会談決裂「トランプvs.金正恩」(下)合意拒否を後押しした「コーエン議会証言」
北朝鮮が要求した「寧辺核施設廃棄と国連制裁5件解除」という取引はあまりにも欲張ったもので、米国が受け入れる可能性はなかったと思うが、もう少し低いレベルの合意は不可能だったのだろうか。例えば寧辺の一部施設の廃棄と、終戦宣言や連絡事務所の設置などを取り引きし、制裁の解除や緩和は今後の協議に委ねるという選択だ。
「スモール合意」はできなかったのか
これに対してドナルド・トランプ米大統領は、会談後の記者会見で「何らかの署名をする可能性はあった。実際に文書を準備していたが、それはふさわしいものではなかった。私は事を急ぐよりも、正しく行いたい」と述べた。
今回の首脳会談が事実上の決裂となった理由は、これまでに述べてきたように、北朝鮮の過大な制裁解除要求と、寧辺以外の秘密のウラン濃縮施設の存在に触れられたくないということにあったわけだが、ある種の「スモール合意」を選択することは可能だっただろう。
トランプ大統領も語っているように、「合意文書」の準備はできていた。おそらくはその合意文書案は、対立点を空白にしたり、いくつかの選択肢を示したりしたようなものであろう。首脳会談を「成功」したと取り繕うためにレベルの低い合意を発表することは可能だったはずなのだ。しかし、トランプ大統領はそれをしなかった。
その判断に影響を与えたのは、本国で行われていた米議会でのトランプ氏の元弁護士、マイケル・コーエン被告の公聴会だったのではないか。北朝鮮には運悪くというべきか、この公聴会の日程が米朝首脳会談の日程と重なった。トランプ大統領は2月27日夜、ホテルの部屋で本国の公聴会の行方を見守ったはずだ。米国内では国民の関心は米朝首脳会談よりもこの公聴会に集まっていた。
米国内では米朝首脳会談前、政界やメディアからトランプ大統領が北朝鮮に必要以上の譲歩をするのではないかという危惧の念が出ていた。トランプ大統領は動物的な勘から「悪い合意より、合意なしの方が批判を受けない」と判断したとみられる。国内に帰ってコーエン証言による非難に、米朝合意への批判が加勢することを危惧したのだろう。トランプ大統領は「今回、われわれにはいくつかの選択肢があったが、どれも選択せず、様子を見ることにした」「合意文書に今日署名することもできたが、人々は『何てひどい合意だ、何てひどいことをしたんだ』と言っただろう」と発言している。
この判断は、彼にとってはおおむね正しかったようだ。米国内では合意ができなかったことへの批判はほとんどなく、合意しなかった判断が正しいという声が圧倒的に多かった。
『ニューヨーク・タイムズ』によると、今回のハノイ会談の決裂は、2月27日の夕食会で早くも予告されていたという。円卓テーブルに並んで座ったトランプ大統領が、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に「すべての核とミサイル廃棄+制裁の完全解除」というビッグ・ディールを提案したが、金党委員長がその場で拒否したという。このため翌28日午前、首脳会談は最初から緊張したムードだったと、同紙は伝えた。さらに米政権のマイク・ポンペオ国務長官やジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、金党委員長がビッグ・ディールを受け入れる可能性が事実上「ゼロ」と判断していたという。ポンペオ長官は大統領に、「若い北朝鮮のリーダーにしてやられたという印象を与える恐れもある」と、「スモール・ディール」水準の合意は受け入れないよう忠告したというのである。
交渉意欲をなくした
朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は3月1日付紙面で、首脳会談2日目の様子を写真付きで大きく報じたが、会談が決裂した事実は報じなかった。同紙は「朝米最高首脳たちは単独会談と拡大会談で、シンガポール共同声明を履行するための歴史的な道程で、刮目に値する前進が遂げられたことについて高く評価し、これに基づいて朝米関係改善の新しい時代を開いていくうえで提起される実践的な問題について建設的で虚心坦懐な意見交換を行った」と、会談の意義を前向きに評価した。
その上で「朝米最高首脳たちは、2回目となるハノイでの対面が相互に対する尊重と信頼をいっそう厚くし、両国の関係を新たな段階に跳躍させられる重要な契機になった」と評価した。
