【特別対談】森功×大西康之:「官邸官僚」が支配する「安倍一強」の功罪を問う(上)

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 いよいよ参議院選挙も大詰めを迎え、7月21日の投開票日が迫っている。

 直前の国会で噴出した老後資金「2000万円不足」問題から波及した年金問題やアベノミクスの成否、今秋に迫った消費税10%への増税問題、そして憲法改正など、争点として与野党ともにさまざま連呼している。

 が、街頭での各党党首、候補者らの絶叫はどこか虚しい響きに聞こえるほど、各種世論調査での「与党優勢」に揺るぎはなさそうだ。

 であればこそ、このままいけば憲政史上最長を迎える安倍晋三政権という「安倍一強」を生み出した根源とも言われる「官邸支配」政治、わけても官僚出身者の首相秘書官、首相補佐官、官房副長官ら「官邸官僚」たちによる「官邸政治」の功罪に、いまこそ焦点を当てるべきでは――。

 この視点に絞り、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』(文藝春秋)を刊行したばかりの大宅賞受賞ノンフィクション作家の森功氏と、長年、経済官僚を取材してきたフォーサイト常連筆者のジャーナリスト大西康之氏に語り合ってもらった。

政策の先延ばしだけ

大西康之 なかなか下がりそうで下がらない安倍政権の支持率。何かあるたびに下がるけれども、また戻る。というよりはむしろ、相対的に野党がどうしようもないという敵失もありますが、しかしこれだけ成果を出さずに延命している政権の不思議さという点を、この参院選でも改めて実感することになりそうだと思います。この歴代最長の内閣を支えている力というのは何でしょうか。

森功 政権を支えている顔ぶれで言うと、少なくとも2012年12月に第2次政権が発足して以後、現在までほとんど変わっていない。2006年9月から2007年8月までの第1次政権と大きく違うのは、内閣官房長官が塩崎恭久さんから菅義偉さんに変わったのと、内閣官房副長官に警察庁から杉田和博さんとかが入ったことぐらい。だから、実力的にすごい内閣だという評価があるわけではなくて、すべてはやっぱり敵がいないということ。消去法で生き残っているというだけの話だと思います。それだけに、今回の参議院選も、いろんな問題が噴出していた当初は、さすがに安倍政権も負けるんじゃないかという話を自民党の内部でもしていました。

大西 消費税の増税があるわけですからね。

森 特に東北の1人区、あるいは全国の1人区を野党に一本化されると非常に苦しくなるということで、当初は衆参ダブル選という説もしきりに言われていました。実際、安倍首相は最後までやりたがっていて、止められたという感じが正しいと思う。やはり、一強といえども、内実はそれほど絶対的な強みのある政権ではないということが、折々の世論調査などでもわかってくるわけです。だからこそ、衆参ダブルなんかやるとかえって逆効果になるということで、結局、参院選1本でいくという判断を下したわけです。要は、一強と言っても相手がいないから一強になっているというだけで、その結果は恐らく、この参院選でもそれなりの形で出てくると思いますよ。

 実際、これまで安倍政権には「モリカケ」をはじめとしてさまざまな不祥事が出てきた。ほとんどが官僚の不祥事ですね。もう珍しいぐらいたくさん出ている。それぞれが、本来なら1つだけで政権が吹き飛んでもおかしくないほど重要な問題でしたが、いっときそれで支持率は下がるものの、また上がる。しばらく時間が経つと上がる現象は、やっぱり政権をほかに任せたくないという作用が働いていると見たほうがいいでしょう。つまり、野党には任せられない。やはり、かつての民主党政権時代に国民はよほど懲りてしまったのかなと思いますね。そこを安倍首相はわかっているから、常に民主党を引き合いに出して、あの暗黒時代に戻りたいのですか、といったセリフを国会でも前面に出して、また今回の参院選でも強調して言っている。

