不透明さを増す「交渉」「対韓輸出」 【短期集中連載】日韓「亀裂」の行方(3)

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 日韓関係の重要な節目として、6月末のG20大阪サミットで安倍晋三首相と文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の日韓首脳会談が実現するかどうかが浮上した。ここで首脳会談が実現しなければ、元徴用工訴訟での日本企業の差し押さえ資産の現金化が確実になり、日韓関係に深刻な影響を与えるとみられた。

G20直前「原告側と協議なし」の提案

 韓国政府はこのころになり、ようやく対日外交の人材不足を感じたのか、5月23日に対日外交に精通した趙世暎(チョ・セヨン)国立外交院長を第1次官に起用した。

 日韓請求権協定では、紛争時にいずれか一方の国が期間内に仲裁委員を任命しなかった場合には、第三国の政府が委員を指名するとしている。日本政府は日韓請求権協定にもとづく第3段階の措置として、6月19日、元徴用工訴訟問題を巡る紛争解決に向け、第三国に委員の人選を委ねる形式での仲裁委員会開催を韓国政府に要請した。日韓請求権協定では、日韓双方が30日以内に、それぞれ第三国を選び、その国が指名する委員各1人ら計3人で構成する仲裁委の開催を定めている。第三国選定の期限は7月18日となった。

 一方、韓国政府も同じ6月19日に、日韓国交正常化により経済支援で恩恵を受けた韓国企業と、訴訟対象になっている日本企業の日韓両国企業が相当額を出資し、訴訟原告らへの損害賠償金の財源をつくる方式を日本政府に提案したと発表した。日本政府がこの案を受け入れれば、日本政府が今年1月に要求していた請求権協定に基づく第1段階の協議である2国間協議に応じることを検討するとした。

 韓国政府の提案のポイントは、慰謝料支給に韓国政府が関与しないとしたことだ。韓国政府は昨年10月の大法院判決を尊重するという姿勢を続けており、日韓の企業による「1プラス1」で問題解決を図ろうというものだ。さらに慰謝料支給の対象は、勝訴が確定した原告だけとしており、対象を元徴用工全体に広げず、歯止めを掛けるという内容だった点が注目された。

 韓国メディアによると、趙世暎外務第1次官が6月16日から17日に非公式に訪日し、この解決案とG20での日韓首脳会談を提案したが、日本側はこの提案を拒否したという。日本政府は「請求権協定で解決済み」という姿勢で、日本企業に負担をさせることはできないとして提案を拒否したのである。

 一方の韓国政府は、今年1月に「非常識」とした財団方式を、5カ月後になって持ち出して来たわけである。当初から、両国が妥協できるのは財団や基金を通じた解決しかないとの見方が強かったが、それを自ら切り捨てておきながら、結局はそこに戻るしかなかったわけだ。当初から財団方式で日本側と協議に入っていれば、何らかの妥協点があったのではと指摘する専門家も少なくない。

 韓国政府の提案は、6月末のG20大阪サミットまでに韓国政府としての「提案」をしておかなければならない、というアリバイ的な色彩が強く、原告や弁護団との協議や同意の取り付けもなかった。当然、原告側からは「被害者の声をまったく反映していない」と強い批判を受けた。韓国政府は、被害者中心主義を訴えながら、G20までの提案という「実績」づくりのために、被害者を無視する結果となった。

 韓国政府は、日本側が拒否することを承知で提案したとも見られた。大阪での日韓首脳会談のためには韓国政府としての何らかの提案をしておく必要があったからだ。

 日本側が年初から、官僚機構を動員して韓国政府への対抗措置を緻密に検討してきたのに比べ、韓国政府は対日政策の司令塔不在の中で、積極的な打開策を講じないままに8カ月という時間を過ごし、G20前に原告や弁護団との協議もしないで提案をするという、付け焼き刃的な対応をしただけだった。

 韓国側のこの提案は、事前に日本側に伝えられたが、日本側は拒否した。日本側では、なぜ拒否され、実現する可能性のない提案を韓国側が一方的に公表したのか、という反発も生まれた。

 その結果、G20で日韓首脳会談も実現せず、その直後に日本側の「輸出規制」「ホワイト国排除」という攻勢を受けて初めて事態の深刻さを認識したように見える。

仲裁委もICJも不透明

 韓国側は、韓国政府の提案を日本政府が飲めば、日韓請求権協定での紛争時の第1段階手続きである2国間協議に応じるとしたが、日本側が提案を拒否したために2国間協議は実現しなかった。

 一方、日本側は請求権協定の紛争時手続きに従って、第3段階の第三国による仲裁委員の指名による仲裁委の設定というところまで手続きを進めたが、韓国側は2国間協議にも応じず、仲裁委員も選定せず、第三国への要請も応じず、仲裁委員会での紛争解決も成立しなかった。

