「ファースト・マン」はよかった!(石田純一)

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石田純一の「これだけ言わせて!」 第25回

 月に降り立った初めての男、ニール・アームストロング船長の伝記映画「ファースト・マン」がおもしろかった。主役のライアン・ゴズリング(38)が、それはすばらしく、彼と、ハーバード大卒のデイミアン・チャゼル監督(34)との組み合せは「ラ・ラ・ランド」と一緒だ。「ファースト・マン」の構想のほうが早く、当初からゴズリングはアームストロング船長の唯一の候補だったが、2人で話しているうちに「雨に唄えば」の話になり、「ラ・ラ・ランド」を先に撮影することになったという。そこでチャゼル監督はあらためて、アームストロングを演じるのはゴズリングしかいないと確信したそうだ。

 実は、アポロ11号の月面着陸には個人的な思い入れがある。その瞬間を実況中継したのは、NHKアナウンサーだった僕の父なのだ。父が、ソ連に負けていた宇宙開発をこんなに巻き返してアメリカはすごい、と話していたのを覚えているが、この映画を観ると、アポロ計画の実情がひどいものだったことがよくわかる。当時のNASAのすべてのコンピューターを集めても、いま僕らのポケットに入っているスマホの能力より低かった。そんななか、地球を周回する軌道を外れて月を周回する軌道に移り、切り離し、なんてことをやったのだ。

 ジェミニ計画も、アポロ計画も、いかに危険で困難なミッションだったことか。われわれは成功した結果を見ているから、「ミッションは見事に成し遂げられた」「科学技術の勝利」などと言っていられるけど、とんでもない。宇宙に出て行く人たちもみな死を覚悟していたはずで、実際、酸素タンクが爆発して3人の乗組員が死んでしまう、といった事故も起きていた。宇宙船は爆発も乗組員の窒息死もいつ起きてもおかしくなかったから「ブリキ缶」だの「棺」だのと呼ばれていたのだ。無謀な逆転勝利を狙った大統領をはじめ政府の執念によって推し進められた計画で、結果を見れば成功でも、狂気の沙汰とさえ呼べる実態だった。

 成功の瞬間だけを実況した僕の父は「すごい」を繰り返し、「希望に満ち満ちて」と話し、成功を崇拝していたけど、そこに至るまでに訓練中もふくめ、多くの人の死が重ねられていた。まあ、「エンジニアリングは失敗の疎遠化」と言うのだそうだが。

 そんなことを踏まえてもらうと理解できると思うが、この映画で一番すばらしいのは、息子とのシーンだ。アームストロング船長は、わずか2歳の娘を亡くし、息子2人を育てていたのだが、弟が「パパ、月に行ったらどうするの?」とかわいらしく聞く。しかし、兄は黙っている。兄は、月に行けば死ぬかもしれないということが、わかっているのだ。この兄の最後の行動に、涙があふれ出た。

 チャゼル監督は、この映画のテーマは「真の強さ」だと語る。2歳の娘を失うという、まさにこの世の最悪の悲劇を経験し、心に深い傷を負ったまま、アームストロング船長は前に進む。そして失敗してもまた立ち上がる。この二つが「真の強さ」だという。悲しみを背負っている。同僚たちの死が重なる。それでも立ち上がる船長は、一般的なヒーローを超えたヒーローと言えるだろう。

 プロダクション・デザイナーのネイサン・クロウリーは、撮影用セットは実物より10%以上大きくてはいけないと言っている。だから、ほぼ実物大に作られていて、僕は映画で見て、こんな狭いところに人が入ること自体に驚いた。しかも、ガンガンガッガッガと凄まじい音を立て、僕らがカッコいいと思っていたアポロとは全然違うのだ。

 ところで、映画の最後に、各国語による中継シーンが流れ、日本語も出てくる。細かく確かめたわけではないが、これは父の声だと思われるのだ。もちろん、だからというわけではなく、みなさんにぜひ見てほしい映画だった。

石田純一(いしだ・じゅんいち)
1954年生まれ。東京都出身。ドラマ・バラエティを中心に幅広く活動中。妻でプロゴルファーの東尾理子さんとの間には、12年に誕生した理汰郎くんと2人の女児がいる。元プロ野球選手の東尾修さんは義父にあたる。

2019年3月13日掲載

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