大西 そうですね。確かに民主党政権(2009年9月~2012年11月)は暗黒時代には違いないし、事実、政策で暗黒になった部分もありますが、外的要因で2発ものすごいのを食らっているわけですよね。2008年9月に世界を直撃したリーマンショック直後のどん底と、2011年3月11日の東日本大震災(3.11)。これを2発食らったら誰だって暗黒になるだろうという面もあるにはある。だから、安倍首相はそこをうまく使っていますよね。民主党というと、何か原子力発電所が煙を出しているイメージと、リーマンショックでどこまで株は下がるんだというイメージが蘇る。だけどそれって、別に民主党が起こしたわけじゃないだろうと思うんですが、そこはやっぱり安倍首相は上手にタグ付けしてきている感じ。

森 逆に言えば、リーマンショックであれだけ景気が落ち込めば、それはまあ次は上がるしかない。安倍政権になって確かに金融緩和そのものは一定の効果があったかもしれないが、それ以外は別に何をやっているわけではなく、何か政策の先延ばしをやっているだけのような気がします。

いなくなった政策通の「族議員」

大西 あと、その安倍一強と言うとき、国会の中での一強であると同時に、自民党の中にも敵らしい敵がいない。本来であれば、さすがにこれだけ長い政権であれば自民党の中も割れてきますよね。自民党の中での派閥争い、権力闘争みたいなものが起きてきて、ある意味それが自浄作用になっていたところもかつてはあるわけですよね。いわゆる「三角大福中」の時代など。

森 それは、族議員がいなくなったということだと思います。小泉政権(2001年4月~2006年9月)時代からいわゆる派閥解消の流れが始まりました。つまり、竹下派・経世会、福田派・清和会の派閥抗争の中で清和会が肥大化していき、森喜朗首相のあたりで清和会一強になっていく。その間、いわゆる新自由主義的な政策、過度な規制緩和の政策を進めていった中で、旧態依然とした族議員というか、それぞれの省庁の政策に精通した族議員、いわゆる自民党で言えば「部会」の力が落ちていく。かつてはそれぞれの部会にボスがいて、子分たちの1年生2年生議員をその部会に送り込んで、彼らが官僚とともに政策協議をしながら政策に精通していき、族議員として育っていった。政策に精通しているという一面で言えば、僕は族議員はある意味で必要だと思う。業界と癒着するから悪いように伝えられているけど、実際は政策通という意味で言うとプロフェッショナル議員です。本来、そうあるべきだとも思う。

 ところが、規制改革の流れの中でそういう自民党内での勉強の場が失われていき、または軽んじられていき、結果として自民党の議員の質がどんどん低下していった。と同時に、派閥の力、まとまり、必然性もなくなっていった。だから、党内で対抗軸になるような議員が育たなくなったという状況があるように思う。

大西 確かに、政策通と言われる族議員が本当にいなくなりました。

森 そういう意味での実力者と言えば、たとえば比較的最近までは「道路族のボス」と言われた古賀誠さんとか「参院のドン」と言われた青木幹雄さんなどがいましたが、いま安倍首相に対抗できる実力者と言えば現幹事長の二階俊博さんくらいでしょうか。でも、二階さん自身にもうその気がなさそうです。最後の族議員として、すでに政官業の中で大きなポジションを占め、その立場から安倍政権に協力することで恩を売り、さらに自分の地位を強固にするという道を選んでいるので、対抗馬になる気がない。

 一方で、対抗馬であるとよく言われる石破茂さんだとか現政調会長の岸田文雄さんなどは、官僚をばかにしているか、逆にばかにされていて霞が関の組織を統率する力がない。業界の方もそんなに頼りにしていない。

 結局、そういう状況だから官と業が頼りにするのはもう官邸。経済界が頼りにするのは官邸、政権一色になってしまっている。

大西 なるほど。では菅さん、麻生太郎さんはどういう立ち位置でしょう。

森 2人とも、対抗馬になりうるかもしれませんが、やはり官邸の人間ですよね。安倍一強の最大の強みは、やはり菅さんを官房長官に据えたことでしょう。菅さんが官僚をグリップして、実務でにらみをきかせている。だから、業界もみんな菅さんを向いている。菅さんか二階さんか、どちらか。その2人がいま非常に近くなっているから、そこも一体化しちゃっているわけ。その点、麻生さんは少し浮いている感じですが、安倍政権を支えるという点においては、もはや政権の一員でしかないわけです。という意味で言うと、状況はそんなに変わらないということじゃないかなと思います。

