川井梨紗子が伊調馨に勝って流した涙、陰で支えた栄和人氏がかけた言葉は…

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 敗者は淡々と語り、勝者は涙だった。7月6日、埼玉県の和光市総合体育館で世界選手権(9月 カザフスタン)代表を決めるプレーオフ男女6試合が行われた。何といっても注目は、女子57キロ級の伊調馨(ALSOK)vs川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)の決戦だった。狭いために一般客も取材陣も厳しく制限しての開催はなんと恒例の社会人大会の「前座」。レスリング協会は稼げるのにもったいないなあ、と感じてカメラを構えていたが「三週間前の明治杯(全日本選抜選手権)でプレーオフになるかどうかわからないのに大きな会場を早くからは押さえられないですよ」(協会関係者)。ごもっとも。

川井の高い技術

 TV中継に合わせて6試合目となったメインイベント。1ピリオドは川井の消極姿勢による得点で伊調が1-0でリード。川井が伊調の体を背中越しに高く抱え上げ沸かせたが、バランスのいい伊調は背中から落ちたりはしない。2ピリオドに入り伊調の消極姿勢で1-1になった。だが川井にエンジンがかかり、果敢なタックルで猛攻に転じる。これを伊調は巧みにかわす。膠着したまま残り1分、今度は伊調が逆襲に出る。素早く川井の右足を取った。川井はケンケンで逃げようとするピンチ。だが川井はもつれながらも伊調の腰に左足をかけて相手の体を制し、横向けの伊調の左腕も完全に決めた。フォールにも持っていかれそうな体制に陥った伊調は「命綱」の川井の右足を必死の形相で握って守っていたが、これで川井に2点が入った。川井の咄嗟の素晴らしい技術だった。川井の高得点が認められて一瞬、掲示板表示が5点に積みあがった場面もあったが、伊調のセコンド役の田南部力コーチが赤いサイコロのようなスポンジをマットに投げ込む。このチャレンジ(ビデオ判定を求めること)が通り、川井の得点が3点に戻された。ピンチを凌いだ伊調はすかさずバックを取り3-2と迫る。試合は拮抗したまま残り3秒、伊調が川井の右足を取って場外へ押し出し3-3としたところでタイムアップ。

 この場合、ルール上、1回で2点以上のビッグポイントのあった川井の勝利となる。伊調は1点ずつの積み上げだけだった。だが、川井はすぐには喜ばずマットサイドに確認してやっと笑顔を見せ、手を高々と挙げた。この試合では審判に対して激しい抗議をした田南部力コーチが退場させられた。

 これで川井梨紗子がカザフスタンでメダルを取れば東京五輪代表が決定する。取れなくて5位でも(3位は二人で4位はない)12月の全日本選手権で優勝すれば決定。しかし伊調が全日本を取れば再びプレーオフもありえる。とはいえ伊調の五輪自力出場の芽は消えた。試合後の会見で伊調は「自分が弱かったからとは言いたくない。梨紗子が強かった」と敗因を一言で言いきった。伊調にとって川井は名伯楽栄和人氏の指導を受けていた至學館大学の10学年も下の後輩である。

「悔いなく挑戦できたのですがすがしい。これからも選手として、指導者としてレスリングに携わっていきたい」などと落ち着いて語った。

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