米朝交渉の今後についても「朝鮮半島の非核化と朝米関係の画期的発展のために今後も緊密に連携し、ハノイ首脳会談で論議された問題解決のための生産的な対話を引き続きつないでいくことにした」「敬愛する最高指導者は、トランプ大統領が遠い道を行き来しながら今回の対面と会談の成果のために積極的な努力を傾けたことに謝意を表し、新しい対面を約束しながら別れのあいさつを交わした」と、金党委員長がトランプ大統領に謝意を表し、「新たな対面」を約束したとした。
一方、深夜に記者会見をした崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官はこれとは対照的に「今回、私が首脳会談を横で見ながら、わが(金正恩)国務委員長が米国による米国式計算方法に対して少し理解に苦しんでいるのではないか、よく理解できないのではないかという印象を受けた」とした上で、「わが国務委員会委員長が今後のこのような朝米交渉に対して、少し意欲を失くしたのではないかという、そのような印象を受けた」とした。
北朝鮮の幹部が最高指導者の心境を代弁するというのも、異例のことである。米国の姿勢により、金党委員長は交渉意欲をなくしたようだと強調したのだ。さらに「そして今後、このようなチャンスが再び米国側に訪れるのか、これについて私は確信をもって言えない」と米国側に不満を表明した。
北朝鮮は明らかに、今回のトランプ大統領の姿勢、米国の態度にダブルスタンダードで臨んでいる。北朝鮮の国内メディアでは、金党委員長が平壌を出発した時から、今回の会談は成功するという前提で報道しており、いまさら修正はできない。だが、内部では米国への失望と反発、不満が充満している。それだけに、金党委員長の置かれた立場が苦しいといえる。
米韓合同軍事演習「終了」でつなぎ止め
トランプ大統領は3月2日、メリーランド州の保守政治行動会議(CPAC)での演説で「北朝鮮は合意できれば、素晴らしく明るい経済が待っている。だがもし核兵器を保持すれば、経済的将来はない」と述べ、北朝鮮に非核化を迫った。
米国も米朝交渉を継続する姿勢だ。トランプ大統領はハノイでの会見でも「関係は続けたいし、続けるつもりだ」と語った。「話し合いは続ける。安倍晋三首相や韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領には、これはプロセスであり動いているものだと伝える」と語り、会談の決裂はあくまでもプロセスであると強調した。
さらに、米韓両国は3月3日、例年春に行っている両国の最大規模の合同軍事演習である野外機動訓練「フォールイーグル」と指揮所演習「キー・リゾルブ」を終了すると発表した。今後は規模を大幅に縮小し、名称も変えて行う。今年の「キー・リゾルブ」の代わりの演習は4日から12日までと、規模や期間を大幅に短縮し、「同盟」という名前で実施する。「フォールイーグル」も縮小し、名称を変えて行う見通しだ。
韓国国防省は3月7日に、米韓両国が毎年夏に実施してきた米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」(UFG)についても、今後別の形で行うとし、「フォールイーグル」と「キー・リゾルブ」とともにUFGも終了することを明らかにした。
トランプ大統領は3月3日、ツイッターで演習終了について「何億ドルもの米国の金を節約するためだ。現時点で北朝鮮との緊張緩和も良いことだ」と書き込んだ。
北朝鮮はこれまで米韓合同軍事演習の中止を強く要求してきた。北朝鮮にとっては軍事的圧迫であると同時に、演習されると対応措置を取らざるを得ず大きな経済的な負担にもなってきた。この合同軍事演習終了は、北朝鮮が核実験、ミサイル発射実験の中止を続けていることへの見返りともいえる。トランプ大統領は経費節減という自身の主張もあるが、北朝鮮を対話につなぎ止め、対話再開への「誘い水」として演習終了を決めたとみられる。
トランプ大統領は3月4日、ツイッターでハノイでの第2回首脳会談では「軍事演習は決して協議していない」と強調しており、トランプ大統領の一方的な措置とみられる。
北朝鮮は首脳会談では何も得られなかったが、対話継続を求めるトランプ大統領のある種の「独り相撲」で、長年にわたって要求してきた米韓合同軍事演習の終了という大きな成果を得るという皮肉な結果となった。
