ゆとり第1世代、就活中にリーマンショック発生…「受難の世代」31歳女性がUターンするまで

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東日本大震災がきっかけでUターン

 そんなマミさんがUターンをしようと決めたきっかけは、2011年3月に起こった東日本大震災だった。その日、マミさんはいつものようにテレビ収録に立ち会っていた。そのとき、地震が起こった。古い建物内で収録していたため、かなり揺れた。撮影のセットは全部倒れ、「あ、死ぬかも」とさえ思った。階段には亀裂が入った。

 とりあえず、出演者を避難させて、落ち着いた頃を見計らって撮影を再開させたが、すぐに余震が襲ってきた。テレビもない部屋だったので何が起こっているのかは分からない。しばらくして別の部屋でテレビをつけると、津波の痛ましい映像が流れていた。その瞬間「札幌に帰りたい。死ぬなら札幌がいい」と思った。また、既に親も東京での勤務を終え、札幌に戻っていたので、家族はみんな札幌におり、自分だけが東京にいる意味はなんだろうと思えてきた。

 震災を機にマミさんは札幌にUターン。地元ではWebの制作会社に就職。そこで、ライターの仕事を請け負うことになった。しかし、その会社は経営が悪化し、マミさんが入社して数年で倒産。その後、その会社で得たスキルを武器にフリーでライターを続けることにした。

 私は時おり帰省すると、地元の友人たちから「東京にかぶれている」といったからかいを受けることもあるが、マミさんは「札幌はそれなりに都会なのでそこまでのギャップはなかった」と語る。

 ただ、やはりカルチャーの面でのギャップは大きい。地元には大手書店があったり、美術館で有名な展示が開催されたりするのに、地元の人は足を運ばないという。一度東京で様々なカルチャーを吸収しているマミさんは、数カ月ごとに上京し、美術館に足を運んだり、落語や舞台を鑑賞したり、地元ではなかなか体験できないカルチャーをインプットして、それを現在のライター業や書店経営の仕事に活かしている。知人のフリーランスでも3人、Uターンした方を知っているが、3人とも定期的に上京して情報をインプットしている。やはり、地方だと刺激やイベント自体が少ない。完全にUターンしてフリーランスの仕事を請け負うのは厳しいことがうかがえる。

「地元には本屋が近くにあるのに、みんな行かないんですよね。一時期、とある専門学校の講師を頼まれて務めたんです。ちょうど当時、学校の近所に大型書店がオープンしたので、その書店に行こうと提案すると『どうやって行くんですか?』と学生から質問があって……。その書店に行ったことがある人がクラスに1人もいなかったんです。みんな本を読む習慣がないようでした。

 そこで、学生たちを書店に連れて行って、各々気に入った書籍を選んでもらってプレゼントし、『明日までに読んできて』と指示しました。みんな読んでこないだろうなと思っていたのですがちゃんと読んできてくれて、『本ってすごく楽しいんですね!』という感想をもらいました。その後はみんな自発的に本を読むようになりました。何かきっかけがないと、カルチャーに触れられないのはもったいないなぁと感じました」

 このあたりのエピソードは私の地元と非常によく似ている。みんな、自らカルチャーに触れに行かない。宮崎は元々大型書店自体が少ないのが原因だと思いこんでいたが、宮崎よりも都会の札幌でも同じ状況だとは思わなかった。

 時代の荒波に揉まれながらも、すぐに自分の弱みを見つけて、カバー法を編み出すマミさんのフットワークの軽さには脱帽するばかりだ。悲観的になりがちな性格の私の背筋をピシッと伸ばしてくれるようなエネルギッシュさがあった。

 完全にUターンというわけではなく、時おり上京して最新の情報をインプットしつつ働くマミさんは、今後もさらに軽快に飛び回って、地元と都心のそれぞれの良さを両方取り入れていくのだろう。

姫野桂(ひめの けい)
宮崎県宮崎市出身。1987年生まれ。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをして編集業務を学ぶ。現在は週刊誌やWebで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)。ツイッター:@himeno_kei

2019年7月26日掲載

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