日露交渉「躓き」の原因は「日本」と語る「駐日ロシア大使」講演

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「日本はアメリカが中心となってロシアに対して発動した経済などの制裁に参加している。そのことは、この共同宣言第1条に明記されます『友好善隣』の精神に合致しているのでしょうか。私は合致していないと言わざるを得ません」

 3月27日、ミハイル・ガルージン駐日ロシア大使は、政治解説者の篠原文也氏が主催する「篠原文也の直撃!ニッポン塾」で登壇し、こう苦言を呈した。大使は学生時代に日本へ留学し、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ元大統領の日本語通訳も務めた「日本通」。その流暢な日本語には有無を言わせぬ気迫がある。

 念頭に置かれているのは言うまでもなく、日露間で交渉が進められている平和条約だ。2018年11月、安倍晋三総理とウラジーミル・プーチン大統領が、1956年の「日ソ共同宣言」を基礎に平和条約交渉を加速することで合意。以来、日本ではもっぱら共同宣言の第9条を根拠に、歯舞、色丹の「2島返還」が取り沙汰されてきたが、大使はこう言う。

「私が見ている限り、日本の皆さんは“共同宣言を基礎にするなら、ロシアは今すぐ色丹と歯舞を日本に引き渡すべきなのではないか”と思っていらっしゃることが多い。だが、この共同宣言には、実は条項が10ありまして、島のことについて言及する9条もあれば、第1条もある。その第1条は、まず戦争状態の停止、平和の回復、多国間関係の回復、友好と善隣関係の樹立ということを明記しています」

 冒頭の「苦言」は、この後に続く。つまり「日ソ共同宣言の基礎」に立つなら、日本はまず対露経済制裁から手を引くべきだ、というわけである。

 3月21日にモスクワで開かれた日露次官級協議では、ロシア側が日本側に歴史認識や日米安保条約を巡る「本質的な違い」を指摘したという。まさに大使の発言も、交渉が入り口の段階で躓いていることを物語る。

 6月に大阪で開かれるG20(主要20カ国・地域首脳会議)に合わせ、平和条約を締結したい――。そんな日本側の当初の思惑は、もはや夢物語なのか。

 以下、大使の講演と篠原氏との対談をまとめてお届けする。

安全保障上の懸念を解消すべき

 平和条約に関する我々の見方を申し上げますと、もし56年の共同宣言を基礎にするならば、共同宣言が明記している通りにしなければならないのではないかと思います。つまり、引き渡しは「平和条約が締結された後」ということになっていますから、まずは平和条約を結ばなければならない、と我々は思っています。

 もう1つは、やはり日本にクリル諸島に対するロシアの主権を含めて、第2次世界大戦の結果を認めていただきたいと思います。つまり、第2次世界大戦の結果が国連憲章でも確認されている以上、それを認めていただかないと、平和条約交渉を進めることが難しくなると思っています。

 安全保障上の問題点もあります。日本に対して我々は、何ら日本が脅威であるとは一切思っていません。ただ、ここ数年間のアメリカの対露政策を見ますと、残念ながら明らかに敵対的です。例えば経済制裁。

 あるいは、今まで世界的な安全保障の柱となってきたほとんどの米露条約を、アメリカが最近、壊しはじめたんです。弾道弾迎撃ミサイル制限条約からの脱退、INF(中距離核戦力)全廃条約からの脱退。そして新戦略攻撃戦力削減条約の期限が2021年に切れるという中で、この条約の行方をどう見ているのか。我々はもちろん延長を主張していますが、アメリカの態度はあいまいですね。

 さらにNATO(北大西洋条約機構)が、旧ソ連、そしてロシアの首脳らに当時の欧米の首脳が約束したことに全く違反して、ますます東方拡大を進めています。つまり東方拡大ということは、ロシア国境まで拡大している。

 そしてアメリカの対露政策のもう1つは、世界各国における「ロシア人狩り」に表れていると思います。例えばアメリカは、あるロシア人がアメリカの法律に違反したということを口実に、第3国にまでアメリカ国内の法律を適用し、第3国でロシア人を逮捕したり、アメリカに連行したり、アメリカでとても偏った裁判の結果、長い懲役の判決を言い渡したり、ということが多いんです。

 そういう敵対的な政策をロシア人に対して行っているアメリカが、日本国内に大きな、強力な軍隊を駐留させている。ですから、アメリカあるいは日米軍事同盟からの安全保障上の懸念を解消すべきだと我々は思っています。平和条約の問題の文脈において。

