「15歳少女」が探求した「プラスチック問題」の突破口

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 2009年、カナダ・バンクーバー。15歳のミランダ・ワンは、社会科見学で訪れたゴミ処理施設で知ったプラスチックごみの現状に衝撃を受けた。

 彼女が目にしたのは、再利用のために回収されたプラスチックのほとんどが、実際にはリサイクルされることなく焼却もしくは埋め立てられている、という現実だった。ワンが愕然としたその現実は、世界中のゴミ処理施設で起こっているプラスチック・リサイクルの実情だ。

「なぜリサイクルされないの? 何のために回収しているの?」

 ゴミ処理施設で湧いた大きな疑問を拭い去ることのできなかったワンは、回収されたままリサイクルされないプラスチックを何とかできないか、その方法を探ることに没頭し始めた。

リサイクルが難しい多種多様さ

 そもそもなぜ、回収されたプラスチックはリサイクルされていないのだろう。

 世界では年間3億トン以上のプラスチックが生産されているが、そのうち実質的にリサイクルされているのはわずか10%、残り90%は焼却、埋め立て、もしくは自然界へと流出している(注1、本文末尾に)。

 現在、プラスチックとして流通している素材は、一口にプラスチックといっても実に多様な種類がある。ペットボトル原料のポリエチレンテレフタレート(PET)、レジ袋やラップ、シャンプーボトルに使われるポリエチレン(HDPE/LDPE)、ホース、パイプ等のポリ塩化ビニル(PVC)、車の内装や電子機器に使われるポリプロピレン(PP)、 発泡スチロールや食品トレイ等のポリスチレン(PS)、服やストッキング、歯ブラシになるポリアミド(PA)など、日常生活で使われるプラスチックをざっとあげただけでも、あっという間に5~6種類になる。

 これら種類の違うプラスチックはそれぞれ違う分子構造を持っているため、まとめて回収して溶かしても、純度の高いプラスチックを作ることはできない。さらに、仮に同じ種類を分別回収できたとしても、着色料や可塑剤の違い、食べ物や油の汚れ、分別ミスによる異物混入などが、リサイクル過程でプラスチックの品質を劣化させ、新たな製品にすることが難しい。

 使用済みのプラスチックから品質のよいプラスチック、つまり利用価値のあるプラスチックを再生産するのは、現行の機械的な処理システムでは限界があり、石油を原料にして新たに作る方が、ずっと効率がよくコストも低い。実際のところ、多くのリサイクル施設でリサイクルされているのは、主にペットボトルや一部の高密度ポリエチレンボトルが中心で、その他のプラスチックは、ほとんど焼却されているのが現状だ。

 石油を原料に作られているプラスチックは、石油や石炭とほぼ同じレベルの高い発熱量を持っており、焼却してその熱を利用すれば、単純焼却や埋め立てに比べてエネルギーの回収率は確かに上がる。間接的ではあるが、火力発電所で燃焼される原油の削減にもなる。

日本の「リサイクル率」の真相

 プラスチックを燃やしてその熱エネルギーを利用する方法は、現在、日本や欧米のプラスチック処理の大半を占めている。日本ではこの方法を「サーマルリサイクル」と呼ぶが、この呼び名は日本で作られた造語で、欧米ではリサイクルという言葉は使わず、「熱回収(サーマルリカバリー)」と呼ばれている。プラスチック循環利用協会の発表によると、日本のプラスチック・リサイクル率のうち、約3分の2がこの「サーマルリサイクル」、つまり焼却による熱回収だ。「サーマルリサイクル」は、国際的にはリサイクル率の標準的な数字には含まれず、86%とされている日本のプラスチック・リサイクル率も、この「熱回収分」を除くと一気に28%まで下がってしまう(注2)。

 さらに、日本を含む先進国の多くが、再生資源として回収したプラスチックの大部分を途上国に輸出している。先述の熱回収分を除いた日本のプラスチック・リサイクル率28%は、重量にすると年間211万トンになるが、その7割近くにあたる129万トンのプラスチックが海外に輸出されている。結果、国内で再生資源としてリサイクルされているプラスチックは、わずか9%という数字になってしまうのだ(注3)。そして再生資源として海外に輸出されたプラスチックは、リサイクルされることなく投棄されていることが多いのも現状だ。

