第3次タピオカブームは定番化へ、利益率が良すぎて“黒いダイヤ”は売り切れ続出
YAHOO!は「売上14倍」と発表
それではブームの推移を振り返ってみよう。国民的グルメ漫画とも呼ばれる『美味しんぼ』(作:雁屋哲、画:花咲アキラ、小学館)の26巻に「おめでたい病気」というエピソードが収録されている。
妊娠し、悪性の悪阻(つわり)に襲われた同僚・三谷典子が口にできるものは砂糖水とすまし汁の2つ。匂いにも敏感になり、爽快感を得られるのはバラの香りだけ。これで体力が保つはずもなく、病院に入院することになる。
そこで主人公の山岡士郎が「悪阻でも食べられる」料理を作るのだが、そのデザートがタピオカ。典子が「中の小さな粒々はなにかしら……」と呟きながらスプーンで口に運ぶと、たちまち「美味しい!」と顔を輝かせる。
吹き出しで表記される山岡の説明は、こんな具合だ。
「タピオカといって、キャッサバというイモのでんぷんで作った丸い粒だよ。それを砂糖汁に入れて、バラの花びらのジャムを少し落としたんだ。中華料理のデザートでは、ココナッツミルクを使うけどね」
26巻の初版は1990年。第1次ブームが92年だから、タピオカがブレイクする前夜の雰囲気を伝えている。この頃は「タピオカ入りココナッツミルク」が主流であり、中華料理店やタイ料理店でデザートして提供されていたことが分かる。
一方、台湾では80年代、ミルクティーに黒いタピオカを入れ、太いストローで飲む「タピオカティー」が誕生していた。当初は人気が低迷していたが、90年代に入ると台湾を代表するドリンクに成長する。
ほどなくして台湾でタピオカミルクティーを主力商品とする快可立(Quickly)が日本に出店、08年には日本で現地法人も設立した。これと並行するようにコンビニにもタピオカミルクティーが置かれるようになった。これが第2次ブームだ。
そして13年、「タピオカミルクティー発祥の専門店」を謳い、台湾で45店舗を展開する春水堂が、東京・代官山に初出店を果たす。一気に“オシャレ度”や“インスタ映え”が増し、台湾観光がブームだったことも追い風となり、あっという間に流行の先端に踊り出した。
同じように台湾に拠点を置く貢茶(ゴンチャ)が15年に日本法人を設立。更にTHE ALLEY(ジ・アレイ)やCoCo都可(ココトカ)も追随し、日本における第3次タピオカブームが堅牢なものになったわけだ。
ここまで市場が拡大すると、ブームを当て込んだ新規参入も増加する。台湾とは何の関係もない日本人がアルバイトを雇い、繁華街にオープンさせた店も少なくない。外食産業を担当する記者が解説する。
「飲食店を開業するのは、本来なら大変です。出資しかしない場合でも、修行を積んだプロの調理人や職人を探して雇う必要があります。ところがタピオカティーは、極端な話、ミルクティーなどのドリンクにタピオカを入れれば完成です。アルバイトでも充分に調理が可能です。テイクアウト専門店ならテナント料も抑えられます。必要経費を最小限にして、なおかつ500円以上の売値を付けられるのですから、相当な利益率でしょう。まさにタピオカは黒いダイヤですよ」
現在、原料のタピオカを業者が取り合う事態が発生しているという。ニュースメディア「ナリナリドットコム」は6月15日、「“業務用タピオカ”売上が14倍に」の記事をアップした。
記事によると、YAHOO!ショッピングにおける業務用タピオカの売上げは、今年1月と5月で比較すると約14倍。YAHOO!における「タピオカミルクティー」の検索数は、18年6月と今年6月で比較すると約9倍に達したという。
更に「タピオカミルクティー」と一緒に検索されている言葉のトップに「業務スーパー」が入ったとも発表された。
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