「クビナガリュウの骨」を売りに来た男とニセ恐竜論文事件 恐竜学者・小林快次

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 NHK子ども科学電話相談で大人気の“ダイナソー小林”こと北海道大学の小林快次教授。誰も調査したことのないフィールドへ足を運び、未知の恐竜化石を掘り出す学者だ。「むかわ竜」発掘の陣頭指揮をとったことでも知られる小林さんは、発掘地でよく化石を見つけることから、「ファルコン・アイ(ハヤブサの眼)」の異名も持つ。そんな小林さんの“恐竜まみれの日常”を夏休みスペシャルとして4回にわたりお届けする。化石売買をしてはいけないというスタンスを貫く小林さんだが、徹底的に取り締まるのにはジレンマがあるという。第4回「ニセ恐竜論文事件」。(以下、『恐竜まみれ―発掘現場は今日も命がけ―』(小林快次・著)より抜粋)

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禁止できないジレンマ

 難しいのは、ジレンマもあるということだ。化石の売買を徹底的に取り締まるため、もう研究者以外、化石発掘は禁止ということにしたらどうか。北海道や福井、群馬などで人気のアンモナイト発掘も、一般の人は現場立ち入りを含めてすべて禁止したとしたら何が起きるだろうか。
 とたんに新たな恐竜化石が見つからなくなるのだ。
 北海道には全国から、愛好家の人々がアンモナイトを掘りにやってくる。もちろん地元にもそうした人が多く、彼らは実際すごい標本を所有している。一方で、その彼らの眼のおかげで、恐竜化石が見つかっている面があるのだ。
 アンモナイトを狙っていたところ、ちょっと見たことがない化石が出てきた。それを近くの博物館の人に見せたら──というのが、他でもない、「むかわ竜」発見の始まりだったというのをご存知の方もいるかもしれない(詳細は『恐竜まみれ』第8章)。日本では数少ない、化石が出る地層が人の眼にさらされることで、発見につながっていることも事実なのだ。もちろん私も、かつてそのアマチュア発掘者の一人だった。

 そしてもうひとつ、インターネットに絡んで新たな問題も出てきている。
 アンモナイト愛好家のお父さんがいるとしよう。休日のたびに発掘に出かけ、その成果を大事にコレクションしていた。倉庫を買うほど増え続けた化石は数十年後、お父さんが亡くなった瞬間、すべてが「ゴミ」に変わる。
 場所を取るし、捨てるにも捨てづらい。悩んだ家族がふとネットを見ると、同じような化石に50万円の値がついていた。すると、ネット経由で処分するというのが自然だろう。いまマーケットに流れている品物は、こうした背景を持つものも少なくない。
 研究者の我々がすべきことは、アマチュアの人たちとの協力、連携だ。発掘で最低限押さえておくべきこと、標本の価値とは何か、売買で失われるものは何かを納得してもらったうえで、山や川に入ってもらう。そうすれば「どんどん見つけてください」と送り出せる。そして今までと違うアンモナイト、恐竜が出てきたらぜひ知らせてほしいという協力態勢を作っていけないか模索している途中だ。
 それなしに、「売買はいけない」という規制や取り締まりは、地下マーケットの拡大につながりかねない。
 アマチュアによる発掘も、時間と労力が掛かっている。それは同じようにして化石を追う私もよく分かる。だからこそ、対価として幾らかを受け取りたい気持ちも分かるが、化石を売買すること自体の問題点を知ってほしい。
「クビナガリュウの骨があるから、見てください」
 そう言って研究室に来た男性がいた。本物という自信が本人にもあったのだろう、私が鑑定し終えると彼は満足げにこう言ったのだ。
「これ100万円になるんですよ」
 途端に浮かんだ私の表情を読んだのだろう、彼からは二度と連絡がない。

ニセ恐竜論文事件

 化石は売れる。それが広まると、偽物の化石も生まれてくる。その舞台のひとつが中国だ。
 羽毛がはえていた痕跡が化石で確認できる、希少な一群を羽毛恐竜という。最初の羽毛恐竜こそ本物だったが、掘った地元の人にちょっとずつお金が払われるようになると、彼らは農地を放棄して化石を探すようになった。そして売り始める。売り始めると、見た目が良ければ良いほど高く売れることが分かる。ただし、良い化石というのはそうそうない。
 すると何が起きたか。彼らはそのへんにあるばらばらになった化石を掻き集めて、偽物の化石を作った。つなぎ合わせたのだ。
 そのいい例が、「アーケオラプトル」だ。種類の違う恐竜をつなぎ合わせたニセ恐竜を、研究者が購入した。それほどその「作品」はよい出来だったのだ。この化石は、「これまでにない恐竜が出た、アーケオラプトルという恐竜だ」と1999年の「ナショナル ジオグラフィック」に記事として載った。じつはこの掲載の直前に、カナダのフィリップ・カリー博士をはじめとした研究者が、別の論文を出す予定だった。しかし彼らは、研究を進めるうちにその標本が少なくとも3つの化石を組み合わせた作り物だと気づいた。その旨を伝えたときには、すでに手遅れ、記事が載った雑誌の印刷が始まってしまっていたという。
 私自身も、偽物化石を見た経験がある。なんだ、すごい化石だとよく見てみると、「めちゃくちゃいい化石だ」と声が出てしまう。だがつぶさに見ていくと、これは作っているなと分かる。すごいのだが、何か違和感が残る。何かがおかしい。
 中国のある博物館で小型肉食恐竜の骨格を見せられたときのことだ。きれいで、これまで見たことがない。研究していいと言われたので、しばらく時間をもらって、その標本の記録を取り始めた。すると、その頭は骨の寄せ集めだったのだ。私たちプロをも騙(だま)すくらいよく作られたものだった。

 だが先述した事件を含めて、偽物と分かったならいい方だ。科学誌「ネイチャー」に論文発表された恐竜化石にも、偽物ではないかと囁かれているものが残っている。お金が絡むと、サイエンスが商売になっていく。そこにインターネットが絡み、深刻度は増しているのだ。
 読者のなかには化石マーケット巡りが趣味という方もいるだろう。好きな人にはたまらない催しで、博識で有名なタレントも出没すると聞く。
 私も過去、2度訪れてみたのだが、いやになって帰ってきてしまった。美しい鉱物やそれを使った置物、アクセサリーが並ぶなかに化石が陳列されていたからだ。出自の分からない化石が、根拠不明の値段をつけられて並んでいる。
 マーケットへ行くなとは言わない。読者の方に願うのは、ずらりと並ぶ化石の裏側に何があるのか、ここでお話ししたことをそこでぜひ思い出して欲しいということだ。

小林快次(コバヤシ・ヨシツグ)
1971年福井県生まれ。北海道大学総合博物館教授、同館副館長。ゴビ砂漠やアラスカなど、北環太平洋地域にわたる発掘調査に出ながら、恐竜の分類や生理・生態の研究を行う。専門は獣脚類恐竜のオルニトミモサウルス類。1995年、米国ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年、同サザンメソジスト大学地球科学科で博士号取得。メディア出演多数。著書に『恐竜は滅んでいない』『恐竜時代I』『ぼくは恐竜探険家!』、『講談社の動く図鑑MOVE 恐竜』(監修)『恐竜の教科書』(監訳)などがある。

デイリー新潮編集部

2019年8月17日掲載

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