放射線量も上昇「ロシア爆発事故」を引き起こした「秘密兵器」実験
8月8日、ロシア海軍のミサイル実験場で大爆発が起きたという情報がTwitterなどのSNSを中心に拡散された。放射性物質が拡散したのではないかという懸念も囁かれ、不安が広がっている。
何が起きたのだろうか。
ジェットエンジンの実験中に爆発
爆発が起きたとされるのはロシア北部のアルハンゲリスク州にあるニョノクサという場所だが、この名前を聞いて「あぁ、あそこか」と見当がつく日本人はほとんどいないだろう。
ニョノクサは北極圏の白海に面した小さな都市であり、原子力潜水艦の建造拠点として知られるセヴェロドヴィンスクから西に30kmほどの場所にある。ロシア海軍のミサイル実験施設である「海軍第45国立中央海洋試験場」が置かれていることから「閉鎖行政領域(ZATO)」――いわゆる「閉鎖都市」に指定されており、特別の許可証を持たない人間以外は立ち入りが許されていない。市内へのアクセスは1日2便の鉄道のみ(道路は現在建設中)であるため、物理的にも外界からは隔絶されている。
大爆発が発生しながら何が起きたかよくわからないのは、このように極めて特殊な軍事都市での出来事であったためである。
しかし、爆発が起きたようだという現地住民からのインターネット投稿が相次ぎ、ロシアのマスコミがこれを大々的に報じ始めると、ロシア国防省も事実を認めざるを得なくなった。
同省の説明によると、現地時間の8日午前、「液体燃料ジェットエンジン」の実験中に爆発が発生し、実験に携わっていた軍人と民間人専門家6名が重軽傷、軍人2人が死亡したという(『インターファックス通信』は、実際の被害者は15人に上る可能性があると報道)。
また、その後、民間人専門家が乗船する船舶でも火災が発生したとされることから、問題の実験は船上で行われていたようだ。国営『TASS通信』も、爆発が発生したのは船上であったという関係者の談話を伝えているほか、ロシア政府は9日からニョノクサ沖合の海域に航行警報を発令していることからして、少なくとも海上にまで被害が及ぶ事故であったことはおそらく間違いない。
放射線量が一時的に大きく上昇
さらにロシア国民の間に不安を広げたのは、放射性物質が拡散した可能性である。ニョノクサ市のヴァレンティン・マゴメドフ市民保護課長がマスコミに述べたところによると、8日の11時50分から12時20分にかけて、市の放射線量計の数値が毎時2マイクロシーベルトに上昇したという。
その後、放射線量計の数値は8日14時の段階で毎時0.11マイクロシーベルト以下まで低下し、住民の避難は必要ないというのが行政当局の説明である。
しかし、ロシアの有力ネットメディア『Lenta.ru』は同日15時36分、住民にヨード剤が配布され、子供を外に出さないようにとの通達があったという現地医療関係者(アリーナという名前だけが報じられている)の証言を配信した。
アリーナは「コップ1杯の水につきヨード剤を44滴垂らして飲むように」と指導されたと述べているが、これは原発事故や核実験などで発生する「ヨウ素131」が甲状腺に入り込むのを防ぐために用いられるヨード溶液の濃度(5%)と同程度であるという。この証言の真偽もまた明らかではないが、果たして行政当局の言い分が信用できるのかどうか、疑問視するロシア国民は少なくない。
いずれにしても、放射線量レベルが一時的に大きく上昇したことは行政当局も認める事実である。こうなると、船上で行われていたという「液体燃料ジェットエンジン」の実験とは一体何だったのかという疑問が生じるのは当然であろう。
新型対艦ミサイル「3M22ツィルコン」
ニョノクサにある海軍第45国立中央海洋試験場は1954年に建設され、海軍が採用した大部分のミサイル用エンジンの試験を担当してきた。
有力紙『ヴェードモスチ』によると、2004年までにニョノクサで実施されたミサイルは潜水艦発射弾道ミサイル11種類及びその改良型13種類、巡航ミサイル8種類、対潜ロケット10 種類、艦対空ミサイル2種類に及ぶという。潜水艦発射弾道ミサイルに関しては、現役のものも含めてすべてのエンジンがここで試験を受けたことになる。
しかし、核弾頭を装着したままでこうした試験を行うことは通常考えられない。衛星画像で見ると、ニョノクサにはエンジン試験用タワーらしきものが設置されており、諸外国と同様、ミサイルからエンジンだけを取り外して試験していると考えてよいだろう。
