猫も杓子も何かに「沼ってる」時代の空気をとりこんだ「だから私は推しました」

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 何かに、あるいは誰かに夢中になってハマってしまうことを「沼に沈む」「沼に落ちる」「沼る」というらしい。ズブズブと沈んで、抜け出せなくなるからだ。私自身、沼ったことは人生でたぶん一度もない。軽くハマることはあっても、すぐ飽きる。金や時間や魂を注ぎ込むまでいかない。ファンにもオタクにもなれない自分は、何か欠けているのだろうか。猫も杓子も何かに沼ってる、そんな時代の空気をとりこんだドラマがある。「だから私は推しました」だ。相変わらず前近代的な内容と手法のドラマが多い今夏、目立っているし、禍々(まがまが)しくて、新しい。

 シンプルに説明するなら、「ひとりの女がアイドルに沼って罪を犯し、人生を棒に振る?」物語だ。?をつけたのはまだ二転三転しそうだし、むしろ人生が好転しそうな匂いもするから。主演は桜井ユキである。

 そもそもはインスタグラムで「いいね!」をもらうためだけに、背伸びして生活する「リア充アピール女」だった桜井。商社勤務の彼氏から手ひどく人格否定をされてフラれるところから始まる。たいして優秀でもない彼から「俺をいいね!の道具にするな」「キモイっていうかイタイ」「みっともないんだよ」などと浴びせられ、失意のどん底に。

 クソ男だなと思う反面、勝手にインスタにプライベートを晒された彼氏の辟易もわからんでもない。もう、このくだりだけでも白飯3杯食えるな。このドラマは。

 桜井は失恋でやけ酒して、スマホをなくすが、拾ってくれたのがアイドルオタクの細田善彦。スマホを取りに行ったライブハウスで、衝撃の出会いをしてしまう。そこで見たのは、歌も踊りも笑顔もコミュニケーションも何もかもが超絶不器用なアイドル・白石聖(せい)だった。完璧に浮いて、場違いに見える彼女の姿に、桜井は思わず自己投影してしまう。

 このアイドルグループのファンがすごくまっとうでフレンドリー。スマホを拾ってくれた細田しかり、長老的存在の村杉蝉之介は基礎知識を教えてくれて、桜井はどんどんハマっていく。

 ぞっとしたのは、笠原秀幸演じる太客。大金を注ぎ込んで白石を独占し、「お前は馬鹿なんだから」とモラハラ&ストーカー的行為を繰り返す。アイドル業界の問題点(課金システムや危機管理)をたっぷり練りこんであり、今を切り取っている脚本だなぁと感心する。

 桜井がアイドル沼に沈んだ経緯を描きつつも、実は現在、警察で事情聴取を受けているという見せ方も面白い。映画「ユージュアル・サスペクツ」を思い出した。

 今後の展開でも気になる点はたくさんある。リア充系女友達たちとの関係の変化、アイドルたちの内紛と競争、ファン同士のえげつない確執など、感情の鍔迫り合いポイントが山盛りだ。

 事情聴取に応じる桜井の達観というか諦観というか、虚ろな目も気になる。燃え尽きた感もあり、自嘲の表情でもあり。桜井は敵を成敗できたのか、そもそも敵とは何だったのか。女の成長物語であることは間違いないが、快哉を叫ぶ結末になるかどうか、興味津々だ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2019年9月5日号掲載

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