 請求権協定での紛争解決手続きには一方の国が仲裁委員会での解決に応じない場合の強制的な規定はなく、このやり方での問題解決は困難である。

 日本は元徴用工問題で仲裁委員会による解決を求めたが、2011年には韓国政府が従軍慰安婦問題で日韓請求権協定に基づく協議に入るように求めたことがある。韓国の憲法裁判所は2011年8月、慰安婦問題で韓国政府が日本と外交交渉を行わないのは「被害者の基本的人権を侵害し、憲法違反になる」との決定を出した。

 韓国外交通商部は2011年9月と11月に日韓請求権協定に基づく2国間協議を日本政府に求めたが、日本側はこれに応じなかった。こういう前例があるため、元徴用工問題で、日本政府は仲裁委員会での解決を求めても韓国政府は応じないとの見方が当初から優勢であった。

 日本政府は仲裁委員会での解決が困難になったことで国際司法裁判所(ICJ)への提訴を検討するとみられる。しかし、これも韓国側が同意しないと審理は行われない。

 ただ今回の元徴用工問題は、韓国の大法院が従来の日韓政府間の合意の枠組みを超える判断を下したことから生じた問題だ。その意味で、司法による紛争を司法で解決するというのは、1つの方法とは言える。日韓双方が、ICJがどういう結論を出そうともその判断に従うと約束し、ICJの場で議論を戦わせることは意味のある解決方法のように思える。

 しかし、現状では、韓国政府がICJ提訴に応じる気配はなく、ICJを通じた問題解決の可能性も低い。

「ツートラック」は本来、日本政府の立場

 日本政府は今回、輸出規制強化は安全保障上の輸出管理であるとしているが、元徴用工問題への事実上の対抗措置であることを否定することは難しいだろう。大半のメディアは当初は「元徴用工問題への事実上の対抗措置」と報じていた。その判断を変える明確な理由が読者や視聴者に説明されず、政府が言うからと、報道姿勢を変えるのはどうなのか。

 今回、元徴用工問題に通商カードを使うという、日本政府がこれまで取らなかったアプローチを取ったこと自体が、極めて危うい道に一歩踏み出したのではないのか。

 朴槿恵(パク・クネ)前韓国大統領は、慰安婦問題が解決しない状況では首脳会談はしない、という姿勢を続けた。これに対して、歴史問題と経済や安全保障問題は区分して対応すべきという「ツートラック」方式を主張したのは日本政府だった。

 安倍首相は2013年7月にテレビ出演で、歴史認識に関しては「それぞれの国が歴史に誇りを持っている。互いに尊重するのが大切だ。外交カードにして、首脳会談するかしないかの条件にするのは間違っている」と指摘し、安倍内閣の歴史認識に懸念を示す中国、韓国側をけん制する発言をした。

 また、2013年10月のブルネイでの東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議での記者会見でも、「韓国は基本的価値を共有する重要な隣国」とし、「問題があるからこそ首脳レベルを含めて話し合うべきだと考えており、私の方から中国、韓国に対話を呼びかけている」と語った。この発言を考えれば、G20大阪サミットで隣国の文在寅大統領との日韓首脳会談を行わなかったのは適切な対応だったのだろうか。

対韓貿易2兆円以上の黒字だが

 日本の2018年の輸出額は、全体で81兆4850億円で、輸出先別の1位は中国で15兆9010億円、2位は米国で15兆4660億円、3位は韓国で5兆7930億円である。輸入の総額は82兆6910億円で、輸入先別の1位は中国で19兆1870億円、韓国は3兆5490億円である。

 つまり日韓貿易では、韓国は2兆2340億円もの貿易黒字を日本へ提供している国なのである。輸出入合わせた貿易全体で、日韓貿易の占める比率は5.68%だ。日本の貿易全体に占める日韓貿易の割合は、最近は6%前後を推移している。

 一方、韓国から日韓貿易を見てみよう。韓国貿易協会によると、2018年の韓国の輸出は前年比5.5%増の6051億6900万ドル、輸入は11.8%増の5351億7200万ドルだった。貿易収支は前年より減少したものの、699億9700万ドルの黒字を確保した。

 韓国の対日輸出は305億7400万ドル、対日輸入は546億500万ドルで、貿易総額は851億7900万ドル。全体貿易に占める日韓貿易の比率は約7.47%である。日韓貿易が貿易全体に占める割合は、2010年までは10%を超えていたが、最近は8%を割り込んでいる。 

 注目すべきは、韓国の輸出相手国である。韓国の輸出相手国は1位が中国で1621億5800万ドル、2位は米国で727億3600万ドル、3位はベトナムで486億2900万ドル、4位は香港で459億9900万ドル、5位は日本で305億7400万ドルである。日本は韓国の輸出先としては中国、米国はもちろん、ベトナム、香港より少なくなっている。それに比べ、輸入相手国としては中国、米国に次いでいる。

