批判の嵐でようやく重い腰上げた「米PGAツアー」スロープレー撲滅「秘策の中身」 風の向こう側()

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 米PGAツアーのプレーオフ・シリーズ第1戦「ザ・ノーザントラスト」はパトリック・リード(29)が通算7勝目を挙げて幕を閉じたが、リードの優勝物語より格段に大きく報じられた出来事があった。

 理科学の理論でアイアンを同一レングスにそろえるなど「ゴルフの科学者」の異名も取るブライソン・デシャンボー(25)は、日頃から別名「屈指のスロープレーヤー」とも呼ばれているのだが、今大会2日目、デシャンボーがあるショットに3分超、あるパットに2分超もの時間をかけた超スローなプレーぶりを示す動画がSNS上に出回った。

 すると、数々の選手たちから激しい批判の嵐が巻き起こり、ついに米ツアーが声明を出す異例の事態へと発展した。

「救世主」のはずが

 世界のゴルフ界のスロープレー問題は、これまで何度も「問題化」し、すでに選手たちも、ファンも、関係者も、誰もがうんざりしている。しかし、だからと言って、放置しておくわけにはいかず、臭いモノに蓋をしておくわけにもいかない。

 試合進行が大幅に遅延してしまったら、TV中継にも悪影響が出る。ファンも間延びした試合展開にあくびが出てしまう。スポンサー離れも起こりうる。

「ゴルフは時間がかかる」というイメージが忙しい現代人のライフスタイルに合わないとなれば、ゴルフ人気の低下、ゴルフ人口の減少も加速してしまう。

 そんな危惧があるからこそ、世界のゴルフ界はスロープレー撲滅に必死に取り組んできた。その取り組みの1つが、今年から施行された新しいゴルフルールだ。ルールの大幅チェンジに踏み切った最大の理由は、複雑で難解な従来のルールをシンプル化して、プレーのペースを早めること。そう、ルールチェンジはスロープレー撲滅のための「救世主」になるはずだった。

形骸化していたタイム計測

 しかし、新ルールが施行されてからもスロープレー問題は起こり続けている。

 今年2月に当欄でもお伝えした通り、デシャンボーが今年の「オメガ・ドバイ・デザート・クラシック」を制して欧州ツアー初優勝を挙げた際に、彼のスロープレーぶりが激しい批判の的になった(2019年2月25日『優勝者が「スロープレー」で大批判「米ツアー」に必要なこと』)。

 同組でプレーした世界ランク1位のブルックス・ケプカ(29)は、「どうしたら1ショットに1分15秒も20秒もかかるのか?」と苛立ち、他選手からもデシャンボー批判が巻き起こり、せっかくの勝利が翳ってしまった。

 その直後、米PGAツアーの「ジェネシス・オープン」では、優勝したJ.B.ホームズ(37)のプレーが「あまりにも遅すぎる」と周囲から激しく批判され、同組で優勝争いをした元世界ランク1位アダム・スコット(39)は、「JBのプレーは本当にスローだ。米PGAツアーはスロープレーヤーにきっちりペナルティを科すべきだ。このままだとTV中継もスポンサーも失ってしまう」と語気を強めた。

 そう、スコット同様、多くの選手たちは、スロープレーヤーに苛立つと同時に、米PGAツアーのスロープレーに対する取り締まり方が「甘すぎる」ことにも苛立っている。

 米ツアーの試合会場では、大勢のルールオフィシャルたちがカートに乗って見回り、選手たちのプレーのペースをチェックしている。だが、「チェックすること」「タイムを計ること」には積極的であっても、実際に罰金や罰打という形で「ペナルティを科す」ことには驚くほど消極的なのだ。

「マスターズ委員会」は2013年「マスターズ」で、中国人アマチュア選手の関天朗(当時14歳で史上最年少出場)にスロープレーに対する1罰打を科した。英国ゴルフ総本山「R&A」は同年の「全英オープン」で松山英樹(27)にペナルティを科した。

 しかし、一流選手が毎週のように熱戦を繰り広げる米PGAツアーがスロープレーヤーに実際に罰則(罰金、罰打)を科したことは、過去にたった2回(1995年、2017年)しかないと言われている。しかも、米PGAツアーはその事実や氏名を公表しないため、その詳細も真偽のほども不明である。

「あくまでも選手を守るため――」

 それが米PGAツアーの姿勢であり続けているために、試合会場でどれだけ計測を行ったところで、「どうせ罰金や罰打を科されることはない」という具合に、スロープレーに対する取り締まりは形骸化している。欧州ツアー然り。それが、ここ数年の現状である。

門外不出リストの暴露

 そうした現状にしびれを切らし、アクションを起こしたのが、昨年の全英オープン覇者、伊選手フランチェスコ・モリナリ(36)の兄であるエドアルド・モリナリ(38)だった。

 蔓延するスロープレーに業を煮やしたモリナリは、今年4月、本来は門外不出である欧州ツアーの「スロープレーヤー・リスト」をSNS上で公開。「18ホールに5時間30分は遅すぎる」「今こそ行動を起こすべきだ」と声を上げた。

