無視、尾行、ゴミの不法投棄……田舎暮らしで村八分にされた夫婦のおぞましい証言
無言で見つめ続けるカズミ
それでも茅野さん夫婦は、集落での生活になんとか馴染み、友人もできた。子供にも恵まれた。移住先の土地で生まれた子供にも友達ができて、自宅を行き来する友人家族も増えた。
「いろいろ嫌なこと、馴染みきれないこともありましたけど、やっぱり子供同士の無邪気な関係が、親同士の人間関係の助けにもなってくれることもありました」(同)
だが、そう思っていると、先に紹介した夏祭りをめぐる発言をきっかけとして、“集団無視”が始まったのだ。
「私のせいと言われれば、そうかもしれません。でも毎年、わたし一人でビールケースを何箱も運ばされたり、片付けも全部押しつけられたりとか、さすがにおかしいと思いました」(同)
夫の尚さんも憤る。
「家内は長く、そんなことをやらされているなんて、僕にはぜんぜん話さなかったんです。心配させまいとしていたんでしょうね。でも、10年近くもそんなことをやらされてきたと知って、僕もビックリして、こう言ったんです。『それは単なるイジメだぞ』って」
やんわりながら「役割分担を」と提案した。そのひと言が、ようやく築いてきたと思った移住先での“人間関係”を崩してしまったのだ。集落では、リーダー格であるカズミが無視を決めれば、「まさにあうんの呼吸で」(尚さん)、瞬時に集落の若い衆へ伝わっていく。
子供も間もなく保育園を卒園し、小学校への入学式を迎えることとなった。入学準備のため、学校へ出向くと、そこは「1学年1クラスのみ」。担任となる教諭が入学準備の説明をしている間、康子さんは強烈な視線を感じた。
ふと顔を上げると、前に座るカズミと、その隣に座るミカが、薄目で冷たい視線を向けているではないか。
気のせい? 気のせいだよね?
康子さんはいったん机の上に目を落とし、再びそっと顔を上げた。カズミとミカは一緒に、じーっと康子さんを見つめ続けていた。
小学校に入学すれば、集落の子供たちは集団登下校。保護者はLINEやメールでも連絡を取る。しかし集団で無視されれば、子供にも累が及びかねない。親が無視されていれば、保護者同士の連絡などままならないのは目に見えている。
「そもそも、これだけ日本全国挙げてイジメはダメだ、人権尊重だって騒いでいる時代にですよ。親が率先して無視だ、イジメだってやっている土地の学校に子供を通わせたいとは思いませんからね。それでいて、彼女らはもっぱら、ひたすら子供に『公文式』をやらせ、役所に就職させることばかり考えている。それもすべてコネでね」(康子さん)
こんな問題のある場所で子供を育てられない。真っ当な人間に成長できるはずがないと思ったという。
「だって、集団無視に加担する集落の人間は皆、親の代、その前から代々続く習慣を“守っている”だけですからね。いいか悪いか以前に、それが伝統なわけですから。特定の人間を責めても始まらないんですよ。集落の歴史とか慣習とか様々なもの積み重なった、要するに土地柄に原因があるわけですから」(同)
そう考えた茅野さん夫婦は、10年以上住んだ移住先を離れ、東京へ引っ越すことを決めた。だが、恐怖はそれだけでは終わらなかった。
引っ越してから2週間後。かつて住んでいた集落の所轄警察から1本の電話がかかってきた。「ゴミを不法投棄しましたか?」――。
「もう仰天しましたよ。うちの集落は、自治会に入っていない人には、絶対にゴミを捨てさせないんです。ところが警察の話だと、私たちが引っ越す前に出したというゴミが、何キロも離れた隣の集落にあるゴミ捨て場に不法投棄されていたって言うんです」(同)
すべてのゴミ袋には、出す者の名前を書くのがルールだ。隣の集落の人々は、知らない名前がゴミ袋に記されているのに気づいたのだろう。
「嫌がらせで、私たちが出したゴミを持ち出して、隣の集落のゴミ捨て場に放置したんでしょう。私たちのゴミ袋が盗まれたこともありました。ゴミ捨て場の壁に、真っ赤なサインペンで『茅野』って大書されていたこともありましたね。何の意味なのか、さっぱり分かりませんでしたけど」(同)
盗んだゴミの袋を開け、中身をチェックしたのではないか……。何の証拠もないが、そんな気がして仕方がなかった。もし事実なら、集落全員が「科捜研の女」ということになる。公安警察も真っ青の徹底した“調査”ではないか。「さらに……」と康子さんは言う。
「そもそも、『自治会に入っていない人間しかゴミは捨てられない』とか言っても、ゴミ袋は地方自治体、つまり市や町や村で統一されています。隣の自治会といっても、行政を担当している役所は全く同じです。違う自治会のゴミ捨て場にゴミを出したからといって、本当に不法投棄なんでしょうか? もし本当に不法なら、刑事告発でも民事訴訟でも起こせばいいんですよ。ここは日本です。因習が法律を超えることはできません」
康子さんらが集落から急いで引っ越そうとしている頃、近くの空き家を自分たちで楽しげに修理する新しい移住者一家の姿が見られるようになった。
「まだ小さな女の子がいるご家族でしたけど、近くの神社を散策したり、家族みなで神社に手を合わせたりしてね……。これから起きるであろう辛い出来事を考えると、涙が出てきてしまいました。こうやって移住者なりに、新しい場所で、それなりに地元の邪魔にならないようにと思って、必死で溶け込もうと頑張ってるわけです。でも、嫌がらせはいつ始まるかはわからないんです。狙われたら最後、もう関係を修復することはできないんです。『こんなブラック集落に入っちゃだめっ』て言いたくて、教えてあげたくて」(同)
まずは、恐怖の質問攻めランチ。その後は、パシリの日々。そして異議を唱えた瞬間に、集団無視が始まる――。
「田舎暮らしは、もうこりごりです。都会が一番幸せだということを知ることができた。これが田舎暮らしをした者の最大の成果でした」(同)
康子さんは、かの地での知り合った人間のLINEはすべて「ブロック」にし、東京の杉並区に戻った今は、ようやく平穏な毎日を送っているという。気がかりだった子供も、都会の小学校で早速新しい友達ができ、ほっと一安心だ。夫の尚さんが屈託のない笑顔で言う。
「京王線は朝晩のラッシュが凄いんです。殺人ラッシュですよ。でも、気がつきました。都会の人たちはもともと冷たい、ある程度はドライだってわかっていますから、嫌なことでも耐えられるんです。人の数が多いだけ気にならないし、逃げ場もいくらでもある。でも、田舎はね。いったん無視が始まったら、もう逃げ場はない。都会に逃げる以外にはね。身動きがとれない殺人ラッシュも、今は幸せに感じられますね」
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