「タイガー現象」を惹き起こすウッズの神通力(石田純一)
石田純一の「これだけ言わせて!」 第31回
妻の理子は同い年で、しかもアマチュア時代、世界ジュニア大会に彼女は日本代表、あちらはアメリカ代表として出場していたので、彼女はタイガー・ウッズのことはまあまあ知っているのだが、それは余談。
今回、2008年の全米オープン以来、11年ぶりにメジャーで勝ったタイガーだが、マスターズ優勝は05年以来、14年ぶりになる。再び勝者になるのにかかったのが14年というのは、ゲーリー・プレーヤーを抜いて歴代で最長だ。全米オープンも、全英オープンも、全米プロも毎回、開催場所が違うのに対し、いつも同じオーガスタ・ナショナルGCで開催されるマスターズ。ゴルファーにとって出場するだけでも一番の夢というこの大会で、ドラマティックな復活劇を遂げたのも、タイガーらしい。
1997年、タイガーが21歳3カ月という最年少でメジャー優勝を果たしたのがマスターズだった。そして、タイガー以前とタイガー以降とでは、飛距離が伸びたのをはじめ、年中、体やメンタルを鍛えるなどゴルフのあり方が間違いなく変わった。
タイガーについて思うのは、よりコンパクトな打ち方、攻撃と守りのマネジメントをよりしっかりさせている、ということもあるが、同時に、いつも“タイガー現象”について考えさせられる。彼はひとたびトップに立つと逆転されない。今回は初の逆転勝利だったが、逆転した15番からはリードを守り、周りが崩れていった。これを入れれば並ぶという5メートル以内のバーディパットが入らないなど、明らかに周りが自滅していくのだ。これはいったいなんなのか、といつも思う。
最近の若い世代は、以前にくらべメンタル面も強化されている。往年の名プレーヤーのフレッド・マクレオドは「ゴルフとは欲と不安を道連れに、次こそはと希望を紡いで歩く儚い野外劇だ」という名言を残した。僕は素直に共感するが、最近は、この言葉が当たらない自信満々のプレーヤー多くなっている。ところが、今回はタイガー以外は、まとめてダメになった。タイガーの影に脅えているというか、タイガーを前にしてプレッシャーがかかっているとしか思えないのだ。“タイガー現象”でなければ“魔力”とでもいうしかない。
もっとも、今回も大会が始まる前は、メディアは「タイガーは終わった」と書きたて、そんな現象は起きっこないという空気だった。でも、タイガーは勝ちにきて、蓋を開けてみれば、彼の神通力は落ちていなかった。
実際、タイガーの人間としてのオーラは半端なさすぎて、ちょっとやそっとでは消えないほどだ。一昨年や昨年、大会で二十何位、三十何位というときでも、タイガーの周囲の観客は、優勝を争っている二人の周りより多かった。僕もタイガーを見たくて何度か出かけたけど、1万人を超える観客に囲まれたりして、顔も見えない。ただ、クラブの振りを見てタイガーだとわかるのだ。そんな観客の存在も、タイガーのカリスマ性を高めるのに一躍買っている。ついでにいえば、だから女の人もたくさんできるのだろう。
一連のスキャンダルによる長い謹慎から復帰したとき、オーガスタ・ナショナルGCのチェアマンだったビリ・ペイン氏は「タイガーは富と名声に伴う責任を忘れていた。子供たちを裏切った罪は重い」と言った。それは正論だが、オーラや神通力が消えることはなく、タイガーはタイガーだった。タイガーの言葉で僕が好きなのは「強さの向こうに夢がある」。ローマ時代の「勝利は勇者に微笑む」に重なる。しばらくタイガーの時代が続きそうだ。