ボルトンの「情報クッキング」でイラン情勢「一触即発」:トランプ大統領「怒り」の理由とは インテリジェンス・ナウ()

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「クッキング」と言っても、料理のことではない。インテリジェンスの世界では、情報をねじ曲げて利用する工作のことを言う。

 米海軍空母や戦略爆撃機のペルシャ湾への派遣が伝えられ、米国とイランの間で「一触即発」の戦闘か、と懸念されるほど緊張が高まる軍事情勢。実は、ドナルド・トランプ米政権の舞台裏で、そんな情報のクッキング工作が進行していた。

 ブッシュ(子)政権による2003年3月のイラク戦争開戦前、まさに同じような工作があった。タカ派の現大統領補佐官(国家安全保障問題担当)ジョン・ボルトン氏は当時、軍備管理などを担当する国務次官で、イラクの大量破壊兵器開発を非難する演出に関与した。

 当時のコリン・パウエル国務長官が国連安全保障理事会で行った演説が印象的だった。写真や図などのビジュアル情報、イラク関係者の音声まで駆使して、イラクがあたかも大量破壊兵器を開発したかのような印象を与え、結局世界はそんな謀略情報を根拠にしたイラク戦争に巻き込まれた。中東諸国はその後遺症から今も立ち直ることができないでいる。

 今回も取り沙汰されているのは、画像情報(IMINT)や音声情報だ。しかし、16年前と違い、事態の「エスカレーション」が沈静化する動きも見える。一体、何が起きているのだろうか。

複数の画像と音声

 トランプ米政権が軍事力行使の可能性も含め、対イラン強硬策を取り始めたのは5月3日とみられる。

 この日、国防総省がイラン情勢をめぐって「脅威の緊急性」を深刻視し、中央軍司令部に原子力空母エイブラハム・リンカーンを中心とする空母打撃群、さらにB52戦略爆撃機のペルシャ湾への派遣を求めた。5日、ボルトン補佐官は「事態をエスカレートさせる複数の兆候」があり、「明確なメッセージ」を送るため空母と爆撃機派遣を決めたと発表した。

 並行して、マイク・ポンペオ米国務長官は7日、ドイツのアンゲラ・メルケル首相との会談をキャンセルして、「北極評議会」出席のため滞在していたフィンランドから急きょイラクを訪問、バルハム・サレハ大統領らと会談して、イラン情勢への対応について協議、一挙に風雲急を告げるような情勢となった。

 ボルトン、ポンペオ両氏は常に考え方が一致しているわけではないが、この問題では歩調を合わせた。

 その裏に、ペルシャ湾で米情報機関が探知した画像や音声があった。

 各種情報を総合すると、これら画像の中には、イラン革命防衛隊(IRGC)とみられる部隊が小型艦艇に使用可能なミサイルを搭載する写真や、イランの数カ所の港湾でIRGCがミサイルを艦艇に積み込む写真があった。

 小型艦艇はイランの影響下にあるイスラム教シーア派系の武装組織のものといわれる。恐らく、ボルトン補佐官につながる保守強硬派高官らは、イエメンの反政府組織「フーシ派」やレバノンの「ヒズボラ」を念頭に置いているとみられる。

 さらに米情報機関は、IRGCとこうした組織の関係者の間で行われた議論を録音した音声も入手した。

情報のフレームアップ

 問題は、イラン側の狙いをどう分析するかだ。

 タカ派高官らはIRGCが小型艦艇に搭載したミサイルは米海軍艦艇のほか、タンカーなど民間の貨物船を標的にしている、と解釈。IRGCと関連武装組織との会話を録音した音声情報では、「イラク駐在の米軍部隊や外交官らに攻撃を加える」との情報も話題に上ったとしている。実は、こうした会話は特に珍しくもないが、アメリカの攻撃目標が特定されていた点が注目されたという。