大西 するとやはり、族議員がいなくなってきたために、政治主導であったものがいまでは官邸主導にすり替わってしまったということですか。

森 そうですね。政治主導というのは恐らく、自民党政権の中でみんなが目指してきたところです。民主党も一時期そう言っていたし。つまり、官僚に任せる政治ではなく、自分たち政治家がイニシアチブを取っていく。

大西 民意を反映するということですね。選挙で国民から選ばれた自分たちが政治を主導していくという。

森 しかし、やはり政策的には霞が関の官僚たちのほうが精通していて、自分のシンパの政治家と一緒に自分の政策を実現していくというパターンが各省庁の中で確立されていて、だからこそそこに族議員が生まれてきたわけだけど、それを打破して政治主導でやるべきだと。その手法として、官邸から中央集権的に政策を下していくというスタイルを実現する方向に流れていったと言えるのではないでしょうか。そのための力の源泉として発想されたのが、「内閣人事局構想」です。

「今井ちゃんは何て頭がいいんだ」

大西 従来、官僚人事は事務次官を頂点とする各省庁が独自に行い、政治家は介入できなかった。そこを政治主導の行政運営に持っていくために、官僚を支配する道具として、幹部の人事権を政治に、もっと言えば官邸が握ることにしたわけですね。

森 そう、まさにそこが官邸政治の一番の力の源泉になるわけです。もともと橋本龍太郎政権で中央省庁の整理統合を含めた行政改革が叫ばれた頃に発想されたものですが、それが官僚側の猛烈な抵抗を受けつつ、長年の懸案として継続されるなか、第2次安倍政権の2014年にようやく「内閣人事局」が設置されるのです。この「内閣人事局」とは、従来の総務省人事局と行政管理局の中の組織管理部門を内閣官房に移管し、各省庁の部長級以上の候補者680人の人事を管掌することになっています。

大西 そしてその力を駆使して官僚を、政治を官邸が牛耳るようになるわけですが、その官邸を切り回しているのが「官邸官僚」というわけですね。

森 そう。「官邸官僚」とは、まさにいまの安倍政権、一強体制、官邸政治を支えていると言うより取り仕切っている人物らのことを指しているのですが、それが官僚出身の秘書官や補佐官であることは大いなる皮肉だと思います。彼らの中心人物として僕が本で取り上げたのは、まず筆頭に、経済産業省のキャリア官僚から官邸入りし、現在は安倍首相の政務担当の「首席秘書官」である今井尚哉氏。そして、従来の慣例からすれば首相の側近にはなり得なかった国土交通省出身である首相補佐官の和泉洋人氏。さらに、警察庁出身で菅官房長官直属の官房副長官に就き、「内閣人事局」の局長も務める杉田和博氏など。こうした官邸官僚に力を持たせたというか、つまり、これまでは各省庁の省益をバックにした官僚が政権に来て政策を実現してきたのが、そうではなく、安倍首相に近い人たち、または菅さんに近い彼らが、省庁とは離れた立場で、安倍政権のために政策を実現していく。または自分自身、個人的な政策の実現をしていくために力を持っていく、持たせるスタイルに変わってきたということです。

大西 その中でにわかに権力を持ちはじめたのが、政務担当の首相秘書官。つまり今井さんですが、いまでは「首相の分身」とかいろいろ言われています。そもそも、首相秘書官は歴代いますが、これほど権力を持てるようになったのは、やはり今井さんからですか。

森 いや、歴代で言えば、それこそ橋本首相のときの江田憲司さんからでしょう。その点、いわゆる官僚上がりの政務担当首相秘書官は、今井さんで3人目です。ただ、今井さんの場合、事務担当を含めて秘書官すべてを束ねているというか、自分の息のかかった人たちを使っているという立場ですから、やはり官邸官僚の中ではトップに位置する人物だろうと思います。

