「小説ドラクエV」の著者が、主人公の名前をパクられたと「映画ドラクエ製作委員会」を提訴、専門家の見解は?

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 映画「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」(8月2日公開)の製作委員会が主人公の名前を「小説ドラゴンクエストV」から無断で使用したとして、著者の久美沙織氏から訴えられている。

 久美氏は、ゲームでは主人公の名前を自由に創作できるため、映画の主人公の名前「リュカ」は自分が創作したものだと主張。リュカに対する呼びかけは、小説の「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」から「リュカ・エル・ケル・グランバニア」と無断で改変して使われたとして、謝罪と使用許諾に関する事後契約、そして久美氏の名前をエンドロール等にクレジット表記することを求めているのだ。

 しかし、本来「名前」に著作権は認められないもの。製作委員会の圧勝で終わるのか、久美氏の主張が通る余地はあるのか、専門家に訴訟のゆくえを占ってもらった。

久美沙織氏の主張

 久美氏がネット上で公表した文書をもとに、コトの経緯を改めてご説明しよう。

 彼女はテレビ番組で主人公の名前が「リュカ」になることを知り、数か月後、名前の無断使用には言及せずに「やんわり」と版元である株式会社スクウェア・エニックス(以下、スクエニ)にイベントで使用する宣材の提供や、映画ホームページ上での小説版の広報を依頼。これをあっさり断られたため、クリエーターとしての権利を主張することを決意したのだという。

 その後、全体監修の市村龍太郎氏から事情の説明や、宣材の提供、試写への招待などを受け、一度は円満な関係を築けたと思ったものの、クレジット表記や名前の使用許諾契約について連絡がないため、再度連絡。

 製作委員会サイドと何度か交渉を重ねたが、スクエニの代理人弁護士から「『リュカ』は著作物ではないから、許諾不要、連絡不要、よって著作物の二次使用ではないから交渉委任も不要」との連絡を受け、さらに「『リュカ』は著作物でないから提訴自体が不法行為に当たる可能性」があると示唆されたという。

 久美氏は、このやりとりの後、「創作者として最低限の筋を通すため」に、謝罪と使用許諾契約、「リュカ提供:久美沙織」などのクレジット表記を求め、訴えを起こしたというわけである。さて、この裁判は今後、どうなるのか? 著作権法に詳しい龍村法律事務所の川野智弘弁護士に話を聞いた。

「『リュカ』この3文字を著作物と見ることは難しいと思います。一般的に、作中の登場人物やキャラクターの名前だけでは、原則的として著作権は認められがたいものですが、それに加えて『リュカ』という名前は非常に短く、それ単独で著作物性が認められるということはありません」

「リュカ」が著作物に当たらない可能性が高いということは、久美氏自身も理解しているようで、裁判の請求からは外している。しかし、映画で改変されて使用された「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」については、訴状で著作物にあたると主張している。

 これについても川野弁護士は、「やや長めの特徴的な名前なので、著作物と認められる可能性がゼロとは言えませんが、やはり印象としては厳しいのではないかなと思います」と分析する。「リュカ」よりは可能性があるものの、裁判所が“著作物”と認める判決を出す可能性は低いという。

 久美氏は文書の中で、「株式会社スクウェア・エニックスさまが著作物ではないと一方的に判断したら使い放題、というのでは、著作物か否かの判断が難しい一部分等が二次的使用されているかいないかを、クリエーター側が株式会社スクウェア・エニックスさまの販売物全てを点検して調べなければならなくなります。現実的には不可能です」と記している。

 この点についても、

「『著作物か否かの判断が難しい』部分の二次的使用の有無をチェックするのは確かに困難ですが、そもそも著作権が生じない部分については、スクエニに限らず、本来、誰でも自由に使用できますので、久美氏とスクエニとの契約内容の詳細は不明ですが、特段の合意がないのであれば、著作物ではないと判断した部分の使用に際して、事前の報告や同意まで求めることはできないのではないかと思います」(川野弁護士)

 と、著作権法での権利主張は難しそうだ。

 さらに久美氏は、「著作物でない成果物の無断使用が一般不法行為にあたるとの判示もあります」と文書の中で示唆しているが、これも判例を踏まえると、容易には認められないという。

「一般論としては、もちろん不法行為として保護される可能性はあります。ただ、2011年12月8日の北朝鮮映画事件最高裁判決が出て以降、その適用範囲について議論もありますが、著作権法の保護が及ばない情報の利用については、特段の事情がない限り一般不法行為による保護は及ばない、と判断される傾向にありますので、容易には認められません」(川野弁護士)

 2011年の最高裁判決は、日本政府が国家として承認していない北朝鮮の映画が日本国内で著作物として保護されるのかを判断したもの。最高裁は、未承認国である北朝鮮の映画は日本の著作権法上の著作物にはあたらないとしたうえで、さらに、同法上の著作物に該当しないものの利用は不法行為にあたらないと判示。この判決以後、法律で保護されないものについては、一般不法行為としても原則として保護されないと捉える見方が主流になっているのだという。これを踏まえると、久美氏の訴えが裁判で認められる可能性は低そうだ。

 とはいえ、彼女にも一定のメリットはあるようで、

「訴えを起こし、これが広く報道されることより、『リュカ』という名前の原案が久美氏の小説だったということは、社会的に認知されたでしょう。これによって少なくとも訴訟における請求の一部は、その目的を遂げられた、と見ることもできるように思われます」(川野弁護士)

 実際、久美氏が8月2日、訴えを起こしたことをツイートすると、ネット上では「リュカという名前だから小説版の映画化かと思っていた」「デフォルトのアベルを使わないでリュカを使うなら、小説版を参考にしているのは明らか」「リュカだったから見に行ったのに 」等々、小説版との関連を肯定する声が続出。当該ツイートは6日の時点で1万3000回以上リツイートされ、「クリエーターにとってクレジット表記は大切」「先生の名前がエンドロールに載ることを祈っています」など久美氏を応援する声も数多く寄せられている。

 エンドロールに名前が掲載される以上の広報効果はあったと思われるが、懸念される点もある。スクエニ代理人弁護士の「著作物でないから提訴自体が不法行為に当たる可能性」がある、という文言だ。「訴えるなら逆に訴えてやるぞ」という脅しにも聞こえる言葉だが、久美氏が逆に不法行為で訴えられてしまうことはあるのだろうか。

「法的根拠のないことを知りながら敢えて訴えを起こすなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く訴えの提起であるといえる場合には、不法行為が成立するおそれはあります。ただし、訴状の詳細は不明ながら、久美氏の説明によれば、『リュケイロム・エル・ケル・グランバニア』については著作物に当たるものとして議論を展開しているようであり、著しく相当性を欠いた訴え提起である、とまでは言い難いように思います」(川野弁護士)

森下なつ/ライター

週刊新潮WEB取材班編集

2019年8月17日掲載

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