料理でズレを軌道修正していくゲイカップルの姿が愛おしい「きのう何食べた?」

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 仕事が妙にたてこんでいる。そういう時に限って、老人ホームにいる父が、顔面神経麻痺を患って短期入院した。顔半分が歪み、転倒する頻度も高くなった。今年で20歳になる愛猫の体調もすこぶる悪い。食欲不振に便秘、嘔吐でわやである。もちろん仕事最優先だが、常に父と猫の体調が心配でちっとも穏やかではない。

 でもドラマは観る。むしろ余計に観る。現実逃避して他の誰かの人生に思いを馳せたいから。こんなときにふさわしいのは「元気と勇気をくれる」だの「頑張れ」だのと暑苦しいヤツではない。説教垂れて苦労話されてもちと迷惑だ。かといって、ありったけの悪意と殺伐をぶつけられても困る。ごく当たり前の日常でいい。働いて、ごはん食べて寝る。その繰り返し。当たり前の営みを当たり前にできなくなった切ない現実から、今は逃げ出したい。

 今期、最も穏やかというか、突飛なことも奇抜なことも起こさず、地味に淡々と日常を描いている作品はひとつだけ。テレ東の「きのう何食べた?」である。

 弁護士と美容師のカップルがともに暮らしている。弁護士のほうは質実剛健、料理上手でやりくり上手。食材は10円でも安く手に入れたい、そのためには同じスーパーで遭遇した主婦と食材シェアまでやってのける。美容師のほうはどこか行き当たりばったりで、決して堅実ではない。毎回、ふたりの些細なすれ違いや価値観の相違も炙(あぶ)り出しながら、料理で丸く収まるというか、ズレを軌道修正していく姿が愛おしい。

 派手な仕掛けもない、何の変哲もないドラマだ。弁護士を演じるのは、仏頂面からの脱却を図る西島秀俊。美容師を演じるのは、熱血な居丈高から卒業した内野聖陽(せいよう)。そう、これはゲイのカップルの物語である。

 西島は職場でゲイであることを明かしていない。両親には話したものの、うまく伝わらないもどかしさに辟易(へきえき)している。父の志賀廣太郎はゲイを「趣味の問題」と捉えている様子。母の梶芽衣子は理解しようと努力をしてくれるのだが、誤解と曲解、空回りも。西島は自分を律する気持ちも強く、頑(かたく)なで、甘え下手でもある。

 一方、内野は職場でもカミングアウトし、厄介な客をあしらうこともできる天真爛漫なゲイ。西島の過去や現在に不要な嫉妬心を抱いたり、カミングアウトしていない西島にはがゆい思いを抱いたりと感情を剥きだしにするも、根は繊細だ。

 過去、ドラマにおけるゲイは、緩急をつけるための起爆剤、障壁を乗り越えるスパイス要員として数多く登場してきた。異性愛が基本で大多数で王道、その中の装置のひとつとして描かれることが多かった。このドラマでは完全に主体であり、装置でも要員でもない。そこがいい。無愛想な西島がゲイにモテない設定もいい。ゲイというだけで顔合わせさせられた山本耕史が、初対面なのに年下の彼氏の話を延々としたときに、のろけと受け取った西島の不寛容さもいい。清くない、底意地の悪いゲイも観たかったから。今期は、基本LGBTQ推しでいくわよ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2019年5月16日号掲載

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