部長「懲戒解雇」でも残る「東レ」の「粉飾決算」疑惑

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 東証一部上場企業「東レ」は、売上高2兆5000億円(2019年3月期見込)に迫る、日本を代表する繊維などを中心とした世界的素材メーカーである。前経団連会長の榊原定征氏が社長、会長を務めていたことでも知られる(現在は特別顧問)。

 榊原氏の後を受けて2010年に就任した現社長の日覺昭廣(にっかくあきひろ)氏は、CEO(最高経営責任者)とCOO(最高執行責任者)を兼ねて権力を集中させ、前任の榊原氏を超えて今年6月ですでに丸9年、なおも続投すると見られ、異例の長期政権となっている。

 その同社および日覺社長に対し、今年2月、ある訴訟が東京地方裁判所に提起された。その第1回口頭弁論が、4月15日に行われたばかりである。

 訴状や関係者の証言などからは、同社のコーポレート・ガバナンスがまったく機能していないばかりか、場合によっては「粉飾決算」の疑いすら浮上する問題が浮き彫りになってくる。

社長の「公印」と「印鑑証明書」

 2月28日に提訴された当該訴訟は、都内に本社を置くクラウドファンディング会社「C社」が原告となり、3億5000万円の「債務存在確認」を東レに求めたものである。

 具体的な経緯はこうだ。

 東京・港区に本社を置く「オリエントコミュニケーション」(以下「オリ社」)なる会社が、東レの「水処理機器」100台を購入する資金として、2017年9月、C社から3億5000万円の融資を受けた。返済は半年後の2018年3月に一括という契約だった。

 オリ社とC社はこれ以前には何の取引もなく、そもそもこの融資案件は東レ側からの依頼だった。

 そもそもこのオリ社、大手民間信用調査会社によると、資本金1000万円の「経営コンサルタント」で、従業員は1名。利益もほとんど計上されておらず、いわば代表者の個人会社である。少なくとも、世界規模の東レが有力製品を100台規模で販売する正規の取引相手とは到底考えられない。

 当然C社は、取引実績も信用力もないオリ社に単独で融資をするリスクを考慮したようで、東レがC社に連帯して債務保証を約するならば、しかも東レ社長の正式な公印がある契約という条件を付ける。

 そして実際、融資の「申込書」には、この金銭消費貸借契約にかかわる一切の権限を、自社の「水処理システム事業部長」(以下「F部長」)に委任するという日覺社長名の「委任状」が添えられ、もちろん代表取締役社長としての印鑑が押印され、さらにその印が公的なものであることを証明する東京法務局発行の「印鑑証明書」も添えられていた。そして融資は実行された。

 ただ、オリ社が期日に返済できなかったため、期限を9カ月延長して2018年12月とする「変更合意書」を取り交わしている。その際にも、東レはC社に対して同様の社長印の「委任状」と「印鑑証明書」を改めて発行している。

 しかし、変更した期日になってもまた返済がなかったため、C社は当然ながら、連帯して保証している債務の返済を東レに求める交渉を行うが、契約当事者である東レの「F部長」とは連絡が取れなくなる。

 ばかりか、東レ本社を訪問して用向きを伝えても、法務担当者に「直接の連絡はまかりならぬ、電話も同様。話はすべて指定の弁護士事務所に申し入れろ」という強硬な姿勢で門前払いにされてしまう。

 やむなく指定の弁護士事務所に連絡し、連帯した債務保証にかかわる「社長印付き委任状」「印鑑証明書」原本を含めた証拠資料を直接提示し、保証の実行を求めた。

 ところが弁護士事務所側は、最終的に年が明けた本年1月30日、「本件連帯保証にかかるものを含めいかなる債務も負担するものではない」と回答し、そもそもオリ社の債務を連帯して保証した事実すら完全に否定した。ことやむなきに至り、C社は提訴した、という次第である。

 ちなみに、現時点では第一義的債務者であるオリ社が完全に経営破綻しておらず、3億5000万円の債務が完全に回収不能になっているわけではないため、C社としては東レに連帯保証の履行を求める前段階として、まずは連帯の債務が存在することを確認する訴訟を提起したわけだ。

「社長の直轄案件」?

 この不可解な取引について筆者は1月早々から取材を始め、同月16日に、東レ広報室に質問書を出し、事実確認を求めた。

 その後、東レ側と幾度かのやり取りをしていくうち、東レは2月12日、報道各社向けに「プレス・リリース」を発表した(全文はこちら)。

 概要は、「当社元従業員が第三者との取引に関連し不正行為(有印私文書偽造、同行使罪等)を行っていたことが発覚」「当社の買戻義務や連帯保証義務を定めた書類を無断で作成」「この元従業員は2018年11月22日付で懲戒解雇処分」「その後も、当社従業員であるかのようにふるまい、不正行為を継続していることを確認」「警察にも刑事告訴すべく相談」などとなっている。

 この懲戒解雇された「元従業員」こそ、「F部長」である。つまり東レは、C社がオリ社に融資した際に手交した日覺社長の代表印がある「委任状」と「印鑑証明書」は「偽造」されたものであり、F部長が独断で行った犯罪行為であるから厳正に処分した、よって東レはむしろ被害者であるから債務の保証も法的に無効である、という主張をしているのである。

 経緯を知る関係者はこう言う。

「そもそも最初にC社がこの融資契約を結ぶにあたっては、F部長がまぎれもなく東レの幹部であるか確認する意味から、C社代表者らは東レの本社でF部長と打ち合わせをしている。その際には彼の部下も同席し、名刺も受け取っている。その際F部長らは、この水処理事業は日覺社長の肝入り案件であり、社長はこの分野で世界ナンバーワンになりたいのだと社内に大号令を発している、とさかんに強調していた。そしてF部長は、自分は日覺社長がまだ社長になる前、名古屋支社責任者だった頃の部下だったので覚えがめでたく、だから日覺社長の直轄案件であるこの事業については、自分は直接社長と話ができるので『委任状』も『社長印』ももらえるのだ、と説明した」

