14億円横領事件「アニータ」夫が出所後経理職に再就職もふたたび持ち逃げか
「一生を捧げます」
とまれ千田氏、たいしたタマである。横領の動機も不純なら、被害の程度はジャン・バルジャンと比べるべくもない。だが、16年4月に山形刑務所を出所するまでの獄中生活は、ジャン・バルジャンよりは短いが、4847日におよんだ。すなわち14年の贖罪の日々に、出所後の“司教”との出会いが重なれば、さしもの千田氏も、世のため人のために生きる準備が整ったということだろうか。
ところが、日本駆け込み寺の玄代表は嘆くのだ。
「千田は僕が執筆を勧めた手記に、“日本駆け込み寺の事業を通して社会に恩返しをしたい”“この地が私にとっての終の棲家となるように努力していきたい”などと書きながら、もうここにはいないんです」
事ここに至るまでの経緯を、玄代表に語ってもらうしかあるまい。
「17年12月、千田から手紙と履歴書が送られてきて、そこには出所後の生活苦が綴られていました。岡山県に住んでみたが、なかなか仕事が見つからず、上京を考えているが助けてもらえないかと。すぐに履歴書に書いてあった携帯番号に電話すると、おどおどした声で“アニータ事件ってご存じですか。僕は有名人なんです”と話すので、あの14億円横領事件の張本人だと気づきました。でも、仕事も居場所もなく孤独だというので、ほな助けたろ、と思って、東京で会う約束をしたのです」
さて、年明けに新宿の日本駆け込み寺の事務所で面会すると、
「やっぱり出所者特有のおどおどした話し方で、目を合わせようとせず、話しながらチラッと僕を見る感じ。引っ越し費用は出せるかと聞くと、300万円ほど貯金があるという。出所後も身内に援助してもらっていたようでした。紹介した物件に住むことを決め、僕らがプロデュースする新宿駆け込み餃子という飲食店で、3月からアルバイトをすることも決めました」
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