各国大使推薦「現代アーティスト」が集合「World Art Tokyo」に込められた「思い」
世界31カ国もの駐日大使が推薦した自国アーティストの作品が一堂に会する国際展「World Art Tokyo 2019(WAT)」(3月7~10日、東京国際フォーラム)。
他に類を見ないこの展覧会は、2018年から文化庁主催の日本文化海外発信事業「国際的な文化発信拠点の基盤構築に向けた試行プロジェクト」の一環として開催されている。昨年は「パンゲア・テクトニクス 地殻変動するアート・ものがたりの分岐点」をテーマに9カ国のアーティストが紹介されたが、今年は参加国が大幅に増え、東京国際フォーラムで行われる本展のほか、羽田空港にサテライト会場が設けられ、丸の内にあるホテル「ザ・ペニンシュラ東京」では、WAT2018のアーティストが参加するイベントが行われるほどに成長した。いったいどのような展覧会なのか。WATプロデューサーの李美香さんにその魅力を聞いた。
エコロケーションとバイブレーション
「今年で14回目の開催を迎える『アートフェア東京』は、日本最大級の国際的なアートの見本市として知名度を上げていて、昨年は入場者数も6万人を超えました。各国の大使館からもご後援をいただき、今年は日本に155カ国ある大使館のうち104の大使館が参加しています。そのつながりの中で大使館の方から、『自国のアーティストをどうやったら日本でアピールできるだろうか』と相談を受けるようになりました。そこで、自国も日本もよく知る駐日大使にこそ、今後グローバルに活躍するであろう自国のアーティストを推薦していただければいいのでは、と考えたのが、この展覧会が始まるきっかけでした。そこで、“東京”を舞台に世界に発信していける場を我々が提供し、大学でアートプロデュースを学んでいる学生をキュレーターに据えて、産官学が連携して取り組むプロジェクトとして発足したのです」
今年のテーマは「Vibrant Planet If the world is our vibration」。キュレーターに起用された東京藝術大学の学生である三宅敦大(みやけ・あつひろ)さんと杭亦舒(ハン・イシュ)さんが考えたという。
「31カ国それぞれのアーティストは異なった環境で育ち、政治的・宗教的なバックグラウンドも違っています。ですが、彼らの作品が発信するエコロケーション(動物が周囲の状況を知るために放つ超音波)が、バイブレーション(波動)として他の人たちに伝わっていき、アーティストも観る側も自分の立ち位置や行き先を再確認する――というのがコンセプトです」
多くの国に参加してもらおうと、李さんは155カ国の大使館すべてに「自国のエマージングなアーティストを応援しましょう」と声をかけ、返答があった国には大使館に直接出向き、丁寧に説明を行った。
参加国の中には、アフガニスタンや西アフリカのベナン、中米のホンジュラスといったアートシーンでは意外ともいえる国の名前もある。
「そうした国々のアートに触れることができるのも、この展覧会の1つの見どころだと思っています。アフガニスタンの大使が、『やはり、自分たちの国はメディアを通じて、戦闘や貧困といった悪いイメージばかりが先行している。しかし、私たちの国にも優れたアートは存在するし、そのことを訴えようとしている人たちもいる。そこを捉えてほしい。だからこそWATに参加して、メディアのあり方すら変えたいんだ』と話しているのを聞いて、私自身もこの展覧会を行う価値があると思えました。大使が推薦するアミン・タアシャさんは1995年生まれの非常に若いアーティストですが、アフガニスタンがかつて東西様々な文化の交差点に位置していたように、中国やペルシャといった異なる文化の伝統的なイメージをかけ合わせた作品を手掛けています。
アミンさんに限らず、各国のアーティストの作品には、様々な“メッセージ”が込められています。自分たちが抱える社会や環境について問題提起しているそれぞれの国の作品を同じ時、同じ場所で見ることができることもこの展覧会の魅力であり、意義でもあると思っています。
コンゴのエメ・パネさんはアフリカの植民地主義の遺産と傷跡をテーマに立体作品を多く制作していますが、シリアスな問題を誰が見ても理解できるようポップに、でも強く訴えかけてくる力を持ったアートに仕上げています。彼はアフリカでトップ10のアーティストに選ばれた実力の持ち主。こうした日本ではあまり知られていないけれども、他の国々では知られてきている方や、オークションでは高値で取引がされている方の作品に、WATでは出合うことができるのです」
日本の素材と西洋の技法
アーティストを大使に推薦してもらう際、1度に3人ほどの候補を挙げてもらい、偏りのないようにキュレーションしただけあって、作品は絵画や立体、写真などバラエティーに富んでいる。
「注目していただきたい作家を挙げればキリがありませんが、ホンジュラスのアダン・バジェシージョさんは社会学を学んだ方で、そのアプローチから素材の意味を再定義していて、今回は使われなくなった車のフィルターをアーティスティックに作り直しています。また、韓国のキム・ドヒさんは衣類を用いて、人間が生まれ落ちたときから死にゆくまでを視覚的に表します。メキシコの写真家フアン・カルロス・ピントさんは東京を拠点に活動していて、光と影を日本らしい繊細さで美しく表現している。建築家、女優でもあるニュージーランドのロークラ・トゥレイさんは先住民にルーツを持ち、彼女の作品はマオリ族の神々の詩的な側面を彷彿とさせます。また、アルゼンチンのアド・ミノリーティさんはジェンダー理論を絵画に落とし込んで不思議なコラージュ作品を見せてくれます」
サテライト会場ではWATに先駆けて、WAT2019クロアチア代表アーティストのジョージア・ボーシックさんの作品が羽田空港(3月5~10日)に、WAT2018イタリア代表アーティストのジャンルカ・マルジェーリさんの新作がザ・ペニンシュラ東京のエントランス(3月6~10日)に展示されている。
「ボーシックさんは日本在住。彼女はもともとフライトアテンダントだったのですが、30歳のころにアーティストに転身しました。太鼓や琴の音色からインスピレーションを得て、日本の素材である屏風に、西洋のペインティング技術を用いて絵画を描いています。地方と東京、そして世界をつなぐ羽田空港だからこそ、西洋と東洋が交わる文化を発信させたいと思いました。
マルジェーリさんは昨年WAT2018に参加し、イタリア大使公邸にある日本庭園の木の枝を使用してインスタレーションを発表しました。アートフェア東京に出品した作品はポンピドゥーセンターに購入されたと聞いています。今年はこの展示に合わせて日本に滞在し、制作に励んでくださいました」
李さんにもWATを通じて伝えたいメッセージがあるという。
「アートには言葉がなくても、言葉以上に伝わる何かがあります。関係が冷えている国同士でもアートを介して、それぞれの状況を把握し、会話をすることができるかもしれません。各国のアートから多くのものを受け取っていただければと思います」
会期:3月7日(木)~10日(日)
会場:東京国際フォーラム
※入場無料