リーシュマン(35)やアダム・スコット(39)、そして日本の松山英樹(27)も含まれている。キャプテンのエルスは8名のチームメンバーの1人1人を誇らしげに紹介しているのだが、その紹介の言葉にエルスの観察眼と分析力が溢れ返っていて、大いに驚かされた。

 たとえば、エルスによる松山の紹介は、こんな具合だった。

「ヒデキはとてもグレートで才能溢れるプレーヤーだ。彼にとって今回は4度目のプレジデンツカップとなり、豊富な経験を持つヒデキは、すでにプレジデンツカップという大会が何たるかをすべて知り尽くしている」

「しかし、ヒデキはいまなおプレジデンツカップのチーム優勝を経験したことがない。ミュアフィールド(2013年、米オハイオ州ダブリンでの開催)でも韓国(2015年、ジャック・ニクラスGCコリアでの開催)でも、世界選抜チームは優勝まであと一歩というところまで行ったのだが、結局、勝てなかった」

「だから、ヒデキはチーム優勝を渇望している。彼は心の底から勝利を欲している。そして、戦う準備はできている」

「そもそも、彼は真のウイナーだ。ビッグ大会での優勝もいくつも味わっており、その経験を必ずや活かしてくれるはずだ」

 日頃から松山自身は多くを語らないという事実も手伝って、エルスによる「ヒデキの紹介」は、びっくりするほど詳細に描かれているという印象を受ける。長年、松山を取材してきた私も、「へー、彼はそんなにもプレジデンツカップ優勝を望んでいるんだなあ」と驚かされた。

 エルスも松山も多忙なスケジュールをこなしているのだから、お互いに頻繁に会ったり話したりしているわけではない。エルスは松山のみならず他の7名の選手たちとも直接交流できているわけではないはずだが、それなのに、なぜエルスはチームメンバーの事情や心情をこんなにも細かく把握することができるのか。

 その答えは、エルスの視線の向け方と考え方、生きる姿勢に見て取れるのだと私は思う。

ビジネスマンの才覚

 優れたプレーヤーが優れた指導者となりえるかどうかはスポーツの世界の長年のテーマだが、エルスの場合は、これから世界選抜チームのキャプテンとしての手腕を発揮しようとしている。

 だが、キャプテンとしての資質や手腕を問う以前に、彼は優れたビジネスマンでもあることをすでに世の中に示し始めている。

 と言っても、ゴルファーだからゴルフ用具や練習器具の開発や販売ビジネスに着手する、という単純な話ではない。往年の名選手たちの多くは、引退後はゴルフ場の設計や監修のビジネスに携わるものだが、エルスはまるで異なるフィールドに手を伸ばしているところが面白い。

 2017年から商品開発に着手し、今夏から米国内で発売を開始した「エルス・アイスコーヒー」は、その1つだ。

 これは、在米25年の私の生活経験から得た感想だが、アメリカでは日本ほどアイスコーヒーというものが一般化していない。日本では街中のコーヒーショップで「コーヒー1つ」と言ったら、店員から「ホットですか?アイスですか?」と尋ねられることが多い。だが、アメリカでは「コーヒーと言えばホット」というのが、ほんの10年前ぐらいまでは当たり前だった。

 最近でこそ、スターバックスなどの一部のコーヒーショップがアイス・カフェラテなど「冷たいコーヒー」を販売するようになり、いわゆるアイスコーヒー的な飲み物も販売されるようになってきたが、昔ながらのレストランやカフェには、いまでも日本風のアイスコーヒーは、まず置かれていない。

 そんな中、冷たく冷やして飲むエルスのアイスコーヒーは、オリジナル、チョコレート、ミント・チョコレートの3つのフレーバーがあり、若干のアルコール入りで「大人の味だ」と大好評。売れ行きはきわめて好調だという。

 このコーヒー販売で手応えと自信をえたエルスは、将来的な事業拡大を目指し、アルコール・ビジネスのエキスパートを雇い入れて気勢を上げている。

 さらにエルスは、ペット事業にも踏み込み始めている。元々、愛犬家のエルスは、トレーニングを兼ねたドッグ&キャット・フードを開発。「アーニー・エルス・チャンピオン」と名付けたそのドッグ&キャット・フードを今年8月に開かれた全米規模のペットショーに出展した。

 そして、エルス自身が自らブースに立ち、商品を紹介したり、訪れた人々に笑顔で握手やサインもするサービスぶりだったそうだ。

「自閉症は語る」

  振り返れば、長男が自閉症と診断されたことをエルスが明かしたのは、2008年のことだった。米ツアーの「ザ・ホンダ・クラシック」で通算16勝目を挙げたエルスは、その翌週、「自閉症は語る」と書かれたロゴマークをゴルフバッグに付けて大会会場に現れた。

「5歳になった僕の息子のベンは自閉症だ」

 選手が自身や家族の病気や障害について公に語ることがほとんどなかった当時の米ゴルフ界において、エルスの告白は衝撃的な出来事だった。だが、慣例や前例にとらわれず、やろうと決めたことをやる。それが、エルス流だった。

「これまで僕は自閉症について考えたこともなかったが、ベンが自閉症と診断されてからは、僕の人生も人生のプライオリティも、すべてが変わった」

「僕は息子の自閉症を告白することで世界の注目を集めたい。がんの治療法が見つかるのなら、自閉症の治療法だって、きっと見つかるはずだ」

 だから僕は「自閉症を語る」――エルスの告白は他選手にも大きな影響を与え、「僕の息子も自閉症だ」とエルスに告げに来た選手もおり、大勢の人々を勇気づけることにつながった。

「僕はプロゴルファーとして名前や存在が知られている。その知名度を僕は自閉症を人々に広く知って理解してもらうために活かしたい」

  エルスはニューヨークの「『自閉症は語る』協会」の活動団体に加わり、独自でもチャリティ・トーナメントやチャリティ・オークション等々、さまざまな活動を行うようになっていった。

 だが、それでエルスがゴルフ界から退いていったわけではなく、彼の存在感が薄れたわけでもない。プレジデンツカップの世界選抜キャプテンという重責を担い、ビジネスにも手を伸ばし、人生を謳歌しているところが素晴らしい。

 ビジネスに着手する際も、自分が好きなコーヒーや犬に関係する商品を開発しているところに、エルスの遊び心が見て取れる。

 かつてプロゴルファーとしての名声を自閉症への認知や理解を求めるために活用しようと思ったように、今度はビジネスにもうまく活用しようとしているところに、彼の柔軟な発想や多角的な視点、大胆さや度胸も感じられ、さすがだなと唸らされる。

 そんなマルチな才能を兼ね備えるエルスは、世界のゴルフ界の宝であり、彼の生きざまは世界中の人々に勇気と希望をもたらすのではないだろうか。

【編集部よりお知らせ】舩越園子さんの「ゴルフ・イベント」開催!

9月28日(土)、武蔵丘短期大学客員教授も務める舩越園子さんが中心的にかかわっているゴルフにまつわるイベントを開催します。

イベント:【ムサタンゴルフフェスティバル】                         ~家族3世代の絆を深め、子どもたちの未来を拓く~

日  時:2019年9月28日(土)9:20~12:00(受付9:00~)

場  所:武蔵丘短期大学 中庭及び併設ゴルフ練習場(埼玉県比企郡吉見町南吉見       111-1)

参加費用:無料

問合わせ:武蔵丘短期大学「ムサタンゴルフフェスティバル」係

     TEL:0493-54-5101  FAX:0493-54-6756

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2019年9月10日掲載

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