【特別対談】森功×大西康之:「官邸官僚」が支配する「安倍一強」の功罪を問う(下)

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大西康之 不思議に思うのですが、安倍政権を支えるそうした官邸官僚の中に、財務官僚がいませんね。これは僕の長年の持論でもあるのですが、本来、宰相というのは優秀な財務官僚をそばに置くべきだと思うのです。何となれば、政治家にとって一番大事なのは選挙でしょう。選挙に落ちればただの人ですから。選挙で通るためには、やっぱり金をばら撒きたいわけです。だから、放っておくと政治家というのは無尽蔵にばら撒く。業者業界に金と利権をばら撒いていれば自分の権力は安泰だと思うから、どこまでも際限なく配ってしまう。それを戒めるために金庫番を置いて、「いや殿、なりません。それ以上は蔵がもちません」ということを、一線を越えそうだったら言ってくれと。賢明な宰相というのは、そういう意味で優秀な財務官僚をそばに置いてきたし、財務官僚、かつての大蔵官僚出身の秘書官たちもそういう意識で殿に仕えてきていた。

森功 そのとおりだと思います。と同時に、財務官僚、かつての大蔵官僚に力があったから、財務省、大蔵省を政治家の方が気にしなければならなかった。財務官僚がある意味で霞が関を牛耳っていたから、財務官僚を無視してしまうと政権がうまく回らないという意識が政治家の中にあるから財務官僚を大事にしたわけですよね。財務官僚はそこを利用しながら、「殿、お待ちを」という諫言をしてきた。財政的な問題を指摘し、ばら撒きを食い止め、今で言えば消費税を上げたい、財政再建をしたいというようなことをやってきた。官邸と財務省はそういうバランス関係、緊張関係にあり、財務官僚が政権の中枢に近いところにいたのに、いまは外されている。それはなぜか。そこにはやはり、経産官僚である政務担当「首相秘書官」今井尚哉さんにとって、財務官僚という存在が煙たいという思いがあるのではないか。今井さんの財務官僚に対する強烈な対抗心が、官邸の権力者として財務官僚を入れたくないという行動につながっているのではないか。

大西 霞が関の構造的にも、官僚の中の官僚、キング・オブ・霞が関と言われた財務官僚が弱体化してきた現実もあります。いまや財務省の体たらくは目を覆わんばかりで、たとえば東京大学法学部を出ても財務省には行きたくない、という流れにもなっている。いつの間にここまで駄目になったのでしょう。

森 そこは、やはり「内閣人事局」を設置した影響が大きいと思います。それまでは、事務次官とか官房長とか主計局長が決めた各省庁の幹部人事を官邸といえども覆すことができなかったけど、今は簡単にできる。

大西 ああそうか、ひっくり返せるか。

森 それはもう財務省に限らずどこの省庁もそうですが、財務省といえども実際そうなっています。この7月2日に発表された財務省の幹部人事でも、官邸の意向が色濃く出た「差し替え人事」が行われたと言われています。ご存じの通り、財務省では2018年4月に当時の事務次官だった福田淳一氏のセクハラ問題が浮上しました。取材の過程での女性記者に対する破廉恥なセクハラ発言が『週刊新潮』で報じられ、本人はもちろん財務省をあげて否定や火消しに躍起になりましたが、音声まで公開されるに及んで、1週間以上もジタバタした挙げ句にようやく辞任表明しました。その間、新聞の1面で「更迭」と報じられ、流れができましたが、永田町では首相秘書官である今井さんがこの記事を誘導したと言われました。この福田氏の後任人事をめぐっても、財務省があげた岡本薫明主計局長の次官昇進原案が、官邸の意向で差し戻されて迷走し、最終的には岡本氏の昇格が決まりましたが、その間3カ月も事務次官ポストが空席のままという極めて異例の事態を生んでしまった。そういうふうに人事を握られてしまったからには、次官も官房長も主計局長も、やはり官邸の方を向かざるを得ない状況になっている。

