ビル・エモット氏が語る「日本の運命――少子高齢化社会における幸福」

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 いまや少子高齢化は世界が直面する喫緊の課題だ。国連の統計によれば、2015年の段階で総人口約73億8000万人のうち8.3%を占める65歳以上の高齢者は、2060年には17.8%に達する。労働人口の減少は経済成長の低迷をもたらし、社会の抜本的な改革を要請するだろう。

 日本は、その「最前線」を行く。総務省が4月12日に発表した統計によれば、日本の総人口は約1億2600万人。そのうち65歳以上は28.1%に上る。15~64歳の生産年齢は約7545万人で、全体の59.7%。これは過去最低の数字だという。

 私たちはこの新しい時代をどう生き抜けばよいのか――。

 そんな問いに向き合うべく、サントリー文化財団が5月17日、設立40周年記念で「高齢化社会はチャンスになりうるのか」と題する国際シンポジウムを開催した。

 シンポジウムでは、知日派として名高い国際ジャーナリストのビル・エモット氏が基調講演を行った。

 同氏は1980年から英誌『エコノミスト』の記者をつとめ、1983年から3年間は東京支局長として日本に滞在し、1993年から13年間編集長をつとめた。1990年の『日はまた沈む』(草思社)で日本のバブル崩壊を見事予言し、2017年の『「西洋」の終わり』(日本経済新聞出版社)では、「自由」「平等」という西洋的理念の危機を描き出した。

 今回、サントリー文化財団の協力を得て、エモット氏の講演を採録する。果たして氏が語る「日本の運命」とは――。

高齢化社会を「幸福」の尺度ではかる

 皆様、こんにちは。お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。

 この度は、この重要なシンポジウムの基調講演者としてお招きいただいた栄誉に対し、サントリー文化財団、とりわけ田所昌幸先生(同財団理事、慶應義塾大学教授)に感謝申し上げます。それから今、大変に親切な紹介もいただきました。

 さて、このシンポジウムのテーマは非常に有意義な、前向きなものであります。しかし、私のようなエコノミストにとっては難しいテーマです。私たちは高齢化社会の影響を分析することには慣れていますが、幸福という尺度ではかることには慣れていません。

 我々エコノミストは自分たちの研究対象が具体的で測定可能かつ客観的な現象だと思いがちなので、幸福といった主観的、感情的な行動に関する問題について問われると困ってしまいます。

 でも、実はこれは我々の思い込みに過ぎません。私たち学者が、合理的、客観的と思っている現象の多くは、実は非常に主観的なものなのです。人間の行動に依拠するものが多いのです。

 実際、経済学というのは、人間の行動を研究する1つの手法に過ぎません。生産量や消費額、そして何よりも「生産性」という測定可能とされているデータの裏に人間の行動や感情という曖昧さがあることは、もう何百年も前から知られています。

 さて、田所先生から与えられたテーマは「日本の運命(Fate of Japan)」ということですが、これについて語るのはなかなか難しいです。私の最近の著作の英語の題名は『The Fate of the West(西洋の運命)』なので、今回のテーマに似ているわけですが、日本経済新聞出版社がつけた邦題は『「西洋」の終わり』という、より悲観的なものです。その日本版となると、今回の「幸福」という前向きなテーマに合わないことになります。

 いずれにせよ、未来について語って予測をして欲しいということかと理解していますので、今日は「幸福と高齢化社会」という文脈の中で日本の運命について語りたいと思います。決して「日本の終わり」という話ではありません。

5つの大きな変化があった「平成」

 さて、その未来について語る前に、まず過去を振り返ってみたいと思います。

 これまでの道のりと現在の立ち位置を理解して初めて将来何が起こるか考えることができると思うからです。ここ1カ月、日本では明仁天皇の御退位と、私の母校オックスフォード大学に留学経験のある徳仁天皇の御即位という美しいプロセスがありました。「平成」から「令和」へと時代が移ったわけであります。

 平成の30年を振り返ってみますと、本日のテーマに関連して5つの大きな変化があったと考えられます。

 まず、人口動態的な変化。皆さんよく御存知のことです。日本は戦後と1970~80年代前半までの一大ベビーブームにより、人口の平均年齢が西ヨーロッパや北米の平均年齢よりも低かった。しかし今、日本の平均年齢は世界で最も高い部類に入っています。

