平成最大のベストセラー『バカの壁』で養老先生が警告していたこと
4月6日に放送された人気番組「世界一受けたい授業」(日本テレビ系)で取り上げたテーマのひとつが「平成で売れた実用書 ベストセラーランキング!」。そこで1位となったのが、『バカの壁』(養老孟司・著)だ。
『バカの壁』は平成15年(2003年)に発売されて爆発的なヒットとなり、現在までに444万部を売り上げている。
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番組内で紹介されたのは、『バカの壁』発売から間もない頃、「先生」として登場した養老さんの「授業」。そこで語られていたことが「『どうしたらいいんですか』と聞く人は成長しない」「自分の『個性』に価値があると考える人は進歩しない」という教えだ。
ただ、実際に『バカの壁』を読んだ人の中には、「そんなこと書いてあったっけ?」と思われた方もいるかもしれない。実のところ、本の中にはそのままの表現はなく、養老さんが、噛み砕いて「授業」をしたときの言葉が、上の2つなのだ。
では、実際にはどんな風に書かれているか。「平成最大のベストセラー」を読んでいない人のために、紹介してみよう(以下、引用はすべて『バカの壁』より)。
「知っている」と安易に思うことは危険
本の冒頭、第1章に出てくるのは、養老さんが大学で教えていた時に感じた「バカの壁」のエピソードだ。
薬学部の学生にある妊婦の出産までを追ったドキュメンタリー番組を見せた。すると、女子学生のほとんどは「新しい発見がたくさんありました」という反応だったのに対して、男子学生は皆一様に「こんなことは既に保健の授業で知っているようなことばかりだ」と答えた。
なぜこんな違いが生まれたのか。おそらく、男子学生は「出産」ということに実感を持ちたくない。だから同じ番組を見ても、女子のような発見ができなかった。
「つまり、自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在しています」
これが「バカの壁」の一種だ、と養老さんは説く。そのうえで、この男子学生のように「知っている」と安易に思うことは、危険だという。
「安易に『わかっている』と思える学生は、また安易に『先生、説明して下さい』と言いに来ます。しかし、物事は言葉で説明してわかることばかりではない。いつも言っているのですが、教えていて一番困るのが『説明して下さい』と言ってくる学生です」
このあたりが、授業での「どうしたらいいんですか」への違和感につながるのだが、これだけでは「だって先生なんだから説明するのが仕事でしょうに」と反発する向きもいることだろう。そういう人に向けて、養老さんはこう説く。
「もちろん、私は言葉による説明、コミュニケーションを否定するわけではない。しかし、それだけでは伝えられないこと、理解されないことがたくさんある、というのがわかっていない。そこがわかっていないから、『聞けばわかる』『話せばわかる』と思っているのです。
そんな学生に対して、私は、『簡単に説明しろって言うけれども、じゃあ、お前、例えば陣痛の痛みを口で説明することができるのか』と言ってみたりもします。もちろん、女性ならば陣痛を体感できますが、男性にはできない。しかし、それでも出産を実際に間近に見れば、その痛みが何となくはわかる。少なくとも医学書だの保健の教科書だのの活字のみでわかったような気になるよりは、何かが伝わって来るはずです。
何でも簡単に『説明』さえすれば全てがわかるように思うのはどこかおかしい、ということがわかっていない。
この例に限らず、説明したからってわかることばかりじゃない、というのが今の若い人にはわからない。『ビデオを見たからわかる』『一生懸命サッカーを見たからサッカーがどういうものかがわかる』……。わかるというのはそういうものではない、ということがわかっていない。
日本人は、“常識”を“雑学”のことだと思っている
ある時、評論家でキャスターのピーター・バラカン氏に『養老さん、日本人は、“常識”を“雑学”のことだと思っているんじゃないですかね』と言われたことがあります。
私は、『そうだよ、その通りなんだ』と思わず声をあげたものです。まさにわが意を得たりというところでした。
日本には、何かを『わかっている』のと雑多な知識が沢山ある、というのは別のものだということがわからない人が多すぎる。出産ビデオの例でも、男たちは保健体育で雑学をとっくに仕込んでいるから、という理由だけで、『わかっている』と思い込んでいた。その延長線上から、『一生懸命誠意を尽くして話せば通じるはずだ、わかってもらえるはずだ』といった勘違いが生じてしまうのも無理はありません」
養老さんは、続けて、テレビで見ただけで「わかっている」という気持ちになることの「怖さ」に警鐘を鳴らしている。これはネット情報が飛躍的に増えた現代にこそ多くの人の身に沁みる教えかもしれない。
「個性」についての養老さんの話は、次回にご紹介しよう。