大西 やっぱり人事が大きいですね。

森 この内閣人事局でも省庁トップの次官級を決める「任免協議」という機構が最も重要なポイントです。と言うのも、この協議には首相と官房長官、担当大臣の3人しか出席せず、そこで幹部人事を決めているのです。しかも、いつ、どういう理由、経緯で決められたのかわからないという、まったくのブラックボックスになっている。そこをものすごく恐れているのです、官僚たちは。協議の中身は、内閣人事局の事務方ですらわからないし、もっと言えば、官房副長官である杉田和博さんですらわからない。杉田さんは内閣人事局の局長でもあるのに、その局長でさえも「任免協議」には出られないのです。そうしたブラックボックスで、官僚の側から上げられた人事が官邸の意向で差し替えられるという現実を、官僚の人たちというのは目を皿のようにして見ているから、真剣に怖いわけです。自分が外されちゃうから。簡単に外されちゃうから、官邸が恐くて仕方ない。

首相の耳元で情報を囁ける

大西 官邸が霞が関の人事を牛耳っている。その官邸の中で、しかし安倍晋三首相自身は、どの官僚が優秀なのか、誰がどういう仕事をしているのかなどわからないですよね。官房長官の菅義偉さんがわかっているとも思えない。

森 菅さんの懐刀は、首相補佐官の和泉洋人さんです。和泉さんが全省庁の幹部クラスについてわかっていて、菅さんに情報を上げている。加えて、官房副長官であり内閣人事局の局長でもある杉田さんも菅さんに情報を上げる。要するに、菅さんのお膝元に官僚出身で各省庁の事情を知悉している和泉・杉田という駒がいて、ここがもう霞が関を相当の部分で牛耳っている。

大西 なるほど、そこをグリップしているのは菅、和泉、杉田ですね。となると、首相秘書官の今井さんはどこに位置づけられるのですか。

森 官僚人事を牛耳る内閣人事局のトップはもちろん安倍首相で、そのナンバー2が菅官房長官なわけです。しかし、官房長官もやはり首相の意向を無視できない。ということはつまり、安倍首相の耳元で情報を囁けるのは誰かということです。それが今井さんなのです。

大西 なるほど。

森 ただ、そういう構図であるということは、少なくとも官僚人事については、菅・和泉・杉田ラインから上がる人選と、安倍・今井ラインからの人選が噛み合わない局面も当然出てくる。実際、この7月2日に発表された経産省事務次官人事でそれが起きたと言われています。安藤久佳中小企業庁長官の次官昇格は順当とは言われていますが、実は今井さんは別の人物を推していたものの、ここは菅さんラインに押し切られたのだと言われています。

大西 そうすると、いまの官邸の中では菅・今井間には多少の緊張関係がある。

森 それはある。だから、そこは割とお互いにさや当てをいつもやっている感じです。

大西 どちらが安倍首相の寵愛を受けるか、みたいな。

森 そうですね。だから、実は菅さんと安倍首相の距離感というのは、僕は案外と微妙ではないか思います。もともと政策的に近いというわけでもなく、お互いに利用しているだけで、絶対的な信頼関係にあるかというとどうなのかという気はします。

「官邸官僚」にあるルサンチマン

大西 そういう権力構造の中で官邸官僚が肥大化していき、その中で彼らが実験的にやってきたのがアベノミクスというやつです。僕が取材してきたのは、その中の一端の、原発の輸出という点で、東芝が今井さんに背中を押されて、のこのこと米原発会社「ウエスチングハウス」を6000億円で買収しながら、結局は1兆4000億円という天文学的な損を出してしまう(2019年2月21日『再生も無理「東芝」消滅へのカウントダウン』参照)。やっぱりあの東芝の一件が象徴していますが、今井さんが推し進めようとしている原発の輸出は、結局、あれだけ旗を振ってトルコも駄目、イギリスも駄目になっちゃいました。そして、2016年5月の「伊勢志摩サミット」(G7首脳会議)の際に各国首脳に配られたあの有名な「今井ペーパー」への酷評。「現在の世界経済はリーマンショック前に似ている」とした内容で、実際に安倍首相は議長として世界にそう発信した。あれは、翌年4月の予定だった消費税10%への増税を先送りする理由としてかねてからリーマン級の危機がなければ増税すると明言していたことの裏返しで、増税を先送りしたい安倍首相の意向を今井さんが忖度して作成したペーパーでした。そして実際、先送りしましたね。でも僕はあのペーパーを読んだとき、「あれ、レベル低すぎるぞ」と思った。今井さんといえばもっとラスプーチン的で、先の先まで読んで精緻にやっているのかなと思っていたのに、イメージと実際の落差をあのとき非常に感じました。権謀術数の能力と、本来の政策立案能力の落差に、とても驚いた覚えがあります。