 その後、12~13日にサウジアラビアの石油タンカーなど4隻がオマーン湾で攻撃を受け損害を被った、と発表された。

 さらに14日、サウジのハーリド・アル・ファーリハ・エネルギー産業鉱物資源相は、サウジ東部から西部に石油を運ぶパイプラインの圧送施設2カ所をフーシ派などが無人機で攻撃するテロがあったと発表した。深刻な損害や死傷者はなかったが、うち1カ所から出火、パイプラインの運用が停止された。

 イエメン内戦では、サウジ主導の連合軍が軍事介入し、ハディ暫定政権を支援。イランがフーシ派の後ろ盾となっており、こうした軍事作戦が長期化している。

 問題は、情報をフレームアップして、破壊工作はイランが指示した、という印象を与えていることだ。

 米国務省はイランからの脅威を理由に15日、イラクの首都バグダッドの米大使館、北部クルド人居住区の事実上の首都アルビル領事館から、緊急性の低い業務に携わる職員に出国するよう指示した。

欧州同盟諸国も警戒

 上院外交委員会と情報特別委員会の委員を務めるマルコ・ルビオ上院議員(共和党、フロリダ州選出)は情報ブリーフィングを受けて「これまでで最も紛争の可能性がある緊急情報」だと評価した。

 しかし、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党、カリフォルニア州選出)は情報に透明性がないと批判、議会との緊密な協議を要求した。また、チャック・シューマー上院民主党院内総務(ニューヨーク州選出)は一連の動きを「警告が不明確で、戦略が不在、協議も不在」と非難した。

 ボルトン補佐官らを集めた5月9日の国家安全保障会議(NSC)では、パトリック・シャナハン国防長官代行は、イランが米軍部隊を攻撃したり、核兵器製造を急いだりすれば「12万人の米軍部隊を中東に派遣する」と報告した。

 他方、ポンペオ国務長官はイラク訪問後、ブリュッセルで北大西洋条約機構(NATO)諸国外相らと会談、イラン情勢を説明した。しかし、『ワシントン・ポスト』によると、欧州諸国は「ポンペオは証拠を示さなかった」などと不満で、熱気高まる米政府の動きを警戒したという。

「外交」求めるトランプ大統領

 ところが、同紙によると、こうした「戦争のような計画」が進められていることに最も「怒った」のはトランプ大統領だった。

 ブッシュ政権時代からイランの「政権打倒」を目指していたボルトン補佐官に対して、イラク戦争を「失敗」と非難するトランプ大統領は、むしろ外交解決を目指して、イラン側との対話を求めているというのだ。

 5月15日のNSCでは、「追加的な抑止力強化策」や事態の「デエスカレーション(縮小)策」も選択肢に含めた案を大統領に提出することを決めた、と米テレビ『CNN』は伝えている。

 しかし、これまでのトランプ大統領のやり方も、IRGCを「外国テロ組織」に指定、イラン産原油禁輸措置の適用除外を更新しないと発表するなど、イランに対する圧力強化の一本槍で、多々問題があった。

 さらに重要なのは、情報の扱いを情報機関に任せ、収集した情報を正規ルートに乗せて正しく評価して分析し、場合によっては「国家情報評価」(NIE)などの文書にまとめる必要がある、ということだ。イラク戦争当時、政争に関与しなかった最も小規模な国務省の情報機関、「情報調査局」(INR)が正しい分析をした。しかしブッシュ政権は、ボルトン氏らによる情報の乱暴な扱いにより多数の死者を出す結果になった。

「トランプ大統領はほぼ日常的にボルトン氏について不満を言っている。しかし、そのレベルは(解任した)レックス・ティラーソン前国務長官ほどには達していない」(『ワシントン・ポスト』)と米政府当局者は指摘している。

 しかし、再選がかかる来年の大統領選挙に向けて、トランプ大統領は、イランに対しても最大限の圧力をかけて、有利な取引を目指し、「強い指導力」を演出しようとするだろう。政府機関の動かし方に通じたボルトン氏との「暗闘」の行方はどう絡むだろうか。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

Foresight 2019年5月21日掲載

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