 2018年、年間730万トンものプラスチックごみを受け入れていた中国が、洗浄水の垂れ流しや不法投棄が国内で問題視されたことを背景に、その輸入を全面的に禁止し、世界に動揺が広がった。米国では行き場を失ったプラスチックごみが毎月数万トン単位でゴミ処理施設に蓄積し、プラスチック回収を打ち切る自治体も相次いでいる(注4)。

 米国と並んで大量のプラスチックを中国に輸出していた日本は、輸出先を東南アジアへとシフトしたが、東南アジア諸国でも受入れ拒否が始まり、輸出できないプラスチックのほとんどは日本国内で焼却されている。

プラスチックを分解する「バクテリア」

 このように、回収されても実質的にはほとんどリサイクルされることのないプラスチック。世界規模で深刻化するこの問題に突破口を見出すことを目指して、高校生になったワンは、親友のジニー・ヤオとチームを組んで研究をスタートさせた。

 2人がヒントを求めたのは、自然界だった。

 プラスチック汚染が問題になっていた地元の川を調査し、自然界がプラスチックにどのように反応しているかを調べたのだ。大学の研究室を間借りしながら研究を続けたワンとヤオは、18歳の時、調査していた川からプラスチックを分解する土壌バクテリアを発見する。

 ワンとヤオはこの発見を2013年に発表し、大きな注目を集めた。しかし、バクテリアによる分解プロセスを実際にリサイクル施設で活用するには、効率面で問題があった。そこでワンたちは、バクテリアたちが行っている分解プロセスを化学的に再現することはできないかと考えた。

 大学に進学して分子生物学を専攻し、在学中の2015年に起業し、シリコンバレーにプラスチック処理に特化した研究会社「BioCellection」を設立。化学者やエンジニアたちと共同研究を進め、試行錯誤の末、プラスチックを化学的に分解し、新たな素材を生み出すことに成功した。

市場価値40倍の素材に変換

 ワンたちが開発したプロセスでは、回収されたプラスチックを細かく砕いて洗浄し、プラスチックを分解するための化学的処理や純度を高める処理など14の工程を施し、新たな素材を生み出す。出来上がった素材は生分解可能で、車の部品や電子機器、繊維や洗浄剤など、様々な製品に加工することができる。

 ワンたちがターゲットにしているのは、世界で最もよく使われているプラスチック素材であるポリエチレンだ。レジ袋やラップ、フリーザーバッグ、牛乳パックや紙コップのコーティングなどに幅広く使われているポリエチレンは、プラスチックの中で最も分子構造が単純で加工がしやすく、丈夫でしなやかな上に、透明性があって湿気に強く、コストも安い。パッケージ用途にもってこいの素材で、世界中で大量に生産・利用されている半面、そのほとんどがリサイクルされていない。

「私たちは、汚れたビニール袋や使い捨ての包装材など、これまでリサイクルすることが難しいとされてきたプラスチックに注目しています。今日リサイクルされていないプラスチックを化学的に分解して価値ある物質に変え、新たな製品に加工できる純度と耐久性の高い素材を作り出しています」

 バクテリアの働きを化学的に再現することで、リサイクルプロセスの効率化と短期化も実現することができた。ワンたちは、この方法で世界のプラスチック廃棄物の3分の1を、新たな市場価値のある素材に変えられると試算している。

 プラスチックを化学的にガス化したり油化したりするリサイクル技術は、これまでも試されてきた。しかし一定の成果を上げた開発も、実用化にあたって事業規模の確保や高コスト、投入エネルギーによる環境負荷など課題が多く残されており、新たな展開は難しい状況にある。

 そうした現状を踏まえワンたちが開発したプロセスは、原油から生産するよりずっと低いコストで、廃プラスチックを市場価値40倍の素材に変換することができ、リサイクルを次の段階へと進化させる技術として注目されている。