 よく指摘されることですが、日本は人口の4分の1以上が65歳以上であり、そして100歳以上の人が突出して多くいらっしゃる。6万人を超えているとのことです。人口が日本の3倍のアメリカとほぼ同じ数の100歳以上の方々がいるわけです。

 ただ、今でも最大の年齢層は35~65歳という中年層であって高齢者ではないということを指摘したいと思います。後で企業の保守性や硬直性の話をするときに、これは重要なポイントとなります。

 さて、日本の100歳以上の方々、非常に素晴らしいです。抽象的な書を書かれる女性の書道家、篠田桃紅さん。日本の女性について書いた私の最新刊『日本の未来は女性が決める!』(日本経済新聞出版社、6月20日発売)で紹介していますが、日々新しい作品を生み出していらっしゃるだけではなく、2016年に刊行した本は、私のような中年の作家が羨むほどの成功を収めておられます。

労働市場における二極化

 さて、平成時代の2つ目の大きな変化は、これも皆さんよく御存じのことですが、1990年のバブル経済崩壊と人口動態の変化を受けて、日本の生活水準の向上は以前と比べてかなり緩慢になりました。日本はもはや、豊かな先進国の中でも勝者という立場ではなくなりました。ヨーロッパではイタリアが1960年代にチャンピオンでしたが、日本はイタリアとともに経済的に後れを取った国とみなされるようになりました。

 成長の減速に中国など新興国との競争の激化が合わさって起きたのが、平成における少なくともマイナス面で最も重要な社会的、経済的な現象、すなわち労働市場における著しい分断と二極化です。

 フルタイムの正社員で雇用の安定を享受している人たちと、もっと不安定な短期・パートの雇用、いわゆる非正規の雇用を強いられる人たちの二極化です。

 非正規、不安定雇用は劇的に拡大しています。1990年には全体の20%程度でしたが、今日では40%近くになっています。非正規雇用の拡大とともに、仕事における技能や経験の蓄積も多少減少しています。経済学の用語で言えば、人的資本の形成が進んでいない。企業で教育を受けて技能を向上させ、1つの組織に帰属感を持つという文化は、少なくとも男性においては弱まっています。

当たり前の選択ではなくなった「結婚」

 では、幸福の話をしましょう。

 もともとストレスのかかる労働市場だったわけですが、そこに広範な不安定さという要因が加わった。二極化と時期を同じくして女性の就業率の高まりが見られ、その多くは非正規の雇用でしたが、二極化は女性の参入だけで説明できるものではありません。

 結婚する人たちの比率は低下しています。1970~80年代は結婚がほぼ当たり前の選択でしたが、もはやそうではなくなりました。よく「女性が結婚に縛られたくないから、こうなっているのだ」という誇張した説明がなされますが、データを見ると、50歳での未婚率は実のところ女性よりも男性の方が高くなっています。

 ある国の出生率を決める要因というのは複雑で、はっきり「これだ」と言うのは難しいものです。しかしながら、雇用の不安定度が男女ともに拡大したことが大きな要因であったということは、確信しております。

 家庭を持とうとなれば、経済的な安定が必要です。しかし、結婚適齢期に非正規の仕事から抜け出せない人たちにとっては、それは難しいことです。日本にあった家庭、子供重視の文化は、平成の時代にかなり薄まりました。

就業率を支える女性とシニア

 もう1つ、非常に重要な社会的経済的な現象がありました。プラス面での変化です。それは、高校を卒業した女性の中で、従来の選択肢であった短期大学ではなく、4年制大学に進学する人たちの割合が大きく高まったこと。

 このグラフが示すように、高等教育における男女差は、1980年代以降大幅に縮まっています。大学の学部生の男女比で男性の方が多いのは、今では先進国では稀です。しかし18歳の段階で女性が50%近くになっており、過去と比べると劇的に伸びています。

 日本においては、政界でも民間企業でも大学でも、指導的立場に就いている女性が少ない、とよく指摘されます。それは正しいのですが、しかしこの社会が年功序列であるということも忘れてはなりません。

 つまり、今日指導的な立場にいる女性が少ないということは、1980年代に教育で大きな男女差があったことを反映しています。当時教育を受けた人たちが今、若いリーダーになっているからです。ということは、今後もこのままであることを示すものではありません。