だが、北朝鮮の『朝鮮中央通信』は3月7日、「キー・リゾルブ」を取りやめ、規模を縮小した米韓による新演習「同盟」を4日に開始したことに対し、米朝の共同声明や南北宣言に反すると非難した。北朝鮮の、こうした米韓合同軍事演習の終了を評価せずに代替演習を非難する「強欲」ぶりが、今回の会談破綻の原因であることを銘記すべきだろう。
北京にも寄らず帰国
トランプ大統領との会談で成果を出せなかった金党委員長だが、3月1日には最高指導北京にも寄らす帰国者のグエン・フー・チョン共産党書記長と会談するなど、ベトナム公式親善訪問の日程をこなした。ただ、経済施設訪問など一部の日程を取り消し、予定を若干繰り上げて3月2日午後1時半頃(中国時間)にベトナムのドンダン駅を出発した。
金党委員長を乗せた専用列車は3月4日午後9時半ごろ、中国の国境都市丹東から北朝鮮に入った。そして3月5日午前3時過ぎに平壌駅に到着した。平壌を出発してベトナムに向かう時は約3800キロを約66時間かけて移動したが、帰りは途中停車もせず最短距離を経由して約60時間で平壌に到着したとみられた。
なぜ、こんな時間に平壌に到着したのだろうか。行きと同じスピードで帰れば午前9時前後に到着するという、よい時間帯だ。会談が成功していればこうした時間に帰ったのだろうが、成果がなかっただけに平壌駅で大歓迎を受けることをはばかったのだろう。
当初は中国で習近平国家主席との会談を予測する向きもあったが、北京には立ち寄らなかった。北朝鮮側としても米朝首脳会談決裂という事態を受け、北朝鮮自身の路線の再検討を迫られており、一方で中国ではちょうど全国人民代表大会(全人代)が3月5日から始まる予定となっており、中国指導部も余裕がない時期だ。
党機関紙『労働新聞』は3月5日、金党委員長の帰国を大々的に報じた。記事の中では「世界の大きな関心と耳目が集まる中、第2回朝米首脳会談とベトナム訪問を成功裏に終えた」と記してはいるが、1面の見出しは「わが党と国家、軍隊の最高指導者、金正恩同志はベトナム社会主義共和国への公式親善訪問を成功裏に終えられ、祖国へ到着された」とし、ベトナム公式親善訪問の成功を前面に出した。
「過信」と「現実無視」
今回の米朝首脳会談で合意を生み出せなかったのは、トランプ大統領と金党委員長の双方が自身の交渉力を過信していたためだろう。専用列車で自信満々で平壌を出た金党委員長は失意の中で帰国しなければならなかった。実務協議で重要事項を詰めなくても、首脳会談でトランプ大統領を取り込めるという過信が過ちを招いた。トランプ大統領も交渉家という自信を持って事前の詰めもないままハノイに乗り込み、結果を出せなかった。
さらに双方が現実を無視した過大な要求を出し合ったという点だ。金党委員長は寧辺のプルトニウムやウランの濃縮施設を含む核施設の廃棄というカードを出せば、米国が国連安保理制裁5件の解除に応じると読んだ。しかし、これは実質的に北朝鮮経済に影響を与えている経済制裁の「90%以上」であり、客観的に見れば、米国が応じるはずのない要求であった。
一方、ボルトン補佐官によれば、トランプ大統領も北朝鮮に核施設、核兵器、生物化学兵器やミサイルを含めた大量破壊兵器すべての廃棄を求めた。これは北朝鮮に「全面武装解除せよ」と要求していることだ。これを北朝鮮が飲む可能性はない。
双方が現実を無視した過大な要求を突きつけ、会談は破綻した。事前協議である程度の合意文書はできていたとみられ、そこには終戦宣言や連絡事務所の相互設置なども書き込まれていた可能性が高い。しかし、最も核心的な過大である「非核化」と「制裁緩和・解除」では空白か、いくつかの選択肢を書き込む不十分な内容で、その判断を首脳会談に委ねたとみられる。これは短時間の会談で意見の差を埋めるには不可能な作業だ。
スティーブン・ビーガン北朝鮮問題特別代表と金革哲(キム・ヒョクチョル)特別代表は、ハノイで約20時間近くの実務協議を続けた。しかし、最後の25日の実務協議は30分で終わり、その後の作業を中断して首脳に委ねてしまった。
運が悪かったのは、米朝首脳会談中にロシア疑惑に関連したコーエン元弁護士の議会公聴会があったことだろう。国内に帰れば批判の世論が待っている中で「スモール合意」をすることは、さらに批判を浴びる可能性があり、大統領はこれを恐れたといえる。トランプ大統領は3月3日のツイッターでコーエン氏を「有罪の宣告を受けた嘘つきで詐欺師」と批判し、「北朝鮮との首脳会談で(私が会談場を)出てきたことに寄与した」と、米朝首脳会談決裂の要因の1つであることを認めた。
「東倉里」復旧の意図は?