しかも実験は船上で行われていたらしいとなると、爆発事故を起こしたのは弾道ミサイルのエンジンではないようだ。ロシア国防省が問題のエンジンを「ジェットエンジン」と呼び、弾道ミサイルに使われる「ロケットエンジン」と区別している点もこの観測を裏づける。
このため、ロシアのマスコミでは、爆発事故を起こしたのは開発中の新型対艦ミサイル「3M22ツィルコン」ではないかという見方が繰り返し報じられている。最大速度マッハ8という、従来とは桁外れの高速性能を持つ極超音速ミサイルだ。ツィルコンは艦艇から発射されるため、船上で事故が起きたという観測とも整合性はある。燃料も液体式だ。
原子力巡航ミサイル説
だが、仮に問題のミサイルがツィルコンであったとしても、やはり空間線量が上昇したという事実には説明がつかない。ジェットエンジンの爆発によって放射性物質が拡散することは、普通考えられないためである。
むしろありえそうなのは、ロシアが開発している「9M730ブレヴェストニク巡航ミサイル」が何らかの事故を起こした可能性ではないだろうか。同ミサイルは2018年3月にウラジーミル・プーチン大統領がその存在を明らかにした秘密兵器で、原子力ジェットエンジンを搭載することで極めて長い射程を有するという触れ込みだ(2018年4月26日『米「第3オフセット」に対抗するロシア「将来戦構想」』参照)。
原子力ジェットエンジンというのは、外部から取り込んだ空気を原子炉の熱で膨張させ、タービンで加圧して噴射する推進方式である。燃料の搭載量によって航続距離を制限されることなく、ほぼ無限に航空機やミサイルを飛行させられるということで、冷戦初期には米ソが熱心にこの種の研究に取り組んでいた。
ただ、原子力で飛ぶ航空機はあまりに危険な上、のちに十分な航続力を持つ弾道ミサイルや爆撃機が開発されたため、いずれも開発は中止された。プーチン大統領がブレヴェストニク巡航ミサイルについて述べるまでは、ほとんど忘れられた技術であったと言ってよい。
そのブレヴェストニク巡航ミサイルであるが、ロシア国防省が公表した映像(https://www.youtube.com/watch?v=okS76WHh6FI)の分析により、全長9mほどのかなり大きなミサイルであると見られている。形状は爆撃機から発射される「Kh-101」に似ているが、ブレヴェストニクは固体燃料補助ロケットを用いて地上から発射されたのち、上空で巡航用の原子力エンジンに切り替わるという方式のようだ。
このミサイルの原子力エンジンが事故を起こしたのだとすれば、放射性物質が漏洩し、放射線量レベルが上昇することも考えられるだろう。うがった見方をすれば、ロシア国防省がわざわざ「液体燃料ジェットエンジン」という言葉を用いたのも、実際は原子力エンジンであったことを隠蔽する意図があったと取れなくもない。
しかも、ニョノクサはブレヴェストニクの発射試験場としても知られている。従来は西端の地上発射施設から発射されていたが、これを艦上から発射する実験を行い、失敗したという線は大いにありえそうだ。
決定的なのは、事故から2日後の10日、国営原子力公社「ロスアトム」が行った発表である。ニョノクサでの事故によって、ロスアトム社員5人が死亡し、3人が重軽傷を負ったという。
ロスアトムは5人の死亡原因を「液体燃料ジェットエンジン装置の試験」中に起きた事故であるとしているが、ロスアトムといえば原子炉や核弾頭の開発・生産を担う巨大原子力企業であり、普通はジェットエンジンの試験現場に社員が出てくることはない。しかもロスアトムは、この事故がエンジンの「放射性同位体供給源」に関するものだったとしており、やはり原子力巡航ミサイル説が強く疑われよう。
ロシア国防省は詳細の公表を拒否
現在、ロシア国防省は今回の爆発事件を機密扱いとして詳細を公表することを拒んでいる。
ただ、仮に原子力エンジンが爆発し、放射性物質が漏洩したとすれば、拡散した物質の核種がいずれ周辺諸国で観測されることになろう。2017年に欧州全土で放射性物質の「ルテニウム103」と「ルテニウム106」が検出された際には、核種の比率や気象状況などの調査によって、漏出源がウラル地方の核燃料処理施設「マヤーク」であったことがほぼ特定されている(ロシア側は否定)。
閉鎖都市ニョノクサで起きた事態も、いずれはこうした科学的調査によって概ね事実関係が明らかになるはずである。当欄でも今後、新たな展開を待って続報をお伝えすることにしたい。