元農水次官の息子殺害事件、同じような“子殺し”裁判では執行猶予付き判決も多数

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「友だちのような」三男を刺殺

 2014年6月、警視庁南大沢署は会社員の父親(64)を殺人容疑で緊急逮捕した。自宅で午前3時ごろ、警備会社でアルバイトをしていた三男(28)の胸を包丁で刺したのだ。

 裁判は東京地裁立川支部で開かれ、裁判長は同年11月に「相当やむを得ない部分があった」として懲役3年執行猶予5年を言い渡した。

 法廷で何が明らかになったのか、朝日新聞は同年12月に「父『更生の道、歩ませるべきでした』 暴力ふるう三男殺害、父の刑猶予」を掲載した。デジタル版の記事と併せ、裁判の推移を紹介しよう。

 父親は逮捕前、監査法人で働く会社員だった。同僚の印象は「まじめ」、「誠実」だったという。

《約10年前、三男は都立高2年生のとき、精神の障害と診断された。浪人生活を経て大学に進学。卒業後はガス会社に就職した。

 しかし、次第に変化が生じる。仕事がうまくいかず職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。昨年夏ごろから家族への言動が荒くなり、暴力も始まった。

 今年5月には母親が蹴られ、肋骨(ろっこつ)を骨折。「これから外に行き、人にけがをさせることもできる」。三男はそんな言葉も口にした》

 父親は警察、保健所、主治医に相談を重ねた。そして警察や保健所が医師任せにする中、主治医は「警察主導の措置入院」を勧める。警察による強制的な入院を指すが、警察は前向きではなかった。三男が暴れ、父親などが通報しても、警察官が駆け付ければ落ち着いた。警備会社でのアルバイトも続いていた。

 そして6月6日を迎える。三男がアルバイト先で使う仕事道具を、母親が誤って洗濯。三男は「殴る蹴る以上のことをしてやる」と怒鳴り、母親は父親に助けを求めるメールを送信した。

 父親が急いで帰宅すると、三男が暴れていた。両親の顔を殴るなど、いつも以上に暴力的だった。父親が110番し、警察官が駆け付けると再び落ち着いた。父親は措置入院を懇願したが、警察官は「措置入院にするのは難しい」と否定した。

 父親は妻と長女を守ろうと、三男の殺害を決断。翌7日の午前3時前、寝ている三男の左胸を包丁で突き刺した。その後、父親は何をしたのか、朝日新聞の記事「『妻と娘を守る義務がある』 三男殺害、父への判決」(14年12月4日掲載)を引用させていただく。

《刃物を胸に突き刺すと、血が流れ出る音がした。しばらくして、手を三男の鼻にかざした。息は止まっていた。

 父親はそのまま、三男に寄り添って寝た。

 弁護人「何のために添い寝を」

 父親「三男とは、もとは仲が良かった。三男のことを考えたかった」

 父親は法廷で、何度か三男との思い出を口にした。

 ともにプラモデルが好きで、かつて三男は鉄人28号の模型を自分のために作ってくれた。大学受験の時には一緒に勉強し、合格通知を受け取った三男は「お父さん、ありがとう」と言った。大学の入学式、スーツ姿でさっそうと歩く三男をみて、とてもうれしかった――と。

 弁護人「あなたにとって、三男はどのような存在でしたか」

 父親「友達のような存在でした」「三男にとっても、私が一番の話し相手だったと思います」

 朝になり、父親は家族に事件のことを話さぬまま、警視庁南大沢署に自首した。

 家を出る前、「主治医に相談に行かない?」と尋ねた妻に、「行くから。休んでて」とだけ告げたという》

 出廷した母親は涙ながらに「私は三男と心中しようと思ったが、できませんでした。警察などに入院をお願いしても、できなかった。どうすれば良かったか、わかりません」と証言した。

 判決で裁判長は「被害者の人生を断ったことは正当化されないが、相当やむを得ない部分があったと言わざるを得ない。被告は、被害者の人生の岐路で、父親として懸命に関わってきた」と指摘した。その後の説諭は、記事を引用させていただく。

《裁判長「家族を守ろうとしていたあなたが、最終的には家族に最も迷惑をかけることをした。これからは、もっと家族に相談するよう、自分の考えを変えるようにして下さい」

 父親は直立し、裁判長の言葉を聞いた。

 法廷には、母親のすすり泣く声が響いていた》

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