韓国の情報機関・国家情報院は3月5日、国家の情報委員会への報告で、北朝鮮は寧辺の5000キロワット実験用原子炉の稼働は昨年末から中断しているが、平安北道鉄山郡にある東倉里ロケット発射場で、撤去した施設を復旧する動きが2月からあると報告した。
徐薫(ソ・フン)国家情報院長はこの動きと関連し、2つの可能性を指摘した。第1は米朝首脳会談が成功した場合に爆破効果を宣伝するためで、第2は首脳会談が失敗した場合にミサイルを再び発射するためだ、というのである。
さらに米国の北朝鮮分析サイト『38ノース』も3月5日、衛星写真に基づく分析として、東倉里のミサイル発射施設で2月16日から3月2日までの間に、部分的に解体されていたレール式移送施設や、エンジン燃焼実験場の一部が復旧されていると明らかにした。
金党委員長は昨年9月の南北首脳会談での合意文書で、「東倉里のエンジン実験場とロケット発射台を、関係国専門家の参観の下で、まず永久的に廃棄することにした」と約束した。
ただ、今回の復旧作業は2月から始まっており、米朝首脳会談の決裂後の動きではないため、北朝鮮の意図を読み解くのが難しい。
『38ノース』は3月7日には、東倉里のミサイル発射台付近の3月2日と6日の衛星写真を比較し、ミサイル関連施設の復旧が終わり、稼働可能な状態になった可能性があると明らかにした。
「人工衛星発射」の可能性も
北朝鮮では、この東倉里にある施設は「東倉里ミサイル発射実験場」ではなく「西海衛星発射場」と呼んでいる。北朝鮮の位置付けでは、ここは「ミサイル発射場」ではなく「衛星発射場」なのだ。
筆者はずっと疑問を持っている。金党委員長は非核化をめぐる交渉で、なぜ「東倉里のエンジン実験場とロケット発射台」を廃棄すると約束したのか、という問題だ。北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)とされる「火星14号」や「火星15号」は東倉里からではなく、それ以外の場所から移動式発射台を使って発射されている。
一方、この「西海衛星発射台」では2012年4月、同12月、2016年2月に「光明星3号」「光明星3号2号機」、「光明星4号」という人工衛星を乗せたロケットを発射している。
国連決議などにより、北朝鮮の人工衛星発射もミサイル技術を使ったものとして制裁違反とされるが、北朝鮮自身はミサイル発射実験と人工衛星発射実験を区別してきた。
一方で北朝鮮は、宇宙の平和利用の権利を強く主張してきた。北朝鮮は非核化を口にし、ミサイル発射実験をしないと約束しているが、宇宙の平和利用の一環としての人工衛星発射をしないとは一度も約束していない。
しかし、北朝鮮はなぜ、非核化交渉の中で、「豊渓里核実験場」と「東倉里のエンジン実験場とロケット発射台」を廃棄すると約束したのかが全くわからない。北朝鮮の論理に従えば、ここは「衛星発射場」であって「ミサイル発射場」ではないはずだ。宇宙の平和利用の権利を強く主張してきた北朝鮮の立場からすれば、他のミサイル発射場の廃棄は譲歩しても、衛星発射をする「西海衛星発射場」を非核化交渉の初期の交渉段階で廃棄の対象とするのは理解しがたい。
韓国政府によると、「西海衛星発射場」の完成には約4億ドルの経費がかかったという。2015年夏には発射台の高さを50メートルから60メートル以上にする工事を完了させた。これは、人工衛星打ち上げのために、より大きなロケットを使うためだとみられてきた。
北朝鮮はICBMはどこからでも発射できるが、人工衛星の発射場所は「西海衛星発射場」しかないと見られている中で、なぜここを廃棄すると言い出したのか理解に苦しむのである。