潜在能力が完全に活用されていない

 日露関係が順調に進んでいることは確かです。いろいろな分野において関係が進んでいますけれども、ただ日露間の関係交流、協力の潜在的能力が完全に活用されているかと言えば、そうではないのではないかと思います。

 例えば今の貿易高は200億ドルに達している。それは素晴らしいことですが、10年前の300億ドルを超えるような記録的な貿易高には達していない。さらに国際問題の解決のための協力について言えば、まだまだ日露協力が不十分だと思います。協力の立派な実例はあるにはありますが、なかなか少ない。例えば今すぐあげられるのは、アフガニスタンのための麻薬取締官の教育プロジェクト。ロシア、日本、国連が3者協力という枠組みでやっています。残念ながら、それ以外のほとんどの国際問題について、日本が我々のイニシアチブを支持してくれていないという状況が続いています。

 いろいろな教育、文化、人道等々の交流を進める余地があります。つまり日露関係において、全く新しい真の善隣、真のパートナーシップ、環境をつくるうえで、さらにいろいろな協力をお互いにやらなければならないと私どもは思っています。

 ですからプーチン大統領は、今年1月22日のモスクワでの安倍総理との記者会見で、こう言いました。

「平和条約問題について言えば、これからはお互いに、受け入れ可能な条件づくりのために、長期的かつ入念な作業を控えている」

 以上で私の冒頭発言とさせていただきます。

条件ばかりがどんどん出てくる

篠原 先ほど大使は、平和条約の交渉について、クリアすべき点をいくつか列挙されました。

 大使は過去の講演で、引き渡しや主権の問題は議題になっていないんだということもおっしゃっていますし、セルゲイ・ラブロフ外相も、安倍総理が領土問題の解決、平和条約の締結をすると言うけれど、“正直言ってその確信がどこから来ているのか分からない”と言っている。またプーチン大統領も、“交渉のテンポが失われた”とおっしゃった。

 さらに昨年を振り返りますと、プーチン大統領は、共同宣言には引き渡し後の島の主権や具体的な引き渡し方法が書かれていないので、平和条約が締結されても、2島の主権の問題は必ずしも明確ではないのだとおっしゃっている。 

 今日の大使のお話も含め、こうしたことをすべて総合すると、本当にロシアに平和条約を締結する強い意志があるのかなと思えてきます。日本側、あるいは世論から見ると、条件ばかりがどんどん出てくる。そのあたりはいかがですか。

大使 まずですね、私の講演の中ですでに少し言及しましたように、56年の共同宣言について言えば、1つだけの条項に固執して、それ以外の条項を事実上無視するようなやり方には、私は賛成できないんです。

 まず基本的なことについて言わなければならないと思います。つまり、宣言が言う「友好と善隣関係」に、日本が西側の発動した制裁に参加していることは合致しているのかどうか、という第1条項からはじめるべきなのではないかと思っております。

 改めて申し上げますけれども、西側が私どもに対して科している所謂「制裁」は、国際法上まったく無実無根ですし、市場経済の原則原理に逆らうものでもあります。そういうような制裁に、残念ながら日本も参加している。ですから、もし56年の宣言の精神を守るならば、全体的に守らなければならないというのが1つ。

 もう1つは、この第9条を見ますとね、確かに篠原さんがおっしゃったように、そしてプーチン大統領が言っていますように、引き渡しの形式、形態、条件、方法などが明記されていない。だが1つ明記されているのは、2島の引き渡しを平和条約が締結された後にしなければならない、すべきだということ。ですから、共同宣言が明記している段取りで言うと、まず平和条約を無条件に結ばなければならないということになっています。

日本はナチスドイツに協力していた

篠原 まず対露制裁をやめる。次に日米安保条約の適用の問題をちゃんとクリアする。それから第2次大戦の結果、つまりロシア側から見れば北方4島はロシアの領土になったのだから、そのことを認める。これらすべてを日本側が飲まないと、締結交渉は進まないということですか。

大使 私は今、篠原さんと皆さんと、交渉をしているわけではないでしょう。私は今までのロシア側の立場を説明させていただきました。交渉について言えば、相手のこともあるから、予測できないことが多いんです。ですから、私が申し上げましたロシア側の態度はロシア側の態度で、日本側がどう反応していくかということに注目したいと思います。それは交渉の中身の話ですから、これで終止符を打ちたいと思います。

篠原 日本の国内には、こういう意見があるんです。大使は日ソ中立条約を日本が最初に破ったから、1945年8月9日にソ連が侵攻したとおっしゃいましたが、8月9日にソ連が日ソ中立条約に違反して侵攻してきた、と。ソ連側はヤルタ協定に基づくと言うけれど、日本がポツダム宣言を受諾したにもかかわらず、その後、北方領土を取った、と。第2次大戦の結果を認めろというロシア側の主張と反対なのですが、そういう意見については?