 そして事実、社長印は押印され、印鑑証明書も真正のものが発行されている。

 しかし、東レ側はこれを「偽造」と主張する。

 言うまでもなく、企業にとって代表者の公印および印鑑証明書は最重要書類であり、然るべき担当部署が厳重に管理する。F部長がC社に手交した公印と印鑑証明書はまぎれもない真正なものであり、いわゆる地面師など詐欺集団が行う「偽造物」ではない。にもかかわらず東レが「偽造」と主張する根拠は不明である。

 仮に東レが主張するように、連帯債務保証が会社承認のものではなくF部長の独断行為であるのなら、厳重に管理しているはずの最重要書類を社員が簡単に、しかも複数回も持ち出せるとは、企業としてのガバナンスがまったく機能していないという問題が浮上することになる。

社内コンプライアンス部門も調査

 もちろん、この融資の目的となっている水処理機器は、実際に存在する。ただし、東レからオリ社への販売はペーパー上のもので、実際には、東レが発注したメーカーの倉庫に保管されたままという。

「この融資の対象となっているのは、そのうちの100台。F部長の説明では、この機器は当初、バングラデシュで販売する予定だったところ、現地でのテロ事件などの影響で頓挫してしまい、売り先のない在庫として抱えている状態になってしまった。それを一時的にオリ社に販売した形にし、その間に新たな売り先を見つけてくる算段だったようだ。F部長自身も、上司や担当役員である専務から『この在庫をどうするんだ!』と責められていると嘆いていた」(同)

 このF部長の説明が真実だとすると、東レとしては不良在庫を関係会社に「飛ばした」ということになる。しかも、その「飛ばし」行為に債務保証をしている。コンプライアンス上、重大な疑義が生じることになる。

 実際、東レ社内でこのF部長の取引に対し、すでに昨年10月時点で社内の法務・コンプライアンス部門が調査に動いている。

 東レには同じ水処理機器がほかにも50台、在庫として残っており、それもオリ社に販売する形で、C社とほぼ同じ形式で、ほかに複数の金融会社から融資を受けさせていた。ただし、それらの金融会社の中に違法に法外な金利をつけている会社があり、さらに反社会的勢力と関係があるとされる会社もあって、それらが東レに保証の履行を迫って社内で問題になっていたという。それらの金融会社に関係する人物が言う。

「オリ社に融資をした金融会社はC社以外に数社あるようです。それぞれ2億から4億円ほどの融資ですが、中には年利100%を超える、いわゆる闇金のようなところもある。しかも、それぞれ東レの連帯債務保証が付いているばかりか、買い戻し特約までつけているものもあった。そうした貸金業法に違反する違法金利をつけていた先の1社が東レに債務保証を実行させるべく、強圧的に東レに迫った。国会議員を使ったという話もある。それで東レ社内でも問題となり、コンプライアンス部門が動いたようです」

 これらの金融会社関係先などから、件の「社長公印」や「印鑑証明書」などが金融業界関係者の間に出回り、さらに怪しげな反社会的勢力の関係者まで蠢いていた。

 実際、法務部長、法務・コンプライアンス部門長である専任理事などがオリ社を訪れ、取引の経緯を聞き取り、買い戻しの話をしている事実もある。

 では、東レが強弁するように、本当にF部長の独断の「詐欺」行為なのか。

 しかし、C社はもちろん、他の金融会社との取引も含め、F部長もオリ社の代表者も融資金を横領したなどの事実は確認されていない。つまり、これらの取引で個人的に私腹を肥やした形跡が確認されていないのだ。

3カ月も「秘匿」

 一方で、東レ側にはさらに重大な疑惑が浮上する。

 C社を含めたこれら水処理機器150台の売り上げは、各社の契約を総合すると10億円前後になると見られる。それらはすでに前期決算で計上されているはずだが、先に指摘した通り、実態は「在庫飛ばし」の疑いが強いと言わざるを得ない。だからこそ、社内の法務部門も動いた。となると、決算は「粉飾」だったのではないかという疑惑だ。

 さらに、F部長の懲戒解雇の日付は、前述の通り昨年の11月22日付である。しかし、C社はF部長と連絡が取れなくなったことを不審に思い、12月に入ってからも何度も東レ本社に問い合わせたが、その度に「Fは出張中です」としか応じなかった、との関係者の証言もある。

 実際、東レは筆者の取材を受けた後、2月12日になって初めて懲戒解雇の事実を公表した。C社を含め金融会社関係者らも、この時点までまったく知らされていない。つまり3カ月近くも、社内でさえ部長という幹部社員の懲戒解雇事案を伏せ続けていた。なぜこの時点まで事実を「秘匿」していたのか。

 加えて、リリースでは「警察にも刑事告訴すべく相談」としているが、リリースを発表したあと東レ側に確認したところ、相談はしているがまだ警察は告訴を受理していないと説明していた。

 今回、改めてこれらの疑惑を東レに質問したが、

「告訴状は提出しておりますが、受理の状況含め、捜査に関わることであり、お答えすることは差し控え」

「個々の取引に関する事項については回答を差し控え」

 との回答しかなかった。

 当該訴訟は冒頭に記した通り、まだ第1回目の口頭弁論が開かれたばかり。今後、互いの具体的主張が展開されるはずで、東レ側の対応が注目される。

内木場重人
フォーサイト編集長

Foresight 2019年4月17日掲載

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