規制緩和妨げる『毎日新聞』背後に見える「官僚」と「既得権益者」

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『毎日新聞』と改革派の元官僚のバトルが異例の展開になっている。

 ことの発端は、毎日新聞が6月11日付け朝刊の1面トップで、「特区提案者から指導料 WG委員支援会社 200万円、会食も」と大々的に報じた“スクープ”だった。

 政府の国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の座長代理を務める原英史・政策工房社長と「協力関係」にある「特区ビジネスコンサルティング(特区ビズ)」という会社が、特区提案を行っていた会社から200万円のコンサルティング料を受け取っていたというもの。

 記事に付けられた図版には原氏の写真が載せられ、あたかも原氏が200万円を受け取ったかのような印象を与えている。また、社会面の解説では、「原氏らWG民間委員と提案者の『利害関係』に関するルールはなく、公務員でもないため、仮に賄賂や過剰接待を受けても収賄罪などは適用されない」とし、200万円のコンサル料や関係者と原氏の会食が、賄賂や過剰接待に相当するかのように表現していた。

 原氏は同日、「虚偽と根本的な間違いに基づく記事に強く抗議する」という文書をフェイスブックで公表、『フォーサイト』をはじめ、インターネットメディアなどに掲載された。「特区ビズなる会社やその顧客から、1円ももらったことはない」と否定、特区ビズとは「協力関係にない」として、「こんな見出しを掲げ、私が『収賄罪』相当のことをしたとのコメントまで掲載しているのは、まったくの虚偽というほかない」と反論した。

 にもかかわらず、毎日新聞は翌12日付け朝刊でも1面トップを使い、「政府、特区審査開催伏せる WG委員関与 HPと答弁書」という記事を掲載した。

 記事は冒頭から「国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の原英史座長代理が申請団体を指南し、協力会社がコンサルタント料を得ていた問題で」という書き出しで始まっており、原氏の「犯罪性」を前提に続報を打っている。

 一般の読者からすれば、原という人物はよほどの悪党で、特区の審査を私物化して私腹を肥やしていたと感じるに違いない。だが多くの読者にとっては、特区WGという組織自体に馴染みがなく、そのトップでもない「座長代理」の原英史氏という人物についてもまず知らない。なぜ、有名人でもないこの人物が連日にわたって「追及」されるのか、不思議だったに違いない。

毎日新聞の「狙い」や「ネタ元」

 実はこの原氏、政府の規制改革に関わったことのある人たちの間では有名な人物だ。

 元経済産業省の官僚で、現役時代から改革派で知られた。2006~07年の第1次安倍晋三内閣と次の福田康夫内閣で、渡辺喜美氏(現参議院議員)が規制改革担当大臣に就任した際、補佐官を務めた。経産省の先輩で当時、改革派官僚の代表格だった古賀茂明氏の紹介だったという。

 当時、霞が関は安倍内閣の規制改革や公務員制度改革に真っ向から反対し、省を挙げて非協力を貫いたが、そんな中で協力した原氏は「裏切り者」で、渡辺大臣退任後は経産省に戻る場所がない状態になった。

 結果、原氏は2009年7月に退官、財務官僚を辞めた高橋洋一・現嘉悦大学教授と共に、「株式会社政策工房」を設立、現在に至っている。政策工房は、政党や国会議員などのために政策立案作業を手伝うコンサルティングを仕事にしている。官僚の専売特許だった「政策立案」を民間企業として、しかも官僚組織が嫌がる「規制緩和」や「行政改革」を中心に行う稀有な存在となっている。

 民間企業だから当然、ビジネスとしてコンサル契約を行う。だが、原氏の目的が金儲けでないことは明らかだ。

 公務員制度改革や規制改革、国家戦略特区を取材した経験のある記者ならば、原氏に取材したことがない人はいない。筆者も原氏が現役の官僚だった頃から取材しており、退官後はジャーナリストの田原総一朗さんとNPO法人「万年野党」を作って、国会議員の評価などを共に行ってきた。人となりはよく知っているが、行政改革がライフワークで、金儲けには興味がない。

 もともと改革の仕掛け人として表には出ず、国会議員や改革派官僚の知恵袋として活動していたが、2016年9月に内閣府の規制改革推進会議の委員に就任。「表に出て」闘うことになった。闘う相手はもちろん、規制緩和に抵抗する各省庁である。

 安倍首相が第2次以降の内閣で規制改革の切り札として使った国家戦略特区のアイデアも、もともと原氏から出たと筆者はみている。それまでの構造改革特区などは、特区として認めるかどうかは最終的に各省庁の権限だったが、国家戦略特区では、各省庁の大臣に最後まで反対する権限は与えられていない。特区指定された地域の首長と、国家戦略特区担当大臣、そして事業者が規制緩和で合意すれば、各省庁の大臣は基本的に尊重しなければならない仕組みになっているのだ。当然、霞が関からすれば、「国家戦略特区はけしからん」ということになる。

