「アスクル」乗っ取り「強権発動」に隠された「ヤフー」の陰謀

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 東証1部上場のポータルサイト運営大手「ヤフー」と同じく東証1部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」の経営権を巡る争いが、いよいよ佳境を迎える(2019年7月19日『「ヤフーVS.アスクル」が問う「資本市場の信頼性」と「少数株主利益」』参照)。焦点は、8月2日にアスクルが開く株主総会で審議される取締役の選任議案。株式の約45.13%を握るヤフーはすでに7月24日、岩田彰一郎・現社長の再任に反対する議決権行使を行ったと発表している。同じくアスクル株の11.63%を保有する事務用品大手「プラス」もヤフーと共同歩調を取っており、岩田社長が株主総会で取締役に選ばれないことが確定的になった。

「新社長」は誰に

 ヤフーは7月24日のプレスリリースで、「低迷する業績の早期回復、経営体制の若返り、アスクルの中長期的な企業価値向上、株主共同利益の最大化の観点から、抜本的な変革が必要と判断」したことが、再任反対の理由だとした。そのうえで、「業績低迷の理由である岩田社長を任命した責任など総合的な判断から、独立社外取締役の戸田一雄氏、宮田秀明氏、斉藤惇氏の再任にも反対の議決権行使を行」ったことを明らかにした。いずれの議決権行使もインターネットを用いた投票で実施したという。

 アスクルが議案としている取締役候補は10人。岩田社長のほか、吉田仁・BtoB事業COO(最高執行責任者)、吉岡昭・BtoC事業COO、木村美代子・チーフマーケティングオフィサーの「社内取締役」が4人、ヤフーから派遣されている輿水宏哲・執行役員、社外取締役でヤフー取締役専務の小澤隆生氏、そして社外取締役の今泉公二プラス社長の「ヤフー派」が3人、戸田一雄・元松下電器産業(現パナソニック)副社長、宮田秀明・東京大学名誉教授、斉藤惇・前日本取引所グループ(JPX)最高経営責任者(CEO)の「独立社外取締役」が3人という構成だ。

 当初は岩田氏だけを否認するとしていたヤフーは、3人の独立社外取締役も「クビ」にする行動に出たわけで、これによって株主総会では「社内」3人、「ヤフー派」3人の取締役が選ばれることになりそう。ヤフーは岩田社長の後任について、7月18日に出したプレスリリースで、「新しい代表取締役社長についてはアスクルの取締役会で決議するものと考えています。当社から社長を派遣するつもりはありません」と公表しており、3対3の取締役会でどう決着を着けるのかが焦点になる。

 ヤフーから派遣されている輿水氏は、アスクルで執行役員を務めるものの「まだ若く、とうてい事業全体を引っ張る力量はない」(アスクルの別の執行役員)という。BtoBのCOOである吉田氏やBtoCのCOOである吉岡氏は岩田体制の右腕・左腕で、岩田氏を放逐したヤフーに協力した場合、社内をまとめ切れるかどうか疑問。「良し悪しは別として、20年以上にわたって社長を続けてきた岩田氏がいなくなったアスクルの経営が大混乱に陥るのは明らか」(独立社外取締役の1人)と見られる。

孫正義会長の意向

 それにしても、当初は岩田社長だけを否認するとしていたヤフーが独立社外取締役の3人も否認したのはなぜか。3人は社会的名声も高い人たちである。

「私たちは業績が上がらないことにも厳しく苦言を呈してきたし、岩田社長を守ろうとしている訳ではない。資本の論理だけでデュープロセスを無視するヤフーのやり方が問題だと中立的な立場で申し上げてきた」

 と独立社外取締役の1人である斉藤氏は言う。取引所のトップを長年務めてきた斉藤氏から見ても、ヤフーの行動は「目に余る」ということのようだ。

 また、松下電器の副社長だった戸田氏も、

「過半数の株を押さえたら何をやってもよいということが今の世の中で許されるのか」

 と憤る。上場企業として「指名報酬委員会」を置き、そこで決めたことを取締役会でも議決しているのに、支配株主だけの利益でそれを覆すことができるのなら、「独立社外取締役をやっていて何の意味があるのか」というわけだ。

 実は、指名報酬委員会は6人で構成されていたが、3人の独立社外取締役と、独立社外監査役の安本隆晴氏、岩田社長に加え、もう1人、不思議な立場の人が入っていた。弁護士の小林啓文氏だ。建て前はアスクルの顧問弁護士ということになっていたが、実は「ソフトバンクグループ(SBG)」の孫正義会長と長年にわたる関係を持ち、孫会長の右腕と言われてきた人物だ。アスクルの指名報酬委員会でも、「今回の問題が起きるまで議論をリードしていた」と指名報酬委員の1人は言う。つまり、アスクルの人事は孫氏の意向も反映されていた、というのである。

不可思議な「秘密契約」

 今回、ヤフーが突如としてアスクルに牙をむいた背景には、SBGの事情、孫会長の「心変わり」があると見られている。

 実は、ヤフーとアスクルの間には不可思議な「契約」が存在している。「業務・資本提携契約」がそれで、2012年にヤフーがアスクルに出資した際に結ばれ、2015年にヤフーの持ち株比率が高まるのを機に改定されている。アスクルが自社株買いを行うことでヤフーが保有する議決権割合がそれまでの41.9%から44.6%に高まり、国際会計基準(IFRS)上、ヤフーの連結対象になったことがきっかけだった。

 2015年5月19日にアスクルが出した「ヤフー株式会社との業務・資本提携契約の更改に関するお知らせ」というリリースには、こんなくだりがある。

「当社は、すべてのステークホルダー(お客様、株主様、取引先様、従業員)への価値向上と、上場会社としての事業運営の独立性維持を前提に、そのような状況を了承しております」

