「ドクター・キリコ」の毒物宅配事件 犯人も青酸カリで命を絶った理由【平成の怪事件簿】

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「草壁さんは被害者だった」

 杉並区の女性宅に、札幌市内から発送された封筒が配達されたのは、平成10年12月12日だった。中身は、高さ7センチ、直径2・5センチほどの円柱状の携帯用防水カプセル。そこには、10人以上の致死量に相当する2~3グラムの青酸カリ入りカプセルが、全部で6つ詰められていた。

 2年ほど前から自殺未遂を繰り返してきた女性は、すでに差出人の指定口座に代金3万円を振り込んでいた。母親から受け取った荷をほどいた彼女は、まとめて6錠を口にふくんだという。運び込まれた病院で治療にあたった医師は、すぐに荷物の送り状に書き込まれていた草壁のPHSに問い合わせ、カプセルの内容を尋ねた。「文藝春秋」(平成11年3月号)に掲載された、ジャーナリスト中川一徳の「ドクター・キリコ 戦慄の新証言」にある草壁の応対ぶりには、戸惑いの色が濃い。

「まさかあれ、飲んだんじゃないでしょうね。あれは非常に純度の高い青酸カリなんですよ」

 続けて宣言した。

「その人が死んだら、私も死にます」

 女性は、2日後の15日未明に息を引き取った。偶然にも、自宅で同じカプセルを飲んだ草壁の死亡も収容先の病院でほぼ同時刻に確認されている。

 自殺志願者に頼まれて劇毒を送りつけた草壁が、当然ありえた彼女の末路を前に、なぜに死を選ばねばならなかったのか。さらに腑に落ちないのは、草壁がメールで、カプセルの成分に関する詳細な説明と、絶対にこれを使用しないこと、とする「取扱説明書」を送っていたことだ。数々の重大な矛盾点を放置したまま、捜査と報道は絡み合うように駈けだしていた。

 そんな渦中であった。これら一方的な報道に対し、反論をはじめる女性があらわれたのだ。東京都練馬区の主婦は、草壁が送った青酸カリを保持する一人だった。彼女の「草壁さんは被害者だった」「一貫して、自殺には否定的な立場であった」との主張は、ネット危険論の上に積み上げられてきた事件の構造を、根底から覆すものだった。

 宅配便の品名欄に草壁は、「EC」と記していた。「Emergency capsule」の頭文字で、「緊急用カプセル」の意味である。彼があえてこの劇毒をそう呼ぶのには、特別なわけがあったのだった。

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