元スマの次は宮迫? 脱ジャニ「田原俊彦」、脱吉本「サブロー・シロー」はこう干された
令和の時代を迎え、芸能界に地殻変動とも呼ぶべき大きな動きが生じている。なかでもジャニーズ事務所が元SMAP3人の出演をめぐりTV局に圧力をかけた疑惑、闇営業に関して吉本興業が宮迫博之らを恫喝していた問題は、業界の在り方を問う出来事だった。
後者に関しても、今後の宮迫たちが、元SMAP3人と同じ憂き目にあうのではとの見方は少なくない。著書『芸能人はなぜ干されるのか?』で、タイトルそのものズバリの問題に切り込んだライターの星野陽平氏が、華やかな世界の“残酷物語”を繙く。
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芸能界に激震が走った。
7月17日21時ごろ、NHKの「元SMAP3人のTV出演に圧力の疑い ジャニーズ事務所を注意 公正取引委」というニュース速報が第一報だった。その後、このニュースはNHKの通常のニュース番組でも取り上げられ、多数のネットメディアがこれを追従し、一気に拡散した。
大手芸能事務所を辞めたタレントが突如、テレビから姿を消すというのは、すでに多くの視聴者が知っていることだろう。いわゆる「干される」という現象だ。
なぜ干されるのか。一言で言ってしまえば移籍や独立の動きが、他のタレントに波及することを芸能事務所が恐れるからだ。売上を稼いでくれるタレントがいなくなってしまえば、芸能事務所は経営を続けることができない。タレントといえども一人の人間なので「事務所を辞める」と言い出したら、止めることができない。だから、見せしめに干して「うちを辞めたらこうなるんだ」ということを他のタレントに示さなくてはならない。
2017年にジャニーズ事務所から独立したSMAPの稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の3人も例外ではなく、独立直後からテレビ出演が激減した。
独立をしたと言っても違法行為をしているわけではないのだから、テレビ局が起用するのは本来自由なはずだが、現実には難しい。大手芸能事務所から「彼らを出すなら、うちのタレントを引き揚げる」と言われた場合、番組編成に大きな支障が出るからだ。
すでに今年春、週刊誌で公正取引委員会がタレントの移籍をめぐってテレビ局に圧力をかけていないか、ジャニーズ事務所を調査する予定だと報じられていた。テレビ局の忖度が大半だと言われ、立証は難しいという見方もあったが、実際に公取委が動き「圧力の疑い」を指摘したことで、芸能界の既存のビジネスモデルが揺らぎ始めた。
私は以前からこの問題に関心を持ち、2014年に『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』(鹿砦社)を上梓し、その後も関連書籍を出してきたが、ここでは特に印象に残ったタレントの“追放事件”をいくつか紹介したい。
俳優の顔を切りつけ…干されの原点
その原型ともいえるのが、80年以上前に起きた、林長二郎をめぐるトラブルだろう。1937年、東宝の京都撮影所で撮影を終えた俳優の林は、正門を出たところで暴漢に襲われ、二枚重ねのカミソリで顔を切りつけられた。
事件から4日後に逮捕されたのは、朝鮮出身で23歳の金成漢という男。金は「スターを妬んでの犯行」と供述したが、事件の背景には映画会社の移籍問題があったとされる。この一カ月前、長二郎は松竹のライバル会社だった東宝への入社を発表していたのだ。
背景には、舞台出演にこだわり続けた長二郎と、利益の上がらない舞台を良しとしなかった松竹との対立があったとされる。松竹に不信感を募らせた長二郎は東宝への移籍を決断したのだった。
警察の調べによると、犯行に至る経緯には、松竹系列の映画会社・新興キネマの用心棒だったヤクザ者、笠井栄次郎という男の存在が大きい。笠井を介し、その子分が新興キネマの取締役・永田雅一の元を訪れ、長二郎の問題について「私が何とかしましょうか」と持ちかけたとされる。永田がうなずいたため、増田は自分のところへ出入りしていた金に犯行を命じたのだった。
もっとも、長二郎の場合は、“干され”とはやや異なる。事件後、俳優業は絶望的と思われたが、時代劇用の厚化粧でカバーし、翌年から映画へ復帰。再びスターに返り咲いたからだ。映画復帰に際しては、長二郎は芸名を松竹に返還し、本名の長谷川一夫を名乗るようになった。
この後に、戦後になると、「俳優ブローカー」と呼ばれる業者によって映画会社間での俳優の引き抜きが相次ぎ、経営を圧迫した。また、日活が戦時中に中断していた映画製作を再開するために俳優の引き抜きを活発化。それに対抗して、1953年、当時の映画会社5社(松竹、東宝、大映、新東宝、東映)が俳優の引き抜きを禁じる五社協定を締結した。
戦前にも映画会社間の引き抜き防止カルテルは存在したが、強制力は弱かった。だが、五社協定はうまく運用され、俳優の移籍は鳴りを潜め、多くの犠牲者が生まれた。有名なのが山本富士子のケースである。
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