米国から「F35を100機購入」の陰で、自衛隊を悩ます「パイロット民間流出」問題

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民間との著しい“待遇差”

 今、世界中でパイロットの取り合いが過熱しているのをご存知だろうか。少し前になるが「DIAMOND online」は17年8月、「パイロット不足『2030年問題』が10年前倒しで顕在化する理由」の記事を掲載した。一部を引用させていただく。

《もともと、航空業界内では「2030年問題」が危惧されていた。原因は、LCCの台頭、観光客数の増加、航空機の小型化や中型化などにより、世界中でパイロット需要が飛躍的に増していることだ。

 国内では、パイロットの高齢化も一因だ。国土交通省によれば、国内のパイロットの年齢構成は40代後半に偏っている。彼らが大量に退職するのが30年なのだ》

 現役の空自パイロットが取材に応じてくれた。彼の言葉の端々からは、やはり危機感が伝わってくる。

「歴史を振り返れば、日本の民間航空会社は創設期、自社でパイロットを養成できる余裕もなく、自衛隊パイロットの“天下り”に頼っていました。自衛隊のパイロットから民間に転職することを、今でも『割愛』と呼びます。ところが高度成長を経て、JALもANAも自社で養成が可能になったほか、自衛隊と民間における給与面などの差が、どんどん開いていきました」

 自衛隊のパイロットは通常、50代で定年を迎える。ただ現場は40代からデスクワークに専従することも珍しくない。一方、民間は現在、68歳まで飛行機を操縦できる。

「ベテラン組が民間に再就職、つまり割愛されるのは問題ありません。自衛隊として困るのは、元気のいい若手が民間に引き抜かれることです。実際、私たちは旧運輸省と旧防衛庁の間で“紳士協定”が結ばれたと聞いています。『自衛隊の若手パイロットが退職した場合、民間の航空会社は2年間、採用してはいけない』という取り決めです。パイロットの世界で2年間、操縦桿を握れないということは、習得した技量が劣化するため、非常に怖いものなんです。ところが、それだけ効果的な紳士協定を結んでも、自衛隊の若手パイロットは今も民間への流出が続いているのです」(同・空自パイロット)

 このパイロットによると、草刈り場になっているのはヘリコプターのパイロットと、海上自衛隊の哨戒機パイロットだという。

「パイロットの総数は機密ですが、毎年、新しく入ってくる新人は、陸海空を合わせて数百人の単位だと思ってください。そして少なくとも私たちの間では、『海自だけでも、働き盛りの若手が、毎年、10人は辞めていく』という話が伝わっています。一般企業の離職率に比べれば微々たるものかもしれませんが、パイロットという仕事の特殊性と、1人前のパイロットを育成するためには巨額の国費が投下されていることを考えれば、彼らの退職は国家的損失と形容しても、決して大げさではないと思います」

 2年間を棒に振っても、絶対に民間でパイロットになりたい――こう考える若手が少なくない理由に、まず給与が挙げられる。

 自衛隊のパイロットなら、20代は年収700万円台、30代で900万円台という具合だ。それが民間なら副操縦士で700万から900万、機長となると1000万から1200万円くらいが普通だという。

「収入以外の要因もあります。自衛隊のパイロットは幹部自衛官なので、管理業務が山ほどあります。部下の人事管理、計画の策定、報告書の作成、そして当直……。日々のデスクワークで疲弊してしまうのです。ところが民間パイロットは専門職ですから、基本は飛行機の操縦に専念できます」(同・空自パイロット)

 先に触れたように、自衛隊の現場では、パイロットは実質、40代で飛行機会が減少し、人によっては地上勤務がメインになる。

 そうなると、飛行手当が消えるため給料は激減する。そんな状態で50代の「割愛」を待つくらいなら、たとえ2年間のペナルティを受けたとしても、1日も早く民間で働いたほうがキャリアップになるじゃないか――。

 こうした若手パイロットの判断を、取材に応じた空自のパイロットは「彼らが離職する気持ちは、分からなくもないです」と擁護する。

 静岡新聞は6月1日(電子版)、「ヘリ操縦士、応募ゼロ 浜松市消防、運用再開へ再募集」と報じた。自衛隊が抱える構図と全く同じであり、記事には市消防局が「操縦士不足は全国的な課題」と頭を抱えている。

 ハーバード大学での講座が人気を呼び、日本でも『これからの「正義」の話をしよう』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)がベストセラーになったマイケル・サンデル教授(66)は以前、「イチローの年収がオバマ大統領の42・3倍であることをフェアだと思うか」と学生に問いかけたことがある。

 では、日本の空を守る自衛隊のパイロットより、民間の航空会社に勤務するパイロットのほうが好待遇であることは、果たしてフェアなのだろうか?

週刊新潮WEB取材班

2019年6月29日掲載

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