 ここまで書くと、原氏を執拗にバッシングする毎日新聞の「狙い」や「ネタ元」が容易に想像できるに違いない。

徒手空拳の闘い

 国家戦略特区による特例的な規制改革は強い政治のリーダーシップが不可欠だ。特区などを指定する「国家戦略特別区域諮問会議」の議長は安倍首相で、その他4人の閣僚と5人の民間有識者議員からなる。

 現在の民間議員はコンサルタントの秋池玲子氏、コマツ元会長の坂根正弘氏、東洋大学教授の坂村健氏、東洋大学教授の竹中平蔵氏、大阪大学名誉教授の八田達夫氏である。いずれも改革派の代表格と言える人物が集まっている。

 安倍首相は繰り返し、自らが「岩盤規制を突破するドリルになる」と表明、この特区諮問会議で、規制に穴を開けてきた。

 2017年4月、千葉県成田市に国際医療福祉大学が医学部を開設した。日本で医学部の新設が認められたのはなんと約40年ぶりのことだった。2018年4月には愛媛県今治市に加計学園が獣医学部を新設したが、獣医学部に至っては52年ぶりのことだった。

 農業分野では企業の農地取得、民泊の解禁、自動走行の実証実験、都市部での容積率の緩和など、特区を使った規制改革が行われてきた。

 だが、「岩盤」と呼ばれるほどの規制が存在するのは、既得権を持つ業界団体などが規制緩和に強く反対してきたからだ。

 毎日新聞は一連の報道で、特区認定の審査で透明性や公平性を重視せよ、と繰り返している。だが、規制緩和に関しては、賛成側と反対側の力関係が同等ではない。反対する側は「既得権」を持ち、その業界の利益を守ろうとする所管省庁もそちら側に与する。一方で、規制緩和を求める側は徒手空拳で、所管省庁も手助けしてくれない。申請書の書き方すら分からないのに、行政文書のプロである官僚を向こうに回して闘わざるをえないのだ。

 もともと、特区WGの設立趣旨には、「(特区制度に関する施策の)調査及び検討に資するため」開催すると記載されている。WGは規制緩和を求めている事業者などの相談に乗り、どんな規制が事業の障害になっているか、それを特区制度で打破できるかを検討する役割で、それを採用するかどうかは特区諮問会議の役割だ。

 既得権を持つ業界団体などと一緒に官僚が守ろうとしている規制を打破して、新規参入を実現するには、政治のリーダーシップが必要なことは言うまでもない。

 獣医学部新設という規制を突破するために、特区を使ったことが、あたかも「総理のご意向」や友人関係にある「加計学園」への利益誘導だったと批判されたため、特区制度自体が壁にぶち当たっている。規制緩和を進めたい各地の首長の間で、特区申請に尻込みする動きが広がっているのだ。もともと事業者に特区申請をさせるのがかなり困難な作業だったが、加計学園問題以降、批判を恐れて申請を躊躇する事業者が増えた。

「利用されている」記者たちの底の浅さ

 今回の毎日新聞の報道でも、真珠養殖への新規参入や美容師業界での規制緩和に原氏が「便宜を図った」と言わんばかりの報道だが、漁業協同組合や美容師の業界団体は政治力も強く、規制緩和が遅れている分野として知られている。何せ、日本で美容師の資格を取った外国人は日本で働くことができなかった。日本人で美容師試験を受ける人が大幅に減っているにもかかわらず、既得権を守るために新規参入が阻害されてきたのである。

 そこに特区を使って新規参入しようと手を挙げる事業者が現れた場合、業界団体などからバッシングされるのは明らかだろう。特区WGの民間委員として法的に問題はないということをよくよく分かっていながら原氏を叩く毎日新聞の背後には、改革派である原氏を潰したい官僚組織か、既得権を守りたい業界団体などがいるのは明白ではないか。

 ちなみに、原氏が委員を務めてきた政府の規制改革推進会議が、7月で3年の任期を終える。後継組織をどんな形で発足させるのかまだ明らかではないが、委員の人選も行われる。その後継組織に改革派の原氏を入れたくないという官僚組織の思惑が、今回の毎日新聞の連日の“スクープ”の背後にあるのかもしれない。

 実は、執筆した毎日新聞の記者から、なぜか筆者も取材を受けたのだが、不在時にアシスタントが名刺を渡しているにもかかわらず、取材のアポも取らずに突然来訪し、取材目的を偽った上で、自分たちのストーリーに合わせた質問しかせず、ダメだと分かれば10分ほどで帰る、という不誠実極まりないものだった。社は違うが、新聞記者の先輩として恥ずかしい限りだ。

 だが、そこまで毎日新聞の記者たちが決め打ちして記事が書けるのは、彼らのネタ元が「信頼できる筋」だということを示している。おそらく、官僚や官僚OBということだろう。正義を貫いているつもりが、既得権を持つ官僚や業界に利用されているということに気が付かない記者たちの底の浅さに、毎日新聞だけでなく、日本のジャーナリズムの危機を感じる。

磯山友幸
1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

Foresight 2019年6月17日掲載

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