『共同通信』によると、米核問題専門家のジェフリー・ルイス氏は人工衛星運搬ロケットの準備をしている可能性がある、との見方を示した。
平壌郊外の山陰洞にあるミサイル工場を撮った2月22日の民間の衛星写真では、工場やその近くの鉄道の積み替え地点で、車両の活動が確認されたという。これは東倉里での工事の始まった時期とほぼ同じで、人工衛星の発射準備をしているのではないかという見方だ。
北朝鮮はミサイル発射をしないと約束しているが、人工衛星の発射をしないとは約束していない。しかしミサイルであれ人工衛星であれ、この発射実験を行えば、米朝交渉は当分の間再開が困難になる。トランプ大統領の残り任期を考えれば、そんな挑発ができるだろうか。
現時点での東倉里での動きは、北朝鮮の低レベルでの威嚇効果を狙った揺さぶりではないかとみられるが、米国が「ビッグ・ディール」を前面に出し、北朝鮮に事実上の「武装解除」を求める姿勢を崩さなければ、挑発に出る可能性も排除できない。
トランプの3回にわたる警告
トランプ大統領は3月6日、この東倉里について記者の質問に対し「もし、事実であるなら、金委員長にとても、とても失望する」と述べた。翌7日には「金委員長に失望するのか」と聞かれ、「もし、事実であれば」という前提を付けずに、「少し失望する」と答えた。さらに「見守ろう、約1年以内に皆さんに分かるだろう」と述べた。トランプ大統領が「1年以内に」と言及したことをとらえ、状況打開が長期化するのではないかとの見方も出た。
トランプ大統領は同8日にも3日連続でこの問題に言及し、「時間が物語るだろう。だが、北朝鮮、そして金委員長と私の関係はとても良い。良い関係を維持している。」とした。その上で「もし、彼がお互いの理解に合致しないことをするなら、私は驚くだろう。何が起きるか見てみよう」「だが、もし、実験をするなら大きく失望するだろう」と述べ、金党委員長に警告メッセージを送った。
「ノー・ディール」を解く方程式は?
今回の会談での「ノー・ディール」によって直面した難局を解く方程式を作り出すことは、容易ではなさそうだ。
トランプ大統領の記者会見内容に反論した北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は、寧辺核施設の廃棄の「相応の措置」として経済制裁5件の解除を求めた北朝鮮の要求について、「われわれのこうした原則的立場には、今後も変化はないであろうし、今後、米国が交渉を再び提起してくる場合も、われわれの方案に変化はないだろう」とした。崔善姫外務次官に至っては、金党委員長の気持ちまで忖度し「交渉意欲を失ったのでは」と反発した。
一方米国側では、ボルトン補佐官が3月3日に『CNN』とのインタビューで会談結果について、「米国の国益を守ったもので、紛れもなく米国にとって成功だった。北朝鮮との悪い取引を拒否した」と述べ、タカ派の主張を強めた。
ボルトン補佐官はこの間、対北朝鮮交渉の主役をポンペオ長官に譲り沈黙しているように見えていたが、会談が決裂すると、帰国後の3月3日に『FOXニュース』、『CBS』、『CNN』に連続して出演。北朝鮮の全面武装解除を求めたともいえる「ビッグ・ディール」文書を、トランプ大統領が1日目の夕食会で金党委員長に渡したことを公開するなど、北朝鮮への圧迫を強めた。
ボルトン補佐官が語ったように、金党委員長に渡された米国の「ビッグ・ディール」文書に生物化学兵器やすべてのミサイルなど大量破壊兵器の廃棄までが含まれているのであれば、北朝鮮はこれを「全面武装解除」と見なすのは間違いなく、交渉は困難だろう。ボルトン補佐官は、北朝鮮は非核化の約束だけして経済的な利益を得て、後で合意を破る考えだと北朝鮮への不信感を露わにした。トランプ大統領がボルトン補佐官のこうした考えに乗るなら米朝交渉は接点を見つけることはできないだろう。
