流行する「オンラインサロン」の宗教性(古市憲寿)
あるベンチャー企業の話だ(一応、架空ということにしておく)。
創業当初、人手もお金もなかったので、大学生をアルバイトで安く雇うことにした。さらに事業が拡大しそうになったので、今度は「バイト」を「インターン」と名前を変え、ただ働きをさせることにした。すると不思議なことに、お金を払っていた時よりも熱心な学生が集まって来る。
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ここで経営者はさらに一計を案じた。「インターン」ではなく「教室」ということにして、集まってきた人から「授業料」を取って仕事を任せてみたのだ。結果は大成功だった。
お願いしている仕事自体は、「バイト」時代と「教室」時代で大して変わっていない。しかし「教室」の場合、みんな何かを得ようと熱心だし、仕事を義務だと思わずに、自己研鑽の一過程だと信じてくれる。結果、お金を払って頼んでいたことが、逆にお金を生む収益源になってしまったのだ。
この事例は極端だが、お金を払った時のほうが熱意を持って物事に取り組めるというのは、誰にでも心当たりがあるのではないだろうか。
たとえば最近流行のオンラインサロン。有名人が主宰者となり、支援者から月謝を集め、様々な交流をする集まりのことだ。ホリエモンなどの人気サロンは、月に1千万円以上の収益を上げている。
中には、「仕事」にしか見えないことに、メンバーが嬉々として取り組んでいるサロンもある。イベントの準備をしたり、文字起こしをしたり、主宰者の鞄持ちになったり。当人が満足しているのだから他人が口を挟むことは何もない。
ただその様子は新興宗教に似ている。同じ価値観を持った人が集まり、教祖や教団のために尽くそうとする。信者は新たな信者集めに奔走したり、他宗教を罵ったりする。
もちろん宗教を持つのは、悪いことではない。日本ではオウム真理教事件以降、「宗教」に対するアレルギーが強くなったが、この国の人々から信仰心が消えたわけではない。世論調査を見てみると、特定の宗教を信じる人は減っているが、「あの世の存在」「奇跡」「お守り、おふだの力」など「宗教的なもの」を信じる人の割合は増加傾向にある。
実際、21世紀に入ると「スピリチュアル」ブームが起こり、パワースポットも話題になった。しまいにはどこでもパワースポットということになり、原発事故前にはある脚本家が原子炉格納容器の上に立ち、「まさにウランの核分裂が起きているというものすごいパワースポット!」と叫ぶ有様だった(「婦人公論」2009年8月22日号)。
人々が一切の宗教と無縁で暮らすことは難しい。合理的思考だけで生きていけるほど強い人は中々いない。そこに登場したのが、新興宗教であり、スピリチュアルであり、オンラインサロンなのだろう。しかし教祖もまた人間。彼や彼女が不安になった時はどうするのか。教祖だけが入れる宗教、儲かりそうである。