天皇陛下が幼少期に買った「一冊の本」が人生を変えた 皇室が生み出す経済効果とは
令和時代を迎え、連日皇室の話題が注目を集めているが、それはなにも今に始まったことではない。皇室、王室はいつの時代も注目の的なのだ。世界を見渡してみても、例えばイギリス王室では、王室の方々が身につけたファッションが即完売するなど「メーガン妃効果」「キャサリン妃効果」ともよばれる経済効果がつねに話題になっているが、それと同じように、幼少期の今上陛下がある経済効果を生み、その結果一人の人物の人生を変えたことをご存じだろうか。ノンフィクション作家、本橋信宏さんの新著『ベストセラー伝説』からそのエピソードを紹介しよう。(以下同書を参考)
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1967年5月、「浩宮さまが初めてのお小遣いで百貨店でお買い物をした!」ことが大きなニュースとして取り上げられた。社会勉強として日本橋高島屋でお買い物をした浩宮さまは、おもちゃや書籍を買われたのだが、初めてのお小遣いで、どのような書籍が買われたのだろうか。皇族が買うようなものだから、古典もしくは昭和の名著かと思われるかもしれない。しかし、これがなんと『図解 怪獣図鑑』(秋田書店)なのである。当時7歳だった浩宮さまは『怪獣図鑑』と『怪獣画報』(同)を見比べて、「大怪獣ギララ、ガメラもいる」と大きな声で話されたという。そして選ばれたのは『怪獣図鑑』のほうだった。
この「お買い物」が実は一人の編集者の運命を大きく変えることにもなる。
当時の編集者・秋田君夫氏がその時のことを語っている。
君夫氏は、名前からもわかるように、秋田書店創業者の親類だった。が、だからといって安穏としていられる立場ではなかったという。
「私の中には親戚という意識は無かった。秋田書店が昭和30年代後半、経営悪化して、みんな社長に呼ばれたんです。『このままじゃだめだ、がんばれ!』。その後、『君夫、おまえは身内だからクビにならないと思ってるだろうが、大間違いだぞ!』と言われて、あれ、そういう意識があったのか。俺は身内意識なんてないのにと思いました」(同書より)
社長の鋭い視線を意識しながら君夫氏が制作したのが、『忍者/忍法画報』という図鑑だった。
社長には、「内容がひどい。我が社の恥だ」と罵声を浴びせられたものの、この本はよく売れた。しかし社長からのプレッシャーは強くなるばかりだ。ヒット作を出さないと……。そして君夫氏が制作したのが『図解 怪獣図鑑』だった。1966年には円谷プロによる空想特撮ドラマ「ウルトラQ」が始まり、特撮第2弾として放映された「ウルトラマン」も多くの子供たちの心をつかんでいた。著者は大伴昌司、円谷プロで怪獣や宇宙人の企画やプロフィールに関わっていた人物だ。
「最初はそれほど売れてるわけじゃなかったんですが、デパートで浩宮さまが『怪獣図鑑』を買われたのがテレビのニュースになったんです。放送の翌日、いきなり4万部仕入れたいとキオスクから申しこみがありました」(同)
結局、これがきっかけで、『怪獣図鑑』は50万部を売り上げる大ベストセラーとなる。
著者の大伴氏も「怪獣博士」として名が知られるようになり、ワイドショーなどにも出演、空前絶後となる「怪獣ブーム」を支えることになった。浩宮さまの「お買い物」がブームに一役買われる格好になったのである。
秋田氏は、ほぼ同時期に連載漫画をコミックスにした「サンデーコミックス」も手がけている。それまで漫画は読み捨て感覚で、新書判コミックスとして出す発想がなく、あったとしても数冊で終わっていた。第1弾となったのは、「少年キング」(少年画報社)で連載していた「サイボーグ009」で、他社で連載していた作品を次々と手に入れていった。これもまた漫画出版史に残る大きな業績となった。
そして、この「怪獣図鑑」の成功が秋田氏の人生を変えた。怪獣もののノウハウを生かそうと秋田氏は秋田書店から独立、黒崎出版を創業したのである。ヒーローものの図鑑などを出版するなか、70年代になって「仮面ライダー」の爆発的な人気を背景に「変身ブーム」が起きると、東映と組んで、仮面ライダーやマジンガーZを扱った児童向け月刊誌「テレビランド」を73年に創刊した。当時の子供たちにとっては、講談社の「テレビマガジン」と並ぶヒーロー特撮情報誌で、毎月書店の店頭でどちらを買うか迷ったものだった。
ただ、残念なことに、黒崎出版には雑誌のノウハウがなかったことに加えて、オイルショックによって経営が悪化、編集スタッフごと徳間書店に移行することになってしまう。当の秋田氏は会社をたたみ、その後秋田書店に編集者として復帰した。
「取材は6年前だったのですが、秋田さんは89歳の今もご健在で、記憶力もしっかりされていましたよ。新書になる際には訂正箇所も指摘してもらいました」(本橋さん)
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果たして今上陛下は幼き頃、ご自身が初めて買った図鑑のことを覚えておられるだろうか。今も皇居の書庫の中にひっそりと置かれているとしたら、秋田氏にとってはまさに編集者冥利につきるというものだろう。