日本も巻き込まれる「粗悪医薬品」サプライチェーンの「危険度」

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【筆者:森田知宏・相馬中央病院内科医

「バングラデシュでは、誰が処方するかなんて気にしません。どこで薬を買うかの方が大事です」

 この言葉を聞いたのは、バングラデシュ人のスタッフからだった。

 私は耳を疑った。日本であれば、当然誰が処方するか、つまりどこの病院のどんな医師に受診するかの方が重要だ。良い医師にかかれば、効果が高く無駄が少ない薬を処方される。そうでなければ無駄な薬が増える。

 しかし、バングラデシュでは処方内容よりも薬そのものの品質が重要だと言う。

 そもそも薬局の半数以上が無認可で営業していることもあり、処方箋がなくても医療用医薬品を購入することが出来てしまう。

Evaluation of medicines dispensing pattern of private pharmacies in Rajshahi, Bangladesh

 そのため、わざわざ医師を受診して処方箋をもらうことに意味がない、と一般の住民は感じている。それよりも、彼らにとっては正しい薬剤が入手できるかどうかが重要だ。

 実際に2009年、解熱薬に混入した不純物で28人の子供が死亡するという事件が発生している。

Trade in fake medicines

 他にも、2013年には100人以上が偽薬製造で逮捕されており、2019年になっても偽薬を製造していたマフィアが逮捕されたばかりだ。流通している医薬品に偽造医薬品などの粗悪な医薬品(substandard/spurious/falsely-labelled/falsified/counterfeit=SSFFC)が占める割合は年々増加しており、現在は10%程度という報告もある。

原薬に不純物が混入

 バングラデシュではもともと製薬産業が盛んであり、現在でも国内需要の98%は国内生産で賄っている。そのため、安価な医薬品を容易に入手できる。そのような背景もあり、薬局の数も多い。

 しかし、このうち半数以上には薬剤師など有資格者がおらず、営業そのものが無許可である。

 そのような薬局では、処方箋なしに医療用医薬品がいともたやすく、しかも堂々と購入できてしまう。私が現地に行ったときには、薬局の従業員から、「飲み薬なら抗がん剤だろうと抗菌薬だろうとなんでも買えるよ」と言われた。

 このような店舗では、そもそもの製造元や卸などの流通経路も定かではない医薬品を仕入れているケースがある。政府は取り締まりを強化しているが、改善は難しい。数も少なく医療施設へのアクセスが悪いバングラデシュでは、薬へのアクセスが容易な無許可薬局の需要が高まるという悪循環に陥っている。

 ところが実は、こうした現実はバングラデシュだけの問題ではない。

 世界の粗悪医薬品の市場規模は750億ドル(約8兆2600億円)に上ると試算されており、日本の医薬品の市場規模約9兆円に匹敵する規模だ。

 WHO(世界保健機関)の調査によると、低・中所得国で販売されている医薬品のうち、およそ10.5%が偽造医薬品と推計されている。

A study on the public health and socioeconomic impact of substandard and falsified medical products

 この推計によると、毎年7.2万~16.9万人の子供が粗悪医薬品による肺炎の治療失敗で亡くなっている。

 そしてこの危険な状況は、日本も無関係ではいられない。このような途上国で生産された危険な薬剤が、日本を始めとする先進国に輸入される可能性もあるからだ。

 実際に、日本やアメリカを含めた先進国で、高血圧に対して使用される代表的な薬剤である「バルサルタン」や「イルベサルタン」のジェネリック医薬品に発がん性物質が検出されたことが2018年11月に問題となり、製造販売元が回収に追われた。薬剤の元となる原薬がインドや中国で製造されており、そこで不純物が混入したと考えられている。

 このように、現代の薬のサプライチェーンはグローバル化しており、途上国の品質管理が先進国国民の健康に直接的な影響を与える構造となっている。

Hypertension Hot Potato — Anatomy of the Angiotensin-Receptor Blocker Recalls

より安価な途上国製医薬品が

 バングラデシュの主力産業は衣料品で、日本の「ユニクロ」やスペインの人気ブランド「ZARA」など世界中のアパレル産業の工場がある。日本への輸出品のうち8割を衣料品や靴が占める。

 そしてバングラデシュが衣料品の次の産業として育てようとしている分野の1つが製薬産業だ。しかし、特許などの知的財産権に関する法整備がなされていないため、ジェネリック医薬品を作りやすい背景があり、生産されている医薬品の80%がジェネリック医薬品である。

 こうして作られたジェネリック医薬品は、当然ながら他国へも輸出されている。現時点では、カンボジアやミャンマーなど、製薬産業の規制や特許などの法整備がなされていない国が主たる輸出先ではある。しかし、製薬産業が発展してある程度のクオリティが保たれるようになれば、大きな市場である先進国へ輸出される可能性も出てくるだろうし、有望な産業として政府も後押しするだろう。

 こうした途上国製品が先進国に流通する背景には、先進国では薬価を抑制する圧力が強いことにある。

 2018年10月には、ドナルド・トランプ米大統領が、抗がん剤などの高額医薬品について公的医療制度が負担するコストを減らすべく、最終的に薬価を30%引き下げることを目指す「薬価抑制案」を発表した。日本でも同様に、薬価引き下げの方針が続いている。そのため、既存の医薬品に対しては、コストの低いジェネリック医薬品への切り替えが求められている。こうした流れから、日本のジェネリック医薬品普及率は70%を超え、アメリカでは90%以上である。

 さらに、ジェネリック医薬品に対してもさらなるコスト削減の圧力が強いため、より安価な途上国製品が広まりつつある。とりわけインド製は、米国内のジェネリック医薬品の処方量の30%を占めている。

Indian Pharmaceutical Industry
 

 しかし今後は、バングラデシュを含めた途上国企業が先進国へ参入することが予想され、インドなどのジェネリック医薬品メーカーと競争することになると考えられる。先進国側には、このような途上国製品に対して厳重な品質チェック体制の強化が求められる。

【筆者プロフィール】

相馬中央病院・内科医。1987年大阪生まれ。2012年東京大学医学部医学科を卒業し、亀田総合病院にて初期研修。2014年5月より福島県の相馬中央病院内科医として勤務中。

医療ガバナンス学会
広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。

Foresight 2019年5月22日掲載

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