リサイクル技術が生み出す多大な経済価値

「世界経済フォーラム」が、大手コンサルティング「マッキンゼー・アンド・カンパニー」、循環型経済を推進する「エレン・マッカーサー財団」と共に作成した報告書によると、プラスチックが再利用されないことによる経済的損失は、年間800~1200億ドル(約8~13兆円)にのぼるとされる(注5)。

 プラスチック汚染の深刻化や消費者意識の高まりにつれ、プラスチック産業、そして原料となる石油産業も、リサイクル問題を無視できなくなってきた。これまで一方通行で生産されてきたプラスチックも、資源として回収し再利用していくプロセスまで視野に入れなければ、産業そのものが危機に陥る可能性もある。

 ワンたちのような新たな技術開発は、そうした状況から新たなビジネスチャンスを生み出す要になる。マッキンゼーは、プラスチック再利用技術の開発は、2030年までに世界のプラスチック・リサイクル率を、現在の10%台から50%台まで高める可能性があり、それによって年間550億円の利益をあげるリサイクル市場が生み出されると予測している(注6)。

 プラスチック問題の深刻化で製造に制限がかかったりニーズが減ったりすれば、プラスチック業界は損失を被るが、プラスチックを資源として再利用する方策を見出すことで、業界に新たな収益が生まれる可能性すらあるのだ。

 マッキンゼーの試算では、リサイクル率を上げるための廃棄物回収システムの改善には年間200億ドル(2兆円超)という巨額のコストがかかる。だが、プラスチック汚染への意識の高まりにつれ、世界最大規模の資産用会社「ブラックロック」、米ベンチャーキャピタル「クライナー・パーキンス」、「カナダロイヤル銀行」といった世界規模の投資家たちが、すでにこの分野に力を入れ始めている(注7)。

 こうした潮流の中、北米・カナダだけで少なくとも60社がリサイクル技術の研究に取り組み、実用化に向けて鎬を削っている。

目指すは「循環型経済システム」

 2019年6月、世界を変えるイノベーターたちを発掘し、その研究開発を支援する賞として知られる「ロレックス賞」を、ワンが受賞した。

 人類の未来に貢献するプロジェクトをサポートするために1976年に創設され、数々の革新的なプロジェクトを評価し、サポートしてきたロレックス賞は、過去に日本人受賞者も複数いる。国技館や東京スカイツリーに雨水利用システムを導入し、開発途上国に雨水タンクを普及させた村瀬誠氏(2002年準入賞)、カンボジアで伝統織物の復興に取り組む森本喜久男氏(2004年受賞)、世界の聴覚障害者の対話を可能にするオンライン手話辞典の制作を進めている大木洵人氏(2016年受賞)だ。

「プラスチックは奇跡的な素材です。透明で軽く、形や硬さを自由に変えられ、熱や水にも強い。コストも安い。こんなに便利な素材は他にない。だからこそ、プラスチックは世界中に広がり、私たちの生活のありとあらゆる場所で使われています。プラスチックという素材がこれほど世界で普及しているのには理由がある。私たちはその現実を踏まえて、何ができるのかを考えたい」

 そう語るワンのゴールは、プラスチック回収がひとつの産業として成り立つ循環型経済モデルを実現することだ。世界各地のパートナーと協働し、プラスチック回収作業に利益を生み出しながら、年間500万トンのプラスチックをリサイクルし、1億トンの二酸化炭素排出量を削減するシステムを構築することを目指している。

 ロレックス賞は、ワンがこのゴールに到達するために、処理技術や生産プロセスの向上、商業用処理工場のプロトタイプ開発をサポートする。ポリエチレン処理の標準機を完成させた後には、他のプラスチックの分解処理システムも開発する計画だ。

「私が50歳になるまでに、この世界からプラスチック問題をなくし、私にロレックス賞を授与してよかったと言ってもらえるようにします」

 25歳のワンは授賞式でそう語り、会場を沸かせた。

劇的に増加し続ける生産量

 世界のプラスチックの使用量はこの50年で20倍程に跳ね上がった。さらにその生産量は今後20年で2倍に、2050年にはほぼ4倍まで増加すると見込まれている。

 石油を原料としてプラスチックを新たに生産し続ける産業モデルは、明らかに限界がある。「使わない、捨てない、作らない」といった、プラスチックの絶対量を減らす取り組みは何より先決だ。使い捨てプラスチックの使用廃止に向けた動きや、石油を原料としない生分解性プラスチックの開発も注目されている。そうした取り組みは積極的に進めながら、同時に今あるプラスチック、そして今後いやおうなく生産されるプラスチックにどう対処していくのかを考えることも不可欠、というのがワンの考えだ。