 日本の女性の就業率は大幅に上昇しています。その多くが非正規・パートであるわけですが、数年前にはアメリカの女性の就業率を抜きました。ユーロ圏の平均をも抜いていますが、ヨーロッパの個々の国、例えば英国、ドイツなどと比べるとまだ低い水準です。

 日本では引退した方の再参入も増えています。65歳以上の日本人の20%近くが働いています。イタリアでは4%に過ぎません。

 OECD(経済協力開発機構)の報告書によると、シニアの70%以上が定年を超えて働き続けたいと言っています。緩やかに人口が減少しているにもかかわらず、就業率はこの5年間で急増しています。

より柔軟性のある就労環境が必要

 以上が、過去と現在に関する私の考察です。日本では以前より失業率が改善しているにもかかわらず、老後の金銭面での不安を抱えている人が増えています。

 背景には労働市場の二重構造化がある。そして欧米と比較すると、社会の結束は強いものの、婚姻率あるいは家庭を持つ割合が下がっています。これはもちろん、もともと高かったところからの減少です。

 確かに日本では大卒の女性が様々な組織で活躍しています。主に20~40代が中心です。人的資本が日本における唯一の資源です。しかし今では先進国の緩やかな生産性の向上にもついていけていません。ようやく労働力不足が、数や才能、そして技能面で認識されるようになってきました。

 これらの現象、新たな動きが相まって、日本の運命、幸福、機会、そしてシンポジウムで追求するべき課題が定まってきます。

 超高齢化、ジェンダー格差、職場でのストレス、喪失される人的資本、そして新たに浮上した課題である長期化する定年後のニーズに対処するため、日本社会はより柔軟性のある就労環境を築いて、社会との関わり方を模索しなければなりません。

「ロンドンビジネススクール」のリンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏が「人生100年時代」と呼ぶこの時代、姿勢を改めなければならないでしょう。就労期間、家庭と職場での男女の役割、教育と人的資本の形成のあり方を再構築する必要があります。

 グラットン氏とスコット氏の書籍『LIFE SHIFT―100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)は2016年に刊行され、日本でもベストセラーとなりました。グラットン氏は、安倍晋三総理の高齢化社会への取り組みを補佐することになっています。

女性のプレゼンスは確実に高まる

 昨年、日本では働き方改革法が成立し、ストレスの多い職場、過労死、サービス残業、そして正規とパート雇用の処遇と権利の不平等を解消しようとしています。新たな、あるいは大きく見直しを加えた社会契約が人生100年時代においては必要でしょう。男女間のバランスを実現し、就労年齢や定年制に、より柔軟に対処できる方法が求められています。

 有言実行は確かに困難です。組織も社会も保守的な日本です。先ほどの人口動態で見るように、人口が最も多いのは若年層でも高年層でもなく、中年層です。そのような社会でどのような変化が期待できるでしょうか。そして、変化が起きるまでどれだけの時間を要するのでしょうか。

 未来に目を向けると、女性がもっと存在感を発揮する時代が訪れるでしょう。しかし、柔軟性と安心感を備えた組織文化が醸成できるか否かは、確かではありません。雇用側と確かな技能を持つ女性のニーズを背景に、女性のプレゼンスというのは確実に高まるでしょう。

 次世代の女性リーダーというのは、今既に30~40代に入っており、そして次の10年でさらに数を増やしていくでしょう。既に我々が目撃したように、1990年代に高等教育を受けた女性が、自立的に着実に変化を起こしていくでしょう。

 ジェンダーの平等の旗振り役で、現在、昭和女子大学の理事長・総長でいらっしゃる坂東眞理子さんは、次の10年、女性によるリーダーシップの場面は倍増するであろうとおっしゃっています。

日本の悪しき例は医療業界

 しかし、状況というのはそれほど単純でもなく、均一でもありません。医療業界は日本の典型的な悪しき例です。

 多くの先進国において女性の目覚ましい進出は、医学の分野から始まりました。女性はそこから平等を勝ち取り、OECDの図が示すように、医師の半数は女性が占めるようになっています。女性の割合が最も高いのが、欧州ではバルト諸国、中央ヨーロッパとそれからスカンジナビア諸国の一部です。右側を御覧いただければお分かりになると思います。

