「ヤフーVS.アスクル」が問う「資本市場の信頼性」と「少数株主利益」

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 東証1部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」と、同社の発行済み株式の45.13%を握る筆頭株主の「ヤフー」との間で経営権を巡る騒動が勃発した。ヤフーは8月2日に開くアスクルの株主総会で、岩田彰一郎社長の再任議案に反対することを突如表明。これに対してアスクルはヤフーとの提携解消を申し入れた。

 株式の11.63%を持つ事務用品大手「プラス」もヤフーに同調することを発表しており、6割近い株式を握る大株主が社長退陣で一致した格好だ。資本の論理でいけば、総会でアスクル側に勝機はなく、岩田社長は一見「詰んだ」ように見える。だが、話はそう単純ではないようだ。

「大株主の言うことを聞け」

 7月18日に記者会見を開いた岩田社長は、ヤフーとの間には、アスクルの経営の独立性を維持することを目的に締結した「業務資本提携契約」が存在することを明らかにした。守秘義務があるとの理由で全文は公開しなかったが、一部条項の抜粋が明らかになった。

 それによると、「それぞれが独立した上場会社として事業運営の独立性を担保し、これを維持して経営することを前提に」契約が結ばれており、ヤフーとアスクルが共同で立ち上げた一般消費者向け通販サイト「LOHACO(ロハコ)」について、「ヤフーはLOHACOが、アスクルがBtoB事業で培った独自性を有するビジネスモデルを進化させる事業であること、また、当該事業の維持、発展のためにアスクル及びLOHACOの独立性が最大限尊重されるべきものであることを理解」するとしている。また、経営の独立性を担保するために、ヤフーがアスクルに送り込む取締役は2人とし、株主総会での取締役候補の議案は「アスクルが設置する指名・報酬委員会の答申を最大限尊重の上、アスクルの取締役会において決定する」と明記されている。

 この契約に沿ってアスクルは5月の指名・報酬委員会で取締役10名の候補者名簿を決定したが、6月27日になって、ヤフーの川邊健太郎社長が弁護士を伴って岩田氏を訪ね、突如として社長を自主的に降りるよう要求したという。6割近い株式を保有する大株主が言っているのだから、言うことを聞くのは当然、という姿勢だったという。

 これに対して岩田氏は、「上場企業会社は公器であり、その社長は公の立場だ」として、定められたプロセスを踏むことを決断。7月3日の指名・報酬委員会に諮問した。

 指名・報酬委員会の委員は、元松下電器産業(現・パナソニック)副社長の戸田一雄氏、東京大学名誉教授の宮田秀明氏、前日本取引所グループ(JPX)最高経営責任者(CEO)の斉藤惇氏、公認会計士で社外監査役の安本隆晴氏の4人の社外役員と、顧問弁護士の小林啓文氏と岩田社長の合計6人。小林弁護士はソフトバンクグループの孫正義会長の右腕として長年活躍してきた人物。今回の騒動以降、アスクルの指名・報酬委員会には出席していないという。

「無責任極まりない」

 ヤフーの突然の申し入れを聞いて社外役員の多くは烈火のごとく怒った。

 というのも、ヤフーから2019年1月にロハコの事業譲渡を検討するよう求められた際に、3人の社外役員に3人の社外監査役を加えた「独立役員会」がその妥当性を検討する役割を担ったからだ。当然、業務・資本提携で独立性を保つ規定があることも熟知している。ロハコ事業のヤフーへの譲渡はアスクルの株主やステークホルダーの利益にはならないという結論に達し、ヤフーの申し出を拒絶していた。社長選任の拒絶は、言うことを聞かない岩田氏のクビをすげ替えようとするものに他ならないと見たわけだ。

「まさに数の論理で上場企業たる当社の指名・報酬委員会によるプロセスを踏みにじろうとしたもので」、業務・資本提携契約にあるアスクルが設置する指名・報酬委員会の答申を最大限尊重の上、アスクルの取締役会において決定するという「条項の趣旨に反するばかりでなく、上場企業としての当社におけるガバナンス体制を全く尊重していないものと言わざるを得ず、極めて遺憾であります」。

 独立役員会がメンバー全員の連名で出した意見書では、そんな激しいトーンでヤフーの行動を叱責している。

 独立役員会の顧問を引き受けている日比谷パーク法律事務所の久保利英明弁護士も憤る。

「これは日本の資本市場に対する挑戦です。アスクルは上場企業です。過半の株式を握れば何でもできる、少数株主の利益なんてどうでもよいとなれば、そもそも上場している意味はない。親子上場は問題だと長年指摘されているが、ソフトバンク・グループから見ればアスクルはひ孫会社。そんないびつな複合上場を許している東京証券取引所も反省すべきだ」

 アスクルの会見を受けてヤフーが発表した8月2日の株主総会での対応についても、「無責任極まりない」と久保利氏はいう。

 アスクル側が提案している取締役候補は10人で、岩田氏のほか社内取締役が3人、ヤフーから2人、プラス社長の今泉公二氏、前述の独立社外取締役(戸田氏、宮田氏、斉藤氏)3人からなる。ヤフー出身と同調するプラスの3人がヤフー派、残りが社内4人と岩田氏を支持する独立役員3人。現状では3対7ということになる。

 ヤフーは岩田社長の選任議案に反対し、残りの社内取締役3人には賛成。ヤフー出身の取締役2人から社長を選ぶのではなく、BtoBカンパニー最高執行責任者(COO)の吉田仁氏か、BtoC のCOOである吉岡晃氏のいずれかが社長になるべきだとしている。

 自ら候補者を送り込むのではなく、岩田社長の右腕もしくは左腕にやらせればよいという主張なのだ。久保利弁護士が「無責任」と言うゆえんだ。

重い腰を上げた政府

 もちろん、岩田氏だけを否決してもまだ3対6で、従来の体制が覆るわけではない。おそらく、長年にわたって社長を務めてきた岩田氏だけを外せば、他の役員はヤフーの意のままに動くと高をくくっているのだろう。実際、多くの社内役員がヤフーに協力するようヤフー側から説得されたと証言している。

 ヤフー側は、会社側提案に代わる株主提案などを期日までに提出しておらず、株主総会で会社側提案に真正面から反対するには、修正動議などを出して岩田体制に代わる取締役を選任する必要がある。だが、それではヤフーとプラス以外の株主は議案を知ることができず、事実上、投票に参加できないことになる。上場企業の手続きとしては極めて異例で、少数株主の利益を無視していると世間から非難を浴びるのは必至だ。

 独立役員や久保利弁護士らは、週明けにも記者会見を開いて、今回のヤフーの行動が、上場企業が独自に定めたガバナンスのルールを資本の論理だけで踏みにじるもので、少数株主の利益をないがしろにすれば、資本市場そのものの信頼性が失われかねないという点を強く世の中にアピールするとしている。

 実は、政府も上場企業の少数株主の利益保護について重い腰をあげつつある。6月に閣議決定された「成長戦略実行計画」の中で、「特に、支配的な親会社が存在する上場子会社のガバナンスについては、投資家から見て、手つかずのまま残されているとの批判があり、日本市場の信頼性が損なわれるおそれがある」と指摘しており、今後、上場子会社の独立性保持や、親子上場の禁止などが検討されていくことになりそうだ。

 今回の騒動は、単にヤフーとアスクルという2つの上場企業の問題にとどまらず、日本のコーポレート・ガバナンスの実効性を高め、資本市場の信頼性を向上していくことができるかどうかという重要な課題を秘めている。しばらく両社の動向から目が離せない。

磯山友幸
1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

Foresight 2019年7月19日掲載

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