 3ページに及んでいたそのリストには、今季の欧州ツアーや世界選手権大会、メジャー大会において1度でも「オン・ザ・クロック(計測)」にかけられた選手たち150人超が記録されていた。デシャンボーからタイガー・ウッズ(43)、松山英樹の名前も記され、世界のゴルフ界に大きな波紋を呼んだ。

 そんなモリナリの言動に触発されたのかもしれない。以後、欧米ツアーの選手たちがスロープレーヤーを名指しで批判する傾向は徐々に強まっていった。

 そして、その動きが一気に表面化して噴き出し、大騒動に発展したのが、冒頭で触れたプレーオフ第1戦のザ・ノーザントラストだったのだ。

「科学者」らしく自ら計測

 デシャンボーが1ショットに3分超、1パットに2分超をかけた動画がSNS上で出回るやいなや、2002年の「全米プロゴルフ選手権」覇者リッチ・ビーム(48)は、「なぜ米ツアーは何もアクションを起こさないのか?」と怒りを露わにした。かつての世界ナンバー1、ルーク・ドナルド(41)は、「結局、ラインを読めていないのだ」と揶揄し、イアン・ポールター(43)、ロス・フィッシャー(38)など名だたる選手たちが次々にデシャンボー批判をツイート。同組で回ったメジャー・チャンプ、ジャスティン・トーマス(26)も、「個人的には彼が嫌いではないけど、プレーはあまりにも遅すぎる」。

 こうした批判にデシャンボーが激しく言い返したことで、騒動はさらに激化した。

「僕は、そりゃあ時々は(持ち時間の40秒)“すれすれ”ぐらいでショットすることもあるけど、そもそも僕は誰よりも速く歩き、次打地点に早々と到達して自分の番が来るのを長いこと待っている。その待ち時間を差し引いて考えれば、僕のプレー全体のペースは全然遅くない。ショット毎ではなく、ホール毎、ラウンド毎にどれだけの時間をかけているのか、そのトータルをきちんと見てもらいたい」

 そんなデシャンボーの主張が他選手たちにすんなり受け入れられるはずはなく、むしろ反感を煽ったが、それでもデシャンボーは怯まず、大会最終日の朝には、何度も自分を名指しで批判したケプカに、「言いたいことがあるなら直接言ってくれ」と詰め寄り、直談判に及んだ。

 10分間ほど話し合った2人は、どちらも試合後に「お互いの主張を理解し合った。もう何の問題もない」というコメントを出した。

 さらにデシャンボーはマネージャーに自分のプレーの所要時間すべてを計測させ、試合中、同組の誰よりも早く次打地点に到達する自分が「いつも誰よりも待たされている」ことを数字で示してみせた。「科学者」らしいと言えば言えなくもない。

秘密兵器「ショットリンク」

 デシャンボーはデシャンボーで必死だったのだと思う。

「貼られてしまったスロープレーヤーのレッテルをなんとかして払拭したい」

 彼のそうした努力が実った、と言うべきなのか言えるのか。米PGAツアーは、デシャンボーの主張をベースにしたと思われる新しいスロープレー対策を急いで検討する旨の声明を出した。

 これまでは、前の組と間が空いて「アウト・オブ・ポジション」になってからオン・ザ・クロック(計測対象)になっていたのだが、今後は「アウト・オブ・ポジション」「イン・ポジション」にかかわらず、全選手のショット毎、ホール毎の所要時間すべてを計測し、選手ごとのプレーペースの平均値を出してリスト化する方向で検討していくという。

「それが、スロープレーの状況改善のカギになるはずだ」(米PGAツアー・チーフ・オペレーション、タイラー・デニス氏)

 その計測に役立てられようとしているのは、米PGAツアーが誇る「ショットリンク」だ。これは、飛距離や精度、スコアリング等々の詳細なデータを収集し、分析する高度なデータ集積システムだ。米国におけるスポーツ・ギャンブル解禁に伴い、ここ数年、米PGAツアーは潤沢な資金を擁するギャンブル界に歩み寄り、ショットリンクを駆使して得た詳細な統計データをブックメーカー(賭け業者)に提供している。

 そのショットリンクをスロープレー改善のためにも役立てようと考え、動き出したことは、これまでスロープレーへの実質的な対応を取らずに「それこそスロープレーだ」と陰口を叩かれていた米PGAツアーが、ついにアクションを起こしたことを意味している。

 日本人女子選手として42年ぶりにメジャー「全英女子オープン」を制した渋野日向子(20)が笑顔と度胸とクイック・テンポのプレーで世界的に評価されたことは、とても喜ばしい。だが、たった1人が早いペースでプレーしても、スロープレーの解決にはならない。しかし逆に、たった1人がノロノロペースでプレーしただけで、全体の進行に影響を及ぼしかねない。

 だからこそ、1人1人がスロープレー防止を心掛けない限り、根本解決にはつながらず、「スロープレーヤー」と呼ばれているホームズやデシャンボーを槍玉に上げて批判したところで、何の解決にもならない。

 重要なのは、「みんなで解決」を心掛けること。その意味で、全選手を対象に統計を取り、リスト化していく姿勢を見せ始めた米ツアーのアクションは、長年のスロープレー問題を大きく前進させてくれそうな予感がする。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2019年8月16日掲載

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