ヒグマに頭をかじられアゴも半分失い死にかけた猟師が、それでも「クマ撃ち」をやめない理由

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 北海道札幌市の住宅街にヒグマが出没し、住民を恐怖に陥れた(その後ヒグマは14日に射殺された)。一方で狩猟肉=ジビエの流行とともに “究極の狩猟”とも言うべき「クマ撃ち」を描き話題を集める『クマ撃ちの女』をはじめ、ハンターを主人公にしたコミックが次々とヒットしている。国内最大の猛獣「クマ」とは、どんな動物なのか? そして知られざる「クマ撃ち」の世界とは? 北海道旭川市在住、「クマ撃ち」歴38年のベテラン猟師・Hさんに話を聞いた。

 後編はこちら → 一度人を襲ったクマ・人を食べたクマは、次に人を見た時に必ず襲いかかってくる

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「クマ撃ち」は頭脳戦である

――猟師を始めたきっかけは?

H:親がハンターだったし兄貴もやっていて、自分も好きだったのでやりだしたんですよね。狩りの現場に初めて行ったのは、中学生くらい。13歳とか14歳くらいでしょうか。その頃から「やってみたいな」と思っていましたね。「銃を撃ってみたい」という気持ちもありましたし、山を歩いたりするのも好きだったし。
 
 猟銃の所有許可が出るのは20歳からなので、その年齢を待って狩猟免許を取り、その冬から狩りに出ました。最初は鴨を撃っていましたね。

――初めてクマを獲ったのはいつですか?

H:初めてクマを獲ったのはのは、22とか、23かな。一人で行って、一人で獲ったんですよ。その年齢でクマを獲ったという人は、まずいないと思います。そもそもクマを獲る猟師自体があんまりいないですから。やっぱりおっかないからね。

 僕の場合、僕が小さい頃から親父や兄貴が獲っているのも見ていたし、それに一緒に付いて行って、手伝ったりもしていたから。それで自分で猟をやるようになってからも、ごく自然に、山歩いていて、見つけたから獲った、という感じでしょうか。

――普段は林業に従事されていて、クマ撃ちは1年に何カ月かですよね?

H:猟期は10月から3~4カ月ですね。「クマ撃ち」だけをやっているわけではなく、シカ撃ちをやって、クマの足跡を見つけて獲れそうならクマを獲る、という感じです。一般的な猟師ですよね、何でも撃ちますから。

――猟師さんの中でも「クマ撃ち」をする人は特殊なんでしょうか?

H:「クマ撃ち」は特殊だと思いますよ。銃で撃って一発で仕留めればいいんだけれど、仕留め損ねると逆に襲い掛かってくるようなことがあるから。若い人たちでも、クマを見ると恐怖感のほうが大きいだろうし、何十年もやっている熟練の猟師でも「おっかないからクマだけはやらない」という人もいますからね。

――「クマ撃ち」で、危険な目にあったことはありますか?

H:ありません、今のところは。ちゃんと気を付けていますし、こちら側から行くと危ないなと思ったら逆から行ったり、笹が生い茂って視界がないようなところでは、特に気を付けながら歩いたり。

 まあおっかないことは、おっかないんですよ。でもどうやったら上手い具合に獲れるか考えながら、一番危なくない方法を選んで。これならかかってきても倒せる、撃てる、というのを考えて。クマの場合は特に頭脳戦でもあります。

兄がヒグマに頭を齧られた

――お兄様がずいぶん危ない目に遭われたと聞いたのですが。

H:そうなんですよ。12年前にヒグマに襲われて意識不明の重体になりました。新聞にも載ったし、全国のニュースにもなったんじゃないですかね。助かりましたけど。

――どういう状況だったのでしょうか?

H:朝猟に行って小さいクマを2頭獲った後、昼からまた猟に出て、足跡を見つけたんですね。でもそこから探しても見つからず、山の方に背中を向けて歩いていたら、背後の笹が生い茂る中からバサバサッという音がして、振り返ったらクマが襲い掛かってきたそうです。その時も撃ってると思うんですよね。次の年の春に、その場所から50mくらいのところに、骨になったクマの死体があったっていうから、多分仕留めてるんですよ。

 まあでもそのクマに、頭から齧られたんですね。牙でガバッ!と。脳のぎりぎりのところまで。病院で頭蓋骨を外して、中を消毒して、また頭蓋骨を戻して。両腕が折られて、あごも半分取られた状態で、意識がもうろうとしたまま銃を持って車に乗り、20kmくらい先の交番まで行って、そこで保護されたようです。

――兄様はその後もクマ撃ちを?

H:していますよ。一昨年もクマが出て、猟友会として駆除しています。

――お兄さんがそんな目に遭っていたら、Hさんのご家族は心配しませんか?

H:別にしていないですね。もう仕方ないと思ってるかもしれないです(笑)。

――そういうことがあって、それでもなお「クマ撃ち」をするのはどうしてでしょうか?

H:どうしてって聞かれても、どうしてでしょうねえ。昔、親父がやっていたような時代は、「クマ撃ち」がお金になったからだと思うけど、今はそんなに極端にお金にならないし。でもその頃から、獲ったら必ずその肉を食べていましたから、まあ食べる、ってことだよね。家族も獲物を取って戻ると、「美味いね」って食べていますから、楽しみにもしていると思います。

――獲物を山から持ち帰り、さばくのは大変そうですね。

H:大したことないですよ。クマも2時間かそこらで解体できてしまいますから。シカなんか、山で肉にして持って帰ってくるしね。シカの場合は30分もあれば解体終っちゃうから。まあ僕らは好きだから獲ったら全部食べますけど、それが仕留めた動物に対する敬意とか、狩猟に対する信念と聞かれたら、やっぱりそういうところもありますよね。

 今はみなさんスポーツみたいな感じでやってる人が多くて、そういう人は獲っても食べないんですよね。ただ撃ちたいだけっていう。そんなんだったら撃つ必要ないだろうって思いますけどね。パカパカパカパカ撃って「何十頭獲った」ってね。その肉はどうしたの?って聞いたら、気持ち悪いし、いらないから山のごみ処理場に捨てた、とかね。

――それはなんだか、すごく身勝手に思えますね。

H:狩猟が好きなのは、ただ撃ちたいから、っていうことではなくて、山を歩いたり、ものを採ったり、狩りをしたりするのが好きなんだよね。自分が獲ったものを食べられる、というのも嬉しいし。

 売られている肉とはモノが違いますし、狩猟で獲るクマとかシカとか鴨とか、店に出ていないものばかりですから。物がそんなにない時代には、今では獲ることができないウサギとかエゾリスとかスズメとかも獲ったからね。狩りが生活の一部だったんですよね。

後編へつづく→ 一度人を襲ったクマ・人を食べたクマは、次に人を見た時に必ず襲いかかってくる

猟師・Hさん
旭川市在住、58歳。猟師だった父親、兄の影響で、幼いころから狩猟に関わり、20歳から自身も狩猟を始める。現在は林業に従事する傍ら、クマをはじめとする様々な獲物を狩る狩猟歴38年のベテラン猟師。地元では知られた、数少ない「クマ撃ち」の凄腕ハンター。

取材・文/渥美志保

2019年8月15日掲載

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