「富嶽百景」と令和をかけて(古市憲寿)
太宰治に「富嶽百景」という小説がある。教科書的な解釈では、富士山を通して太宰の荒んだ心境の回復が描かれた作品だ。物語の冒頭で、太宰は「富士」のことを「のろくさと拡が」る「心細い山」と書いている。要はあまり評価していないのだ。
そんな太宰が井伏鱒二と一緒に三ツ峠に登ることになった。本来峠の頂上では富士山がきれいに見えるはず。しかしその日は濃い霧がかかっていた。仕方なく、彼らは一軒の茶屋に入った。
その茶店を経営する老婆は2人を気の毒がり、店の奥から富士山が写った大きな写真を持って来る。...