他国の女王を殺し家臣を奴隷化するサムライアリの極悪非道な国盗り物語【えげつない寄生生物】
女王単独で他の巣に乗り込む
女王アリと交尾する雄アリは羽を持っているので、交尾の時期が来るとお互いに巣をでて、相手を探して交尾をします。女王がオスと交尾をするのは、一生でこの時期だけです。女王アリの寿命は10~20年もありますが、結婚飛行の時にオスからもらった精子を体内に蓄え産卵し続けることができます。
交尾を終えたサムライアリの新女王は子どもを産まなくてはなりません。一般のアリであれば、その子どもたちが「働きアリ」となり、女王と子どもの世話をすることはお話ししましたが、サムライアリの女王の子どもは「働きアリ」にはならず、身の回りの世話や子どもの世話をすることはできません。そこで、新女王は生まれてくる自分の子どもの世話をしてくれるアリを見つけなくてはなりません。サムライアリの世話をできるのは近縁のヤマアリ(クロヤマアリなど)というアリです。
サムライアリの新女王はヤマアリの巣を見つけると、たった1匹で巣に乗り込んでいきます。普通、アリが他の巣に乗り込む時は、働きアリや兵隊アリを引き連れて集団で戦いを挑みます。しかし、サムライアリの新女王は、たった1人で戦わなくてはなりません。侵入するヤマアリの巣には働きアリも兵隊アリもうじゃうじゃいます。それでも産卵を控えたサムライアリの若い女王は、単独でヤマアリの巣に侵入していきます。
当然、ヤマアリの働きアリたちは、サムライアリの女王が巣に侵入すると、それを阻もうと強く抵抗し襲いかかってきます。しかし、ヤマアリのあごはサムライアリに比べると小さく、力も弱いため、戦いにおいては不利です。一方、サムライアリの女王は大きな頭部に、鎌のような形の鋭い強靭なあごを持ち、自分に襲い掛かってくるヤマアリたちを蹴散らしながら前進します。そして、最終的に巣の奥で守られている相手の女王の部屋に侵入するのです。
サムライアリの女王は相手の女王を見つけると、その強いあごで、相手の女王の体のいたるところを咬みます。相手の女王も必死で抵抗しますが、サムライアリの女王には歯が立ちません。そして、咬まれた傷からは体液が流れ出てゆき、息絶えます。
その後、サムライアリの女王は相手の女王の傷からしみ出した体液を舐めたり、自分の体に塗りつけたりし、また、相手の体の表面についているワックスも自分の体に塗りたくるのです。これは、前女王に成りすますためです。
昆虫の体表面には炭化水素の混合物であるワックス状の成分が付いています。アリなどの社会性昆虫の場合、同種であっても巣が異なるだけでワックスの成分組成が異なり、それによって自分の仲間かどうかを見分けることができます。それを逆手にとって、相手を騙すために、死んだ前女王のワックスを自分に塗っているのです。
サムライアリの女王が死んだ女王の体液とワックスを身にまとうと、先ほどまで殺気立って襲ってきていたヤマアリたちは攻撃をやめます。そればかりでなく、サムライアリの女王へ近づき、これまで自分たちの女王にしたようにグルーミングを始めるのです。
こうして、サムライアリの女王はうまくヤマアリを騙し、その巣の女王アリとして君臨します。
自分の子どもを他の種のアリに育てさせる
サムライアリは戦いに特化した力強いあごをもちますが、自身で固形の食料を噛むことができません。そのため、食事はヤマアリが咀嚼して吐き戻した液体を口移しで食べさせてもらいます。
そうして、別種のアリから栄養をたくさんもらったサムライアリの女王は、乗っ取った巣で産卵をします。ヤマアリの働きアリは、サムライアリの女王を自分たちの女王だと勘違いしているため、何の血縁関係もないサムライアリの女王の産んだ卵を大切に育てます。この巣では、すでにヤマアリの女王は殺されているので、この先、生まれてくるアリはすべてサムライアリです。そして、自分だけでは食事さえできない、サムライアリたちがどんどんと生まれてきて、ヤマアリたちはサムライアリの世話に明け暮れることになります。
しかし、ヤマアリの寿命は1年程度なため、徐々に自分たちの世話をしてくれる家来の数は減っていきます。
家来が足りなくなったら誘拐!
自分たちだけでは何もできないサムライアリは家来が足りなくなってくると生活が立ち行かなくなっていきます。そうなると、新たな家来を連れてくるために他の巣を襲います。
夏の蒸し暑い晴れた日、サムライアリたちは数百から数千の隊列を組んで他のヤマアリの巣を襲います。襲われたヤマアリたちはもちろん反撃しますが、戦いに関してはサムライアリの方がうわ手です。鋭い大あごで、敵をなぎ倒し、巣の中からヤマアリの蛹や幼虫を誘拐して、自分たちの巣に持ち帰ってくるのです。
誘拐してきたヤマアリの幼虫や蛹の世話をするのは、もちろん元の巣にいるヤマアリの家来たちです。誘拐されてきたヤマアリたちも成長すると、同じ巣にいるサムライアリを自分の家族だと思い込み、せっせとサムライアリの世話をするようになるのです。
このようにサムライアリは定期的に家来を補充するため、他の巣から誘拐し、子育てや、餌集め、食事にいたる生活のすべてを家来に頼り切って生きていくのです。
奴隷狩りをする他の種
このように他種の巣を乗っ取って新しい巣を立ち上げる習性はトゲアリ、アメイロケアリ、クロクサアリなどの種でも知られています。また、アリ以外のスズメバチ科でもチャイロスズメバチによる労働寄生が見つかっています。
自分とは別種のアリの女王を殺し、前女王になりすまし、奴隷のように家来をこき使い、家来が足りなくなったら、誘拐してくる、そんな極悪非道にも見えるサムライアリですが、私たち人間が責めることはできないように感じます。たった200年ほど前まで、人間世界では極悪な奴隷狩りが合法で、同種である人間をまるで動物のように罠や網で捕獲し、縛り上げて、何か月も身動きの取れない奴隷船に乗せ、生涯奴隷としてこき使っていたのですから……。
※参考文献
Liu, Zhibin, Bagneres, Anne-Genevieve, Yamane, S., Wang, Qingchuan and Kojima, J. (2003) Cuticular hydrocarbons in workers of the slave-making ant Polyergus samurai and its slave, Formica japonica (Hymenoptera : Formicidae). Entomological Science 6 : 125-133.
Martin, S.J., Takahashi, J., Ono, M. and Drijfhout, F. P.(2008) Is the social parasite Vespa dybowskii using chemical transparency to get her eggs accepted? Journal of Insect Physiology 54 : 700-707.
Tsuneoka, Y. (2008) Host colony usurpation by the queen of the Japanese pirate ant, Polyergus samurai (hymenoptera : formicidae). Journal of Ethology 26 : 243-247.
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次回の更新予定日は2019年7月5日(金)です。
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