 現在、プラスチック年間総生産量の32%、2500万トンという莫大な量のプラスチックが、ごみ処理ルートを抜けて自然界に流出している(注8)。

 プラスチックの持つ害や危険性が注目される一方で、プラスチック汚染も急速に拡大しており、このままのスピードだと、海では2050年までに、プラスチック廃棄物が魚介類の重量を上回ると予測されている(注9)。

 細かな破片となって分解されないまま海中を漂う「マイクロプラスチック」問題の深刻さも、明らかになってきた。海のプラスチック汚染は、目に見えにくいプラスチック問題が表面化した氷山の一角とも言われている。

「地球上の生物は互いに深くつながりあっています。食物連鎖のあらゆるところにプラスチック汚染が影響を与えている今、私たちが地球の上で暮らし続けたいとするなら、プラスチック問題は何としても私たちの世代で解決しなくてはならないのです」

 そうワンの語る通り、プラスチック問題は先送りすることができない課題だ。先のG20大阪サミット(20カ国・地域首脳会議)でも主要議題の1つとして取り扱われた。資源エネルギーの循環を無視した産業システムは、巡り巡って私たちの暮らしの安全性を奪う。プラスチック問題はつまるところ、この地球で人がいかに生きるかという問いを真っ向から突きつけてくる。

「現実の社会で今、どんな技術が必要とされているのか。大切なのはフィールドに出ることです。現場で何が起こっているのか自分の目で確かめ、変化を生み出す強固な技術を開発していきたい。人には、革新的なアイデアで困難を乗り越える力があります。今求められているのは、まさにその力なのです」

 社会科見学での疑問から始まったワンの研究は、10年の歳月を経た今、世界にひとつの新たなうねりを生み出そうとしている。

【脚注】

(注1)「世界経済フォーラム」『The New Plastic Economy: Rethinking the Future of Plastics 2016』

(注2)『プラスチックリサイクルの基礎知識2018』(プラスチック循環利用協会)

(注3)同

(注4)「国際再生資源連盟」『How China’s ban of plastic waste imports can help us beat  2018』

(注5)注1に同じ

(注6)「McKinsey & Company」 『No time to waste: What plastics recycling could offer 2018』

(注7)「McKinsey & Company」 『How plastics waste recycling could transform the chemical industry 2018』

https://www.mckinsey.com/industries/chemicals/our-insights/how-plastics-waste-recycling-could-transform-the-chemical-industry

(注8)『プラスチック・フリー生活』(シャンタル・プラモンドン/ジェイ・シンハ著、NHK出版、2019年)

(注9)「国連環境計画」 『Guidelines for the Monitoring and Assessment of plastic litter and microplastics in the ocean 2018』

※【ロレックス賞】のウェブサイトはこちら。

※2021年度のロレックス賞の募集が始まっています。詳細はこちら。

内野加奈子
「海の学校」主宰。慶応大学SFC卒業後、ハワイ大学で海洋学を学び、日米の教育機関と連携し、自然をベースにした学びの場づくりに携わる。海図やコンパスを使うことなく自然を読み航海する伝統航海カヌー「ホクレア」の日本人初クルーとして、歴史的航海となったハワイ―日本航海をはじめ、数多くの航海に参加。NPO法人「土佐山アカデミー」理事。著書に『ホクレア ―星が教えてくれる道~ハワイの伝統航海カヌー日本への軌跡』(小学館)、『星と海と旅するカヌー』(海の絵本シリーズ1)、『サンゴの海のひみつ』(同2)、『雨つぶくんの大冒険』(同3、以上きみどり工房)などがある。

Foresight 2019年8月2日掲載

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