安田顕×倍賞美津子×宮川サトシ「ぼくいこ」映画化記念鼎談
実際の場面そっくり
映画の山場の一つに、もはや満足に話ができなくなった母親が病室のベッドで体を起し、ものを書き出すシーンがある。字は乱れに乱れ、意味も不明な箇所もあったが、それはサトシと恋人に結婚を促すものだった――。
安田 その時の実物の書付を見ましたが、肉筆って遺されたパワーがすごいですね。こんなにぐっとくるものなんだな、と思った。
倍賞 あのシーン、実は、私は左手で書いたんです。本当は左利きなんだけど、右で字を書くよう直されてもう左で字を書くことを忘れているわけ。実際のお母さまが左利きだったのでわざと左手で書きました。
宮川 最終的には実物を使っていただけたんですか?
安田 実物をもとに倍賞さんが書かれた。
倍賞 書いた覚えがあるような。あれ、夢かな。どっちを使ったかわかんない。
安田 夢じゃないですよ。倍賞さんのを使ったと思いますよ。
宮川 そのシーンもそうですが、僕はこの映画、脳ミソにうっすら残っている記憶と、映画の場面が混同して、頭の中で混じってしまっていますね。そもそも初めて見た時、この映画見たことあるな、という気持ちになったんです。あのシーンも、見てきたんですか、というくらいにそっくりで驚きました。
安田 僕の好きなシーンは二つあるんですが、一つは中学生のサトシが保健室の先生から病気の疑いがあるという手紙をもらって、それを母親が縁側で読んでいるところですね。そしてただ息子の方を振り返るんですけど、そこに心のひだがいっぱい見える気がした。
もう一つは琵琶湖のシーンで、石橋蓮司さん演じるお父さんのシャツを倍賞さんが脱がせて「泳いでらっしゃい」と言うところ。それだけで夫婦の関係がわかる。シャツ脱がす仕草なんて、監督が指導できない。それは俳優さんの中から出てくるもので、そこが素晴らしかったですね。
倍賞 私は幼い頃のサトシと畑で走るシーンかな。すっごい暑い日で頭がクラクラしてくるんですよ。しかも道に石が散らばっていて痛くて。初日からこれかぁ、と思った。
安田 あの畦道を「わーっ」と行くところですね。
倍賞 そう。道がギザギザ。「大丈夫ですか」って言われて「ダメよ」とは言えないじゃない。
安田 あれ、裸足で走っているじゃないですか。
倍賞 フフフ。うまく履いてるのよ、あれ。
安田 えーっ。僕も同じ所走ったんですよ、その時、「お母さんはどうしたの?」と聞いたら「裸足でしたね」って。そう言われたら裸足で走るしかない。
倍賞 ハハハハ。やっぱりスピード出さなきゃと思うわけですよ。
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