忖度辞任・塚田一郎議員の破天荒母に借金問題  「最後は息子が払います」が決まり文句

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100人ではきかない

 また、梅田さんと同席した、Tさんをよく知るという女性は、

「もともと一郎さんの学費を工面したのも、選挙資金を用意したのもTさんなのに、一郎さんは、自分が国会議員になれたのもお母さんのおかげだというのを、一つもわかっていない。それどころか、Tさんを葛飾区の債権者に“人質”として預けたんです」

 と、人聞きの悪い話をする。その辺りの事情は新潟県長岡市の会社経営者、小山三枝さん(78)=仮名=が詳しいと聞き、訪ねた。

「お金を出してくれそうな人が見つかれば、だれかれ構わず声をかけ、騙し取られた人は100人ではきかないと思います。2000年、彼女を自己破産させて借金を整理させた一郎は、母親が抱える深刻な問題に気づいていたはずです。息子なら、同居して監視しながら更生させるなど骨を折るものでしょう。ところが一郎は、母親の面倒を見るどころか、アカの他人に預けた。結果、Tはその後も、詐欺まがいの借金を繰り返したんです」

 小山さんはそう前置きして、Tさんと出会ってからの経緯を語ってくれた。

「三十数年前、都内で2軒の飲食店を経営し、横浜の一軒家に暮らしていた私を、紹介者と一緒に訪ねてきました。500万円くらいの手形を買い取ってほしいという話で、そのときは断りましたが、以後、Tはことあるごとに訪ねてくるようになりました。私は前夫と別れて男がいなかったので、カモとして付け入りやすかったんでしょう」

 最初の借金は、家賃という名目だったという。

「当時、Tは右翼政治結社の会長と同棲状態でしたが、郵政大臣や新潟県知事を務めた旦那の塚田十一郎さんも健在でした。それで、十一郎さんの東京の拠点を新たに借りるのだけど、家賃が足りないので貸してくれないか、という話でした。ちなみに、十一郎さんのことも、お金を借りるために連れ回していました。Tがうまいのは、私の母の葬儀に“塚田十一郎元新潟県知事”なんて花を送ってきたりして、見せ場を作るんです。いつも同じ全身黒ずくめで、私が“そんな服装やめなさい”と言うと、“じゃあ三枝ちゃん、カード貸してよ。デパートで新しい服、買いたいの”と切り返す。人の顔を見ればたかる女で、私が長岡に移ってからも同様でした」

 ところで、一郎議員が脱サラして麻生太郎氏の秘書になったのが00年だが、

「その年、彼女の自己破産で、私が貸した670万円はパーに。政界入りを前に、一郎は母親の借金の整理に入ったのでしょう。しかし、借金を棒引きしておきながら、Tは平気な顔で、またたかってきました。02年ごろ、Tにつかまされた170万円の手形が不渡りになったときには、一郎も呼び出しました。落選中の一郎は“表に出さないでください”と懇願し、分割で払うと言って、2年かけて返しました。04年ごろにも呼び出しました。私の知人の社長からTが200万円借りて返さず、一郎に頭を下げさせないと納得してもらえない状況だったのです。一郎は“お願いですから、もう貸さないでください”と言って頭を下げるだけで、返すという話にはなりませんでした」

 都内在住で70代の佐藤和代さん(仮名)も、同様の経験を語る。

「私が勤めていた飲食店の社長は一郎さんと同郷。Tに“選挙資金が必要だ”といわれて、150万円を貸したんです。それを私が引き継いで、一郎さんを呼び出すと、“母が申しわけないことをしました”と謝罪はしましたが、それで終わり。返すという話にはなりません」

 しかし、それで済むのかと、小山さんは一郎議員の姿勢に疑問を投げかける。

「一郎が07年、参院議員に当選して以降、Tは借金するとき、必ず一郎の名前を利用していました。“なにかあったときは、国会議員をやっている息子の一郎が支払います”が決まり文句。夫の十一郎さんの存命中は夫の名前を使っていました。11年、私が最後に貸した際の借用証にも“萬一実行出来ない場合は、息子の塚田一郎に責任を持って、実行する様に致します事を御約束致します”とある。十一郎さんの議員年金証書と、それを前払いでもらうための、塚田一郎の実印が押された連帯保証申込書のコピーを見せて“これがあるから大丈夫”とやるのです」

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