「恐竜化石は誰のもの?」 世界を飛び回る恐竜学者の「その国から出た化石は、その国の宝」という信念

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 NHK子ども科学電話相談で大人気の“ダイナソー小林”こと北海道大学の小林快次教授。誰も調査したことのないフィールドへ足を運び、未知の恐竜化石を掘り出す学者だ。「むかわ竜」発掘の陣頭指揮をとったことでも知られる小林さんは、発掘地でよく化石を見つけることから、「ファルコン・アイ(ハヤブサの眼)」の異名も持つ。そんな小林さんの“恐竜まみれの日常”を夏休みスペシャルとして4回にわたりお届けする。今までほとんど研究者が入っていないゴビ砂漠の「空白地帯」へ着いた小林さんが、目にしたものとは…。第2回「恐竜化石は誰のもの?」。(以下、『恐竜まみれ―発掘現場は今日も命がけ―』(小林快次・著)より抜粋)

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調査開始!

 調査が始まった。やはり珍しいのか、1日に数回はモンゴル兵が見張りにやってくる。
「空白」は、ここへ来た自分が埋めなくてはいけない。いや、自分が埋めたい。朝8時にキャンプを出発、ウンドルボグドという山の麓(ふもと)を小走りに歩き回る。歩けば歩くほどデータが集まってくる。ここに川が流れていて、植物があって、植物を食べる恐竜がいてと、当時の風景がなんとなく分かってくる。私はいま恐竜が歩いていた地層の上に立っているのだ。
 岩を構成する砂粒の大きさを見ると、比較的小さい。小さい砂粒は、その川の流れがそんなに速くないことを教えてくれる。化石があればいい状態で埋まっている可能性がある。
「ありそうなんだけどな……」
 つい声が出る。骨のかけらを見つけては捨て、見つけては捨てるうちにあっという間に時間が経っていた。

もう盗掘されていた……

 オルニトミモサウルス類の恐竜の足の指。ハドロサウルス科の子どもの脊椎。脊椎が3つ目、4つ目と続いて、ハドロサウルス科の大人の骨も見つかった。
 予想以上だった。「空白地帯」には、かなりの化石が埋まっていそうだ。だがそれ以上に、想像以上だったのは盗掘の跡だった。ここは研究者が入る前から、盗掘者に荒らされていたのだ。奴らは無駄なことはしない。全身化石が出るかどうかを見極めると、ショベルカーなどの重機で掘り出し、欲しいところだけ取って去っていく。その無残さはお伝えした通りだ。

鉄則は、持ち帰らない

「恐竜の研究者だって、同じように化石を掘り出して、国外に持ち出すんでしょう」と言う人がいる。だがそれは絶対に違う。
 恐竜の骨や卵を掘り当てても、私はそれを持って帰ることはしない。ヨロイ竜をはじめ、新刊『恐竜まみれ―発掘現場は今日も命がけ―』でお話しした化石はすべて、現地の研究施設へ運んだ。逆に言うと、どれほど小さな、たとえば歯のひとつでも、持ち帰る態勢で来てはいないのだ。

 じつは色々な調査隊があり、化石をそのまま自国に持ち帰って研究するスタイルの研究者もいるが、私はその国に化石を置いてくるのを鉄則にしている。現地の研究機関でクリーニング作業をしてもらい、あとは自分が行って研究すればいいからだ。そうすれば事前の発掘申請は「掘ったものをウランバートルの研究所に持って行く」という許可の範囲で済む。手間は日本へ持ち帰るための許可の数分の1だ。

 また現地入りする際の準備や装備も、コンパクトなものに留められる。だが何より大事なことは、化石を出てきたその国に留めることが、現地の恐竜研究者を育てることにつながるということだ。

化石の所有権は、誰にある?

 敢えて言おう、恐竜の化石を、ほかの国に持って行く意味が分からない。私にとって恐竜は研究させてもらう対象だ。「してやる」のでは決してない。現地の人と一緒に宝を見つけて、その価値を研究という形で高める。

 日本での発掘でも同じ、たとえ私の勤務する北海道大学が発掘をしても、「化石をよこせ」なんてことは決してしない。化石は、それが埋まっていた町や村、市の宝なのだ。後述する日本の恐竜研究史上、最大の発見である「むかわ竜」は、もちろん北海道むかわ町の宝であり、同時に日本の財産に他ならない。

 化石の所有権は、誰にあるのだろうか。発見した人のものなのか、その土地を所有している人のものか、発掘に金を出した人のものか。
 様々な考え方があるが、恐竜の化石は基本的には文化財であり、その国のものになる。だが、それがすべてではない。「自分が見つけてやった」と考える研究者もいれば、各国独自のルールもある。例えばアメリカなどでは私有地から出た化石は、その所有者のものになる。そういう判例がある以上、それを悪用する人が出てくる。
 だがそれらはすべて違うと思えてならない。「その国から出た化石は、その国の宝」以外のロジックでいくと、限りある宝が失われてしまうのだ。
 近年、各国による取り締まりは厳しくなる一方だ。化石を「借りる」という体裁を取りつつキープする研究者までいるため、研究や展示という目的のために借りる場合でも、短時間で戻さなければならない体制になってきた。

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 明日は第3回「化石売買をしてはいけない理由」をお届けします。

小林快次(コバヤシ・ヨシツグ)
1971年福井県生まれ。北海道大学総合博物館教授、同館副館長。ゴビ砂漠やアラスカなど、北環太平洋地域にわたる発掘調査に出ながら、恐竜の分類や生理・生態の研究を行う。専門は獣脚類恐竜のオルニトミモサウルス類。1995年、米国ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年、同サザンメソジスト大学地球科学科で博士号取得。メディア出演多数。著書に『恐竜は滅んでいない』『恐竜時代I』『ぼくは恐竜探険家!』、『講談社の動く図鑑MOVE 恐竜』(監修)『恐竜の教科書』(監訳)などがある。

デイリー新潮編集部

2019年8月15日掲載

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