大西 ただ、もともと政務秘書官の仕事というのは、首相の身の回りのお世話をすることではなかったですか。

森 そうですね。首相及び首相のファミリーのお世話係。または、金庫番ですよね。たとえば、現在は政治評論家として活躍されている小泉首相の秘書官だった飯島勲さんに代表されるような、割と裏方というのか、政策をどうこういじるというよりも個人的な仕事というのをやる存在でした。

大西 それが今は、もろに政策を取り仕切っている。下手をすると、立案段階から自分でペーパーを書いて、外交には口を挟む、経済政策は動かすなど、やりたい放題になっている。そこまで存在、持っている権力が肥大化していったプロセスとはどういったものですか。

森 それは一にも二にも、やはり安倍首相自身が信を置いて、それがいいのだという判断をしたからでしょうね。僕が直接インタビューした際に今井さん自身も言っていましたが、安倍首相自らに請われて第2次政権から政務秘書官になりましたが、秘書官としては2回目です。第1次政権の際は事務担当の秘書官をやっていたわけですが、当時の秘書官たちの中でも最も頼りにされていた、というのです。

大西 官僚というのは基本的に権力におもねる人たちだから、本来、第1次政権がああいう形で終わって失意の中にいた安倍さんに、今井さんたち官僚はさっと背を向けるのが普通。それこそ、「はい、民主党様」となるはずなのに、何故かその間も安倍さんから離れなかった。どうしてなのでしょう。

森 そこはやはり政策的に共鳴した部分があったのでしょうね。たとえば、杉田さんと同じ警察官僚で現在「内閣情報官」として安倍政権のインテリジェンス情報を司っている北村滋という人がいます。この人は警視庁の外事時代からずっと北朝鮮の拉致問題にかかわってきて忸怩たる思いがある。その点で、安倍首相は小泉訪朝時代のときの副長官として、共通した思いがあると感じているのでしょう。だから、北村さんという人は警察庁の中ではすごく冷静沈着な“アイヒマン”と言われるくらいの人で、そういう感情を表に出さない人らしいのですが、こと安倍首相の話になると途端にすごく熱く語ると言われていて、警察庁の中でも割と評判になっているくらいです。逆に、もともと安倍首相が北朝鮮問題ではそれほど政策通でもなかったと思いますが、むしろ北村さんたちのような熱い思いに影響を受けているのではないでしょうか。北村さんにすれば、自分たちの思いを受け止めてくれている、と感じているのでは。官僚にしてみたら、総理大臣という国家の指導者が自分に絶大な信頼を置いてくれているという1点だけで、自分の権力はもうこの人のために使うという思いになるのではないか。そういう官僚たちが官邸に集まっているイメージでしょうか。

大西 なるほど。そこがやっぱり安倍晋三という宰相の不思議さというか、普通は宰相たるもの、己の思想信条があり、それを実現するためにスタッフを集めますよね。これはこいつにやらせよう、あれはあいつにやらせようと。しかし、安倍首相の場合は、「今井ちゃんは何て頭がいいんだ」と逆に官僚にほれ込んでいるという感じもします。

森 そうですね。だから、官邸官僚たちに神輿として担がれている面もあります。

大西 首相として、政治を担う最高権力者としてこれをやるという絶対的な信念というか政策があまりなくて、むしろいろんな官僚に感心しちゃって、自分がすごいねと思う官僚たちを集めてきちゃった感じ。

森 そうです。だから僕は、安倍首相の国家観というかやりたいことって実は憲法改正ぐらいで、あとは大して何もないんじゃないかとさえ思います。安倍政権を見ていると、官僚の人たちの政策を「この政策すごいね」と感心して取り入れているだけで、経済政策にしても外交にしても、今井さんに言われるがまま、そのまま実行していっているような場面もあります。(つづく)

森功
1961(昭和36)年、福岡県生まれ。ノンフィクション作家。岡山大卒。「週刊新潮」編集部などを経て独立。2008年、2009年に「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を連続受賞。2018年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。『黒い看護婦』『ヤメ検』『同和と銀行』『大阪府警暴力団担当刑事』『総理の影』『日本の暗黒事件』『高倉健』『地面師』など著作多数。最新刊は『官邸官僚』。

大西康之
経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正」(新潮文庫) がある。

Foresight 2019年7月19日掲載

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