安田顕×倍賞美津子×宮川サトシ「ぼくいこ」映画化記念鼎談

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病気になって気づくこと

宮川 原作にはないシーンですが、倍賞さんが車から身を乗り出して楽しそうに笑うシーンがありますね。ああ、うちの母もこういう風に花が咲いたように笑う人だったな、と思い、そしてそういうことすら忘れてたな、とも思って、あそこはまた見ると、たぶん泣いちゃいます。

安田 この映画はやっぱり倍賞さんで、僕も共演できたことが財産になった。倍賞さん、普段のお話もとっても面白いんですけど、視点っていうか、何気なく見ているものがぜんぜん違う。琵琶湖のシーンで石橋さんと2人で立っていらして、木に鳥のつがいがいるのを見て、「チュッチュッチュッチュッしているよ」とか、あるいはロケバスから道端を指して「ちょっと見て、曼珠沙華、曼珠沙華」とか、そういうものがいつも目に入っている。

倍賞 割と2人で待っている時間が多かったから、いろんな話をしましたね。

安田 琵琶湖に入る時は「あなた泳げる? わかった。あなた平泳ぎでしょ。そういうタイプ」って。

倍賞 ハハハハ。

安田 どこ見たらわかるんですか。

倍賞 あるんですよ。クロールじゃないとか、バックじゃないとか、感じるものが。

宮川 ちなみに僕は何泳ぎですか?

倍賞 やめてくださいよ。

安田 平泳ぎ。

宮川 そうです。

安田 一致しましたね。

倍賞 撮影した大垣はよかったですね。好きになりました。あそこ、病院がいっぱいあるのね。ロケ現場の病院も有名な所なんでしょ。

安田 僕、お母さんとのお別れのシーンを病院で撮った翌日、朝イチで走ったんですよ。その後、楽屋に戻ったら近くで電信柱の抜き替え作業をやっていたんですね。珍しいからじっと見ていた。そしたら突然気を失って、倒れて頭を打ったらしい。

宮川 ええっ。

安田 それで病院まで運ばれたんですが、そこで「あれ、オレ、昨日ここに来ましたよね」と聞いたら「はい、そうです」って。脳波を調べてもらいました。それで僕もあの町が好きになっちゃった。

倍賞 おかしいなぁ(笑)。

安田 続きがありまして、東京に戻ってペットショップに行ったら、トイプードルがいたんですよ。そこに大垣出身って書いてあって――買っちゃいました。

倍賞 買っちゃったの? 大垣出身の犬。

宮川 ご縁ですねぇ。

安田 いろいろありましたね。今日、ここでロケ現場のことを思い出しながら、ぼんやり思うのは、ありふれた家族のありふれた日常の中に、特別なことが本当にいっぱいあるってことですね。それを普段は見落としている。僕は曼珠沙華に気がつかないし、あんまりアンテナ張ってないな、と思ったけど、この作品は、そうした見落としそうなものを積み重ねていくと、温かい気持ちになれたり優しい気持ちになれたりすることを、説教臭くなく投げかけてくれるんですね。

倍賞 そうね。ニュースってすごい勢いで流れていくじゃない。スピードが速くて、遅い人がどんどん置いていかれる。でもそうじゃない、その中には自分の心を動かされるものや幸せを感じるものがあるよ、ということだよね。体を壊したり死と向かい合ったりした時、ふっと立ち止まって考えるとわかる。この作品はそれを感じさせてくれます。

宮川 もう全てお二人に語っていただいた感じです。僕にはこう見てほしいというのは全然なくて、親孝行してほしいわけでもない。ただこの映画も原作も、死の明るい部分をすごく描いている。悲しみのすぐそばにバカな部分があったり雑念があったりする。そこもとても大事だと思っていて、見ていただきたい所ですね。

週刊新潮 2019年2月28日号掲載

特別鼎談「映画化記念『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』 『がん宣告』で輝きだした『ありふれた日常』」より

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