大使 日本でよく忘れられていますのは、日本帝国がナチスドイツという恐ろしいレジームの同盟国であったということです。それがまず1つ。

 そしてホロコースト、他民族の大量殺害、ヨーロッパ諸国への侵略と国々の奴隷化、そしてソ連への侵略とソ連のヨーロッパの部分の破壊、人々の殺戮等々をやったのはナチスドイツなんですよ。そして、そのナチスドイツに日本が協力していたんです。それがロシアの世論の考え方で、日本国民の皆さんにも理解して欲しいです。

米軍のプレゼンス自体が問題

篠原 日米安保条約についてですが、安倍総理がプーチン大統領との首脳会談の際、引き渡し後の2島に米軍基地はつくらせないという発言をしたと聞いていますが、それでもダメですか。

大使 まずですね、私はプーチン大統領と安倍総理の会談の中身に公の場でコメントする立場にないということを断っておきたい。

 そして、もしそうだとすれば、こうコメントしたいと思っております。

 先に申し上げましたように、今の日本の主要同盟国である米国の対露政策全体は、100%敵対的なものであります。なぜロシア側がそう思うかという理由については、すでに申し上げています。

 ですから、そのアメリカという国の軍隊が日本のどこにあるか、あるいはどういう形で駐留しているかということは第二義的な問題で、その米軍のプレゼンス自体が問題です。どこにあるかということを問わずに、ですね。そういうことですよ。

篠原 これは相当厄介な問題ですよ。日本側も、「はい、そうですか」とはいかない。

大使 それは日本側のことですから、私がコメントすることはできません。

篠原 最近、日本側は、「不法占拠された北方4島」、あるいは「日本の固有の領土である北方4島」という表現を、極力避けています。「日本の主権の及ぶ島々」という言い方をしている。今度の新しい学習指導要領に基づく教科書では、「固有の領土」ときちんと明記されてはいますが、政府答弁などでは表現を抑えている。それはロシア側へのシグナルです。

 今年6月に大阪で開かれるG20までに平和条約交渉を大筋合意、枠組合意にまで持っていきたい、というのがもともと日本側にはあったわけですが、大使のお話を聞いていると、とても6月までに話を詰めるのは無理だな、と率直に思います。いかがですか。

大使 まず篠原さんは、よく問題点をお示しになったと思います。「不法占拠」とか「固有の領土」とかいう表現を使わないとおっしゃいましたけれども、それと同時にご自分でもおっしゃったように、これから日露関係について教えるときに、必ず4島が日本固有の領土であることを説明しなければならないという決定をした。それは、立場の変更とは言えないのではないでしょうか。日本の社会全体に、我々の方から見れば正しくないシグナルを発信すると同時に、我々に直接言わないやり方は、矛盾しているのではないでしょうか。

予測は差し控えたい

篠原 6月にプーチン大統領はいらっしゃいますよね。

大使 ここ10年間、プーチン大統領がG20に参加しなかったことはなかったのではないですか。ですから今回も来ると思っています。

篠原 その際、日露首脳会談が行われると思いますが、私はそこで条約問題について一定の方向性が出てくるとは楽観していないのですが、どう思いますか。

大使 私は楽観も悲観もしていないです。我々外交官は仕事をしなければなりません。首脳会談が双方にとって有意義なものになるために、仕事をしなければならないという気持ちです。

篠原 6月に首脳会談で方向性が出なくても、8月終わりから世界柔道選手権大会が東京で行われる。プーチン大統領も招待されているのではないかと思います。それからウラジオストックで開かれる東方経済フォーラムに、安倍総理が行くでしょう。9月20日にはラグビーワールドカップの開幕戦で、日本がロシアと戦います。ですからG20 のあとも夏から秋にかけて、いろいろな首脳会談の機会がありそうで、そこで何回かに分けて行っていくのかなと思うのですが。

大使 まあ、どうでしょうかね。まず段階的にやりましょう。まず大阪でのG20と日露首脳会談の準備をしましょう。その後はどうなるか、まだ申し上げるのは時期尚早ではないかと思います。

篠原 条約締結交渉の進展は、6月までというのではなく、年内くらいの大きなスパンで考えた方がより現実的なのですかね。

大使 私は公の場で予測するのは苦手です、どちらかというと。なぜかというと、予測が当たらない場合、私は対外的になぜ当たらなかったのかを説明しなければならなくなるから。ですから、予測は差し控えたいと思います。

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Foresight 2019年3月29日掲載

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