 そのような状況というのは、IFRSで連結対象、つまり「実質子会社」扱いされることだ。

 この時も、アスクルの社外取締役らによる「独立委員会」が検討し、「当社とヤフー株式会社の関係はイコールパートナーシップの精神が継続され、かつそれぞれが独立した上場会社として事業運営の独立性が確保される、との結論に至っております」という声明を出している。

 そしてヤフーも、2015年8月に出したリリースで、「当社はアスクルの議決権の過半数を保有するには至っておりませんが、同社の株主構成および過去の同社株主総会における議決権の行使状況等を勘案した結果、同社がIFRS上の連結子会社に該当すると判断いたしました」としたうえで、こう述べている。

「当社およびアスクルは、上場会社として事業運営の独立性をお互いに尊重し、イコールパートナーシップ精神のもと、アスクルが運営するBtoC事業『LOHACO(ロハコ)』において、『お客様に最高のeコマースを提供する』という目標を推し進めて参ります」

 IFRSで実質子会社としながら、独立性は維持する――という契約が両社の間で結ばれたわけだ。

 しかし、ヤフーの有価証券報告書には、「議決権の所有割合は50%以下ですが、実質的に支配しているため子会社としています」と書かれているだけで、独立性を保証した契約の存在は一切書かれていない。

 一方、アスクルの有価証券報告書には、業務・資本提携について書かれている。主として株式の希薄化に関して書かれており、アスクルが新株発行などをした場合、ヤフーが持ち株比率を維持できるよう調整することや、ヤフー側がそれ以上、株式の買い増しをして持ち株比率を引き上げられないことなどが記載されている。ただし、この文書を読んで「独立性を保証したもの」と気が付く一般株主は少数だろう。

狙いは「自社利益の底上げ」か

 ところが、実際の契約ではさらに細かく「独立性維持」の規定が盛り込まれていた。

 たとえば、ヤフーから送り込める取締役数は2人までとすること、その他の取締役についてはアスクルの指名報酬委員会で決定し、それをヤフーも承認すること、などが盛り込まれていた。しかもヤフーが契約に違反して株式を追加取得したような場合、アスクルもしくはアスクルが指定する第三者に保有株を売り渡すよう請求することができる、と書かれている。

 ただし、ここが重要だが、この契約書には守秘義務が課され、契約の事実さえも、その内容も公表してはならないという規定がある。しかも、法令によって開示が求められた場合でも、公表の内容や時期、方法、想定問答の内容について相手方に事前に通知しなければならない、としているという。

 そして、ヤフー側の有価証券報告書に契約についての記載がないということは、ヤフー側の求めによって契約内容が秘密にされているということだろう。上場企業の、しかも独立性という極めて重要な問題における契約にもかかわらず、これほど厳重な「秘密」にすること自体、上場企業として極めて問題だろう。

 しかも、IFRS上の連結にすることで、ヤフーは大きなメリットを得ていたと見られる。

 ヤフーの2015年8月27日のリリースには、連結子会社として扱うことによって、2016年3月期決算で596億円の「企業結合に伴う再測定による利益」を計上した、とある。2016年3月期の当期利益は1724億円、前の期が1339億円だったので、連結対象にした「再測定利益」がなければ減益だった可能性もある。

 また、2016年3月期には売上高が6523億円と前の期より2000億円あまり増加したが、これもアスクルを連結対象にした効果と言える。2016年5月期のアスクルの売上高は3150億円だった。つまり、連結に加えることによって、業績が大きく増加しているように見えるのだ。

 ヤフーのリリースでは、アスクルが連結対象になったのは、アスクルによる自社株買いによってIFRS連結に該当してしまった、というトーンで書かれている。だが、実際には「ヤフーの側からIFRS連結にしたいので、自社株買いをして欲しいと言ってきた」(アスクル役員の1人)というのだ。独立性を維持するという契約書があるから経営権が奪われることはないと言って安心(油断)させておきながら、その実、IFRS連結に加えたのは、自分だけ利益を底上げすることが狙いだったのだろうか。

 そして今度は、その独立性の約束も反故にして、アスクル全体の経営権までを手に入れようとしている、と見ていいだろう。

「ヤフーの収益」を減らさないため

 ヤフーは、SBGの子会社で昨年12月に上場した「ソフトバンク」(以下ソフトバンクKK)の子会社になった。もともとヤフーにはソフトバンクの資本が入っていたが、独立性が尊重されてきたと言われる。それが2018年の社長交代を機に、「SBG」というグループにおける「コマ」の1つとして扱われている。

 そのヤフーは今年10月1日、社名を「Zホールディングス」と変更し、傘下に事業会社の新設「ヤフー」がぶら下がる形になるという。これによってアスクルはZホールディングスの傘下になるとされているが、そうなると、新設ヤフーの収益からはアスクルは除外されてしまう。もともと騒動の発端だったアスクルのBtoC事業「ロハコ」をヤフーに譲渡できないかという打診は、この新設ヤフーの収益を減らさないための方策だったのかもしれない。

 ヤフーの川邊健太郎社長は、月に1度、孫会長に会うたびに「いつヤフーは楽天を抜くんだ」と発破をかけられているという。

 ヤフーが強権を発動してまで「事実上のアスクル乗っ取り」(独立社外取締役の1人)に踏み切った背景には、見た目の利益を膨らませて株価を上げたいソフトバンクKKやSBGの圧力があることは間違いなさそうだ。

磯山友幸
1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

Foresight 2019年7月26日掲載

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