ソニー会長を1年で退任する平井一夫の打算的な理由
〈自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設〉
73年前、井深大が書いたソニー(東京通信工業)の設立趣意書には、右の有名な一文のほか、少人数の会社にしたいとも書いてあった。それが、今では社員10万人以上の“世界のSONY”である。だから、同社のトップが、会長をたった1年で辞めることに皆驚いたのだ。
ソニーの平井一夫氏(58)が会長職だけでなく取締役も辞めて、非常勤の「シニアアドバイザー」になると発表したのは3月28日のこと。昨年6月には27億円もの役員報酬で世間を驚かせたが、最初からソニーマンらしくなかったとOBが振り返る。
「ソニーの本流はやはりエレキと呼ばれるAV製品を作る技術者たちです。しかし、平井さんのキャリアはまったくの異色。関連会社のソニー・ミュージックを振り出しに、アメリカのゲーム子会社で販売・マーケティングを長く担当し元会長のハワード・ストリンガーに引き立てられた。7年前に社長になったときも当初はソニー・アメリカから給料が出ていたと聞きました」
しかし、時代は平井氏のようなタイプを求めていた。社長に就任した2012年は4566億円の最終赤字で、経営はどん底。
「平井さんは忖度などしないドライな性格です。社長に就いて、まずやったことは、約1万人の社員のリストラでした」(別のOB)
[1/2ページ]