一方で交渉派のポンペオ長官は、3月3日付『USAトゥデイ』とのインタビューで「北朝鮮が語ろうとしたのはわれわれと対話を続ける準備ができているということであり、それはわれわれの意図でもある」と語り、交渉継続の姿勢を明確にした。
ポンペオ長官は訪問先の米アイオワ州で同5日、「まだ約束はできないが、われわれは協議に戻り、数週間のうちに平壌にチームを派遣して、米朝の妥協点を見つける仕事を続けられるようになることを期待している」と述べた。ビーガン特別代表を平壌へ派遣する考えとみられるが、会談決裂で政権内で発言力を強めているボルトン補佐官との主導権争いが激しくなりそうだ。
この会談結果を乗り越えて、何らかの接点が生まれるとすれば、それは米朝双方共に交渉による局面打開を必要としているということだろう。
特に切実なのは北朝鮮だ。北朝鮮の交渉相手は、トランプ大統領以外にあり得ない。次期大統領選挙で誰が大統領に当選しようと、その人物がトランプ大統領でなければ北朝鮮との危険な交渉をしようとはしないだろう。その意味で、北朝鮮に残された時間は2021年1月までの2年足らずだ。そこまでに最低限でも制裁を解除し、米国との敵対関係を解消しなければならない。
さらにもう1つは、国連制裁の影響だ。既に北朝鮮の対中輸出は、昨年は対前年比88%減と約1割になり、貿易総額も52%減と前年の半分に落ち込んだ。現在はまだコメなど食料品の価格や為替レートなども比較的安定しているが、これは、過去の対中貿易での石炭や鉄鉱石の輸出などで、北朝鮮が国際社会が予想した以上の外貨を保有していたためとみられる。しかし、国連の経済制裁は今後、次第に北朝鮮経済に深刻な影響を与えるだろう。
金正恩政権が政治的には粛清などで強権政治を続けながらも安定しているのは、市場経済的要素を取り入れて経済的に安定しているからだ。逆に言えば、市場経済的な状況を受け入れた住民が再び1990年代の「苦難の行軍」のような経済危機を甘受することは困難だろう。金正恩政権は政権の安定のためにも米国との交渉を成立させなくてはならない。
この方程式を解くには一定の時間が必要だが、トランプ政権の任期を考えるとそう余裕はない。トランプ大統領もロシア疑惑などで残り任期は厳しい攻撃にさらされるだろう。その意味で、北朝鮮問題は成果を示せる数少ない外交課題だ。
世界で一番喜んでいる安倍政権
この会談で米朝双方以上に結果に失望したのは韓国の文在寅政権だろう。なんとか合意を生み出して、金剛山観光や開城工業団地を再開し、南北経済協力を進めたいという思惑であった。韓国も国連制裁の枠組みの中では北朝鮮との経済協力は限界がある。
しかし、逆の見方をすれば、米朝の接近で韓国は存在意義が薄くなっていたが、米朝が接点を見つけ出すことが困難になり、韓国政府の出番が生まれてきたとも言える。
トランプ大統領は2月28日にベトナムからの帰国の途に就き、大統領専用機から韓国の文大統領、日本の安倍首相に電話をした。韓国政府によれば、トランプ大統領は文大統領に対し「今後、北朝鮮が非核化の意志を実践的に履行するように緊密に協力して行こう」と語り、「文大統領が金正恩国務委員長と対話をし、その結果を教えてくれるなど積極的に仲介の役割を果たしてほしい」と仲介の労を要請したとした。韓国の与党「共に民主党」の李海瓚(イ・ヘチャン)代表は3月4日、トランプ大統領が文大統領との電話で7回も仲介を要請したと明らかにした。