森 それは鋭い指摘で、僕もそう思います。つまり、官邸官僚の一番の問題は、彼らが権力を握ってもいいわけですが、如何せん能力が伴っているかどうかなんです。いったい、政策の結果をきちんと出しているのかどうか。能力と言うとちょっと言い過ぎかもしれませんが、少なくとも結果は出していない。結局、優秀な官僚であったとはいっても、霞が関の中では実はトップではないわけです。超エリートではないわけです、彼らは。

大西 そう。言うなれば、彼らにはみんなルサンチマンがありますよね。

森 そうなんです。結局は、それぞれ本省にいても次官にはなれなかった人たちです。

大西 もっとキツイ表現で言えば、少なくとも官僚組織の中では出世という意味での「負け組」です。

森 しかし、安倍晋三という神輿を担ぐことによって、自分が思い描いてきた政策を実現でき、自分の持論である政策を実現しようとしている。今井さんなどは、その典型だろうなと思います。彼の場合は、それが原発輸出であり、エネルギー政策なのでしょう。しかし、実は経産省の中の人に聞くと、「今井さんって本当は原発に詳しくないよ」と言う。経歴で言えば資源エネルギー庁の次長まで務めていますが、エネルギーの中では原子力が最も優れた燃料だということを今井さんは信じ込んでいると言われます。だから絶対に原発は消えない、なくすべきではないと信じ込んでいる。しかし、技術的、理論的にどうなのか、正しいのかという検証を自分の中でしていない、できていないのではないかと指摘する人もいます。自分が思い込んでいる政策を自分の実績としてやりたいがために、かなり無理をしている感じがします。東芝もそうですよね。トルコへの輸出にしても。あの3.11の渦中に原子力協定を結んで。

大西 自分のところが火を噴いているときに、ここをどうやって抑えるんだというときに、それをよそ様の国で作りましょうだなどと、いったいどの口が言うのかと思いました。僕がすごく印象的だったのは、まだ3.11の事故が起きる前でしたが、まさに今井さんがエネ庁の次長のときです。モンゴルからウランを買ってきて、日本で発電して、廃棄物はもともとモンゴルから来たものだからモンゴルに戻して埋めるという、ものすごい絵を描くんです。そんなものモンゴルの人が許すわけがないだろうという計画を本気でやろうとする。その構想が『毎日新聞』に報じられ、それがモンゴルでも報道されたら案の定大炎上して、ばか野郎、冗談じゃないって話になって消えるんですが、そんなの誰が考えても無理でしょうという計画を何か仕掛けるんですよね。

森 ロシアにしてもそうですね。

大西 北方領土の問題ですね。2島返還案。無理でしょう、どう考えても。

森 でも、やっぱりそういうことを仕掛けるというのが、自分自身の使命だと思っているフシがあります。もちろん、本来は優秀な官僚のはずですから、いろいろな仕掛けについてもある程度のところは無理だなというのはわかっていると思う。わかっていながら押し切ろうとする。それは何故なのかなという疑問を今井さんを知るいろんな人にぶつけると、結局、今井さんという人は、安倍政権の支持率を上げる材料ならば何でもいいんだとみなさん言う。「伊勢志摩サミット」のペーパーも然り、原発輸出も然り、2島返還も然り。ばーんと花火を打ち上げて話題になり、それで一時的に支持率が上がればいい。そのうち花火の中身はみんな忘れてしまうから、また次の花火を打ち上げる。これもすでに忘れられていると思うのですが、「1億総活躍」「GDP600兆円」というキャッチフレーズもありました。当時は安倍首相もしきりと喧伝していましたね。あの言葉そのものを考え付いたのは今井さんではないけれど、それをキャッチフレーズとして引っ張り込んできたのは今井さんです。そういう花火の打ち上げ方は得意です。要は、いかにして支持率を上げるかに日夜腐心している。

