新幹線「のぞみ」車内殺人第1号・覚醒剤男が錯乱の末に……
「まさか新幹線のなかで」……昨年(2018年)6月9日、走行中の新幹線のぞみ車中で、22歳の男が刃物を振り回し、乗客3人を殺傷した事件をご記憶の方も多いはずである。だが、四半世紀前となる1993年(平成5年)8月23日には、同様に走行中ののぞみ車中で刃渡り30センチものサバイバルナイフで人を殺めた男がいた。(駒村吉重 ノンフィクション・ライター)
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予定より1時間ほど遅れて到着した列車を降りたある乗客は、疲労の色がにじむ顔をこわばらせて、東京駅ホームに殺到した取材陣にこう漏らした。
「まさか、新幹線のなかでこんなことがおこるなんて……」
平成5年8月23日夜、博多発東京行きの東海道・山陽新幹線「のぞみ24号」はいつもと変わりなく、時速270キロの快足を飛ばして、順調にレールを走っていた。乗客もまばらなグリーン車両では、出張帰りの男女4人がビール片手に、くつろぎながら仕事の話に興じている姿があった。その一団に、無言で歩み寄ってきた長身の若い男の次なる行動は、誰にも予想できなかった。男は声も発せず、通路側に座っていた男性の胸に、深々とサバイバルナイフを突き入れたのだ。
被害者のうめき声、飛び散る鮮血で事態を知った同じ車両の客は、ナイフをかざす男に追い立てられ、血の色を失って前後の車両に駆け込んでいった。
「9号車で事件があり、犯人が車内をうろついています。前後の車両に避難して下さい」
との車内アナウンスが間もなく流れ、恐慌の波紋は瞬く間に全車両に広がっていった。東西の大都市を短時間で結ぶ「のぞみ」の停車駅は、最小限に留められている。列車は、いつ止まることができるのか、それまで、どこに逃げたらいいのか――。快適、便利な公共交通機関が一瞬にして、急停止不可能な走る密室に変わったのだ。
一部乗客は押し合うようにして狭いトイレに入り込んだが、多くの人は身の隠し場所もなく、じっと恐怖の時間に耐えるしかなかった。約20分後に緊急停車した新富士駅で、乗り込んできた警官隊に取り押さえられた犯人中村克生は、のちの調べで覚醒剤の常習者であることが判明する。刺された40歳の男性は病院に運ばれたが、出血多量による窒息が原因ですでに死亡していた。
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