文大統領は3月1日の3.1独立運動100周年の記念式辞の中でも「ここで、われわれの役割が重要になってきた。韓国政府は米国、北と緊密に意思疎通しながら協力し、両国間の対話の完全な妥結を必ず実現させてみせます」と米朝の妥協のために努力すると訴えた。
昨年5月にトランプ大統領が米朝首脳会談の開催中止を発表すると、金党委員長と文大統領は板門店で実務協議のような南北首脳会談を開いた。これに近いようなことが起きる可能性もある。金党委員長は米朝首脳会談が失敗したことでソウル訪問は先送りになるだろうが、板門店や平壌で米朝交渉再開に向けた首脳会談をする可能性は高まった。
習近平中国国家主席の訪朝も近くあるという見方もあり、北朝鮮は中韓との協議を経て対米戦略や協議のやり方、対話ラインの再編などを迫られるとみられる。
一方、今回の首脳会談決裂に胸をなで下ろし、世界で一番喜んでいるのは日本の安倍政権だろう。安倍首相は3月1日の衆院予算委員会で、米朝首脳会談について「(事前に)トランプ大統領に、安易な譲歩は行うべきではないとの考え方を伝えていた」と明らかにした。その意味では、今回の決裂は安倍首相の考え方に沿うものだ。
だが、トランプ大統領は拉致問題を取り上げたと日本側に伝えてきたが、金党委員長の反応は分からない。一部報道では会談の冒頭で取り上げたというが、日本政府は詳細を明かさない。それは肯定的な反応がなかったためとみられる。北朝鮮は対米交渉に没頭し、対日どころではない。安倍首相は「次は私自身が金氏と向き合わなければいけない」と日朝首脳会談に意欲を示すが、北朝鮮からは安倍首相を相手にするそぶりは見えない。北朝鮮への経済制裁の堅持を最も強く主張しているのも日本政府であり、経済制裁解除を当面の主要目的にしている北朝鮮からは、米国以上に憎たらしい存在だ。
党機関紙『労働新聞』は3月8日付で「鼻持ちならない島国の種族は天罰を免れないであろう」と題した記事を掲載した。この記事は「(米朝)会談が意外にも合意文なく終了した」と、北朝鮮メディアとして初めて米朝首脳会談で合意文がなかったことを報じた。だが、この論評の狙いは米朝首脳会談への言及でなく、日本批判だった。内外が嘆息を禁じられずにいるのに「唯一、日本の反動らだけはあたかも待っていた朗報にでも接したように拍手をし、小憎たらしく振る舞っている」と非難した。
官邸に近いサイドでは、米朝関係が悪化すれば北朝鮮は日本に近づく、などと我田引水的な見方をする向きもあるが、2002年の小泉純一郎首相(当時)の訪朝時と状況はまったく異なる。小泉首相は拉致問題の解決と国交正常化のディールを狙ったが、安倍首相が狙っているのは拉致問題の解決だけだ。北朝鮮としては、制裁の解除がないのに日本と国交を正常化しても経済支援も受けることはできない。そんな状況で日朝首脳会談に応じるとは思えない。
鳴り物入りで開催された第2回米朝首脳会談だが、この「ノー・ディール」が生み出した状況を解く方程式は定かではない。だが、米朝双方とも交渉を要求している。それも時間的に切迫している。韓国という「触媒」が今回も効果を発揮するかどうか、米国との貿易戦争を終息させたい中国が北朝鮮カードをどう使ってくるか、まだ不透明だ。しかし、米朝交渉は結局は再開されるだろう。トランプ大統領も金党委員長もそれを求めているのだから。だが、トランプ大統領が再選されなければ、結局は時間切れになる可能性が高い。ハノイでの米朝首脳会談の決裂は米朝交渉の終焉ではなく、プロセスだと考えるが、クリントン政権末の2000年に米朝国交正常化直前まで行きながら、民主党のアル・ゴア候補の落選ですべてがご破算になった記憶がまたよみがえるのである。