大西 プロデューサーみたいなものですね。でも、政策としては何も結果を出せていない。なのに、強大な権力だけは持ち続けていられる。その力の根源の1つに、先ほどの話に戻るようですが、財務官僚の没落と、反比例するかたちで勃興してきた経産官僚の力というものがある気がします。と言うのは、そもそもかつてはなぜ大蔵省が強くて通産省が下だったかというと、やっぱり大蔵省は金=予算を持っていて、通産省は持っていない。金をもらうほうだったからですね。もちろん、いまも経産省って別に大した予算を持っているわけでもない。ところが、うまい具合にバックドアを作りました。これが官製ファンドである「産業革新投資機構(JIC)」や、子会社の「INCJ」。あれを使うと、予算化した政策ではないところから金が出せる。それは別に財務省にお伺いを立てなくても、2兆円とか持っているわけですよ。これを業界にチラチラさせて、「お前ら、資金に困っているんだろ」と。「これとこれをくっつけたら金を出してやるよ」ということで、実権を持つ。しかし本来、民間のファンドだったら、「じゃあ今年は何パーセントで回しましたか」「リターンはなんぼですか」と投資家から毎月ギリギリやられて、もしも投資家から預かった金を減らそうものなら、一発でクビなわけですよ。そういう緊張感の中でやっているのですが、この官製ファンドは、何の批評もされない。兆円単位の金をドブに捨ててもハイさようならという、何の責任も問われない使い放題の金を経産省が持ってしまったというのも、やはり経産官僚が省庁の中でも力を持つ背景にもなり、官邸官僚としての今井さんの力の裏づけになっている気がします。

森 それはそうかもしれませんね。そうした官製ファンドについても、きちんと検証していない。検証した上での批評がなされないままだから、うやむやのうちに権力だけが肥大化しているというほかありません。検証という点ではメディアの責任も大きいと思います。やはり、政権にかかわる様々な問題1つ1つの分析、検証がちゃんと行われず、中途半端に終わっています。今まで起きた一連の不祥事の根本原因は何だったのか何一つ明らかにならないまま安倍政権がずっと続いているという状態です。僕自身は、本来的には「官邸主導」の政治は悪いことではないと思っています。ただ現状は、政官業とも極端に官邸を恐れ、誰もモノ言えずという状況で、周囲が官邸に「忖度」をしていることが問題なのです。そうではなく、官邸主導で優秀な人たちがある程度素早く決断して政策を実行していくというあり方そのものは、僕は決して悪いことではないと思うのです。だけど、やっぱり長らくずっと権力を持ち続けると腐敗していく。おごり高ぶって、結局自分たちのやりたいことだけをやってしまっているという、権力の腐敗が進んできていることが問題なので、そこに対するチェック機能として、メディアとともに、やはり対抗馬が必要なのだと思います。いまの野党では不足ですが、自民党内の対抗馬が育たないと。そういう視点から、僕自身も今回の参院選は重要だと考えています。

森功
1961(昭和36)年、福岡県生まれ。ノンフィクション作家。岡山大卒。「週刊新潮」編集部などを経て独立。2008年、2009年に「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を連続受賞。2018年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。『黒い看護婦』『ヤメ検』『同和と銀行』『大阪府警暴力団担当刑事』『総理の影』『日本の暗黒事件』『高倉健』『地面師』など著作多数。最新刊は『官邸官僚』。

大西康之
経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正」(新潮文庫) がある。

Foresight 2019年7月19日掲載

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