 東京医科大学で女性受験者の試験結果が改ざんされていたという報道に注目された方もいらっしゃるでしょう。日本の医師免許保持者のうち、女性はわずか20%です。OECD諸国の中でも最低水準です。医師は男性であるべき、女性は結局、子育てで職を離れるので、訓練しても意味がない、という考えが根深い。これはもちろん偏見の問題でもありますが、それだけではなく制度の硬直性にも原因があるでしょう。

 社会と文化における科学の捉え方というのは、家庭と教育現場で育まれるわけですが、他の先進国と比較して、日本での変化のペースは極めて遅いです。女性の4年制大学への進学率は増えていますが、理系、特に工学科への女性の入学は著しく低いのが現状です。

女性比率が低い名門国立大学

 また、リーダーのポストというのは圧倒的に、東京大学をはじめとする名門国立大学の卒業生によって独占されています。名門国立大学の学部生の女性比率は、慶應義塾大学のような名門私立大学に比べると、ずっとずっと低いというのが実情です。

 しかし、プラス面もあります。女性にとってはロールモデルが増えていて、それぞれの分野でトップになろうという志を持つ女性には、インスピレーションをあたえています。間もなく出版する私の著書にも多くの例が登場します。

 その1人が、私が現在居住するアイルランドで駐在の日本大使をお務めになっている三好真理さんです。大使は、変化のプロセスが実を結んだ1つの事例を示してくれています。

 三好さんは、東京大学を卒業された1980年に外務省にキャリア官僚として入省した28人のうちの唯一の女性でした。2016年には女性は10人います。今、他の多くの組織同様に、外務省でもかつてない数の女性が年功序列の人事制度の中を通過していっています。そして楽天のような新興の企業では稀に、若くそして志を持ち、才能に恵まれた女性が出世をしていっています。

 したがって、すべての組織が伝統的で硬直的というわけではありません。しかし、全体を見ると雇用体系というのは硬直していて、女性の活用において、いわゆる「人生100年時代」の到来に追いついていないように見えます。

年功序列と定年制の見直し

 年功序列に基づく企業体系というのは、この10年、見直されてきていて、それはOECDの調べからも確認できます。しかしそのペースは緩慢です。2006年から2016年の間、終身雇用の割合は15%下がっているとはいえ、この慣行は依然として残っております。労使双方にとって好都合だからです。

 年功序列の給与体系と終身雇用に関連する大きな問題というのは、60歳の定年制です。定年制度を見直している企業も確かにこの10年で増えていますが、その増え方はゆっくりとしか進んでおりません(厚生労働省のを参照)。

 言うは易しではありますが、特に日本においてはもっとスピード感を持って新たな社会契約をつくり出していかなければなりません。柔軟性と多様性を受け入れて、そして金銭的な安心感を与えなければなりません。これが実現できれば、ストレスも改善され、人的資本の有効活用の道は開かれることになるでしょう。

 高齢者も心身の健康のために社会とのかかわりを持たなければなりません。今まで終身雇用制度に乗ってきた社員、特に男性にとって「社会」とは会社でした。そのため定年後、職場復帰の気持ちはなおさら強くなります。

 私が日本に期待している、より幸福な新しいパラダイムは、より多くの女性が参画できるより多様性に富んだ社会、柔軟性のある職場と家庭のバランスが実現した社会、そして高齢期においても社会との繋がりを持てる社会です。

 このシンポジウムでは、このパラダイムを達成するには何が必要なのかということについても議論したいと思います。

 御清聴ありがとうございました。

 

【お知らせ】

 公益財団法人「サントリー文化財団」は、主催する「サントリー学芸賞」および「サントリー地域文化賞」の副賞である賞金を、2019年度から従来の200万円を300万円に増額します。詳細は、こちらをご参照ください。

『サントリー文化財団顕彰事業「サントリー学芸賞」「サントリー地域文化賞」賞金(副賞)の増額について』

 なお、この「サントリー学芸賞」は、北岡伸一氏池内恵氏西川恵氏篠田英朗氏鈴木一人氏岡本隆司氏野口悠紀雄氏など、フォーサイトの常連筆者の方々が受賞しています。

 

フォーサイト編集部
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Foresight 2019年6月13日掲載

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