 もちろん、韓国の対日貿易赤字は韓国が一方的に赤字を積み上げているということではない。今回の輸出規制対象になった3品目に示されているように、韓国は日本から素材を輸入し、それを使って輸出をするという構造であり、日本からの輸入を輸出に活用しているわけである。

 ただし、日本にとって韓国が2兆円を超す貿易黒字を出している貴重な貿易相手国ということを忘れてはならないだろう。むしろ、隣国であるにもかかわらず自由貿易協定(FTA)も締結されず、韓国経済における日本の存在が次第に小さくなっていることが問題である。今回の輸出規制がさらに拡大されるなら、韓国経済における日本の存在はさらに縮小していくであろう。

結局は日本の輸出産業に打撃

 今回の輸出規制措置は、この3品目を韓国に輸出している企業にとっては大きな打撃だ。

『聯合ニュース』によると、今年1月から4月までの日本の「フッ化水素」は85.9%が韓国に、台湾に7.8%が輸出された。先述のように、韓国が今年1月から5月までに輸入したフッ化水素の43.9%は日本からだが、46.3%は中国から、9.7%が台湾から輸入している。

 フッ化水素についていえば、後述するように純度などで中国産、台湾産とはかなりの技術的な差があるが、将来的には韓国で国産化したり、輸入先を中国、台湾に振り替えたりする可能性がある。一方、85.9%を韓国に輸出している日本企業にとっては、日本政府の措置は極めて大きな打撃である。

 韓国が日本からの輸入に93.9%を依存している「フッ化ポリイミド」は、日本から韓国への輸出が22.5%で、中国が36.3%、台湾が19.5%、香港が7.5%である。

 日本からの輸入に91.3%を依存している「レジスト」は、日本から韓国への輸出が11.6%で、米国へ21.8%、台湾17.9%、中国16.7%となっている。

 韓国の野党、民主平和党の朴智元(パク・チウォン)議員は7月22日に自身のSNSで、半導体を洗浄するフッ化水素について、「サムスン」が使用しているフッ化水素は「FIVE9」、すなわちその純度が99.999%のものだが、韓国や中国、インドなどで生産するものは「FOUR9」すなわち99.99%だとした。そして純度の低い「FOUR9」は、「FIVE9」の55%の効率しかなく、「FIVE9」を使うのに比べて数兆ウォン(数千億円)の損害が生じると述べた。一方で、日本企業は「TWELVE9」、すなわち99.9999999999%まで純度を上げる計画で、韓国政府はこうした事実に関心を払えと主張したのである。

 筆者はこうした分野の専門知識を持ち合わせないが、韓国の国会議員から日本の素材産業の優秀性に政府は関心を払うべきで、韓国がすぐに国産化ができるほど簡単なものではないという主張が出たことは興味深い。

 今回の措置を受けて韓国政府は7月3日、半導体の材料、部品、設備の開発に毎年1兆ウォン(約900億円)を集中投資していくと発表した。韓国がすぐに日本並みの素材開発に成功するとは思わないが、その技術格差が急速に狭まり、日本の素材産業が深刻な被害を受ける可能性はある。

 韓国の『中央日報』は7月24日、韓国のある企業が8年前に純度99.9999999%(TEN9)の開発に成功し、2013年に特許出願まで終えたが、資本不足などで商品化を断念している,と報じた。韓国政府がこういう企業を支援すれば、韓国の国産化はそう遠い将来の話ではない。

『朝鮮日報』は7月27日、財閥SKグループの素材専門メーカー「SKマテリアル」が独自開発したエッチングガス(気体状態の高純度フッ化水素)の新製品を今年末までに出し、早ければ来年上半期に販売用製品も発売する予定だと報じた。

 韓国の技術水準が無視できないレベルまで上がり始めていることも、注視しなくてはならない。今回の日本の輸出規制強化が韓国内での素材製品国産化を拡大する契機になるだろう。少し長期的な視点に立つならば、今回の輸出規制強化は素材産業の国産化や購入先の多元化を促進することは間違いなく、日本の輸出産業に打撃を与え、日本は自分で自分の首を絞める結果を招く可能性が高い。

 さらに今回の措置は、自由貿易を掲げてきた日本の信用度を下落させるだろう。通商カードをこのように使えば、ドナルド・トランプ米政権や中国と同じになってしまう。

 また、こうした輸出規制は国際的な分業システムを破壊することになる。日本の輸出規制強化は韓国のサムスンなどに打撃になるだろう。しかし、それはサムスンの半導体を使っている「アップル」など他の企業への打撃になり、世界のサプライチェーンに打撃を与えることにもなるだろう。(つづく)

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2019年8月2日掲載

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