植松聖、上田美由紀、筧千佐子… フリーライターが間近で見た凶悪犯の“意外な素顔”

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 いよいよ平成が終わろうとしている。30年の間には凄惨な事件も数多く起きた。世が改元ブームで湧く中、塀の中で過ごす凶悪犯や死刑囚たちはいま何を思うのか。平成を騒がせた凶悪犯たちの素顔を『平成監獄面会記――重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)の著者である片岡健氏に聞いた。

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「最初に訪ねた時、面会室に入ってくるなり深々とお辞儀をしてお礼の言葉を述べてきた。腰が低く、礼儀正しい人物だと感じました。その印象はその後、何度会っても変わらなかったですね。かといって堅苦しいわけではなく人当たりもいい。友達が多かったように報道されていたのもわかる気がします」(片岡氏、以下同)

 片岡氏が、そう評するのは、平成28年に「相模原障害者施設殺傷事件」を引き起こした植松聖被告(29歳)のこと。植松は自身のかつての勤務先でもあった障害者福祉施設を襲い、刃物で19人を殺害したうえ、入所者・職員26人に重軽傷を負わせた。戦後最大の大量殺人事件の犯人である。

〈「人を殺してはいけない」それは至極当然の答えですが、「人」とはどのような存在か考えれば私が殺したのは「人」ではありません〉

 …初めての面会後、片岡氏のもとに届いた植松被告からの手紙には、そう書かれていたという。

「植松は『心失者』を安楽死させるのは人類のためにしなければいけないことだと本気で信じている様子でした。この話をするときの表情はいつも真剣で、『死刑になることはわかっていたが、自分の生命を犠牲にしてでもやらないといけないことだと思った』と語っていました」

「心失者」とは植松被告がつくった造語で、意思の疎通がとれない障害者を表現している。彼は心失者が、物資や食料、労働力を社会から奪い、人類に迷惑をかけているという暴論をふりかざし、凶行に及んだ。

 しかし、片岡氏によれば、植松被告は熱弁を振るう割に「心失者」を安楽死させる社会をどう実現するのか、という具体的な方法は何一つ考えていなかった。また、面会を重ねるなかで植松被告の根底に、あるコンプレックスが巣くっているのを感じたという。

「こんな事件を起こせば死刑になることはわかっていたのでは、という話をすると、植松が『自分の生命なんて大した価値はありません』と言うので、理由を聞いたら、『人間の価値は見た目だと思うんで』と話したのです」

 一部メディアに美容整形手術を受けたと報道された植松被告。基本的に面会中は饒舌だったが、自身の整形については頑に口を閉ざしたという。

「そのことから容姿コンプレックスは相当なものなのだろうと思いました」

 彼のなかに眠るそうした自己嫌悪は、戦後最悪の大量殺人事件という形で吐き出されてしまったのだ。

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