がんになった「がん専門医」の独白 自分を検査してみたら“白い影”が見つかって…

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大きさ1・5センチのがん組織

「これはがんに違いない」

 長年、患者さんのがんを診てきたのですから、すぐに分かりました。腸などであれば、単なるポリープの可能性もありますが、膀胱の内壁が不自然に飛び出しているのは、おそらく、がんしかありません。

 念のため東大病院の泌尿器科の後輩に画像を送って診てもらったところ、

「(がんとは)違う可能性もありますが、やはり腫瘍を第一に考えたほうが良いと思います」

 との返事。医師は精密検査ではっきりするまで、がんとは断定しないものです。しかし、人間とは弱いもので、がん専門医でありながら、「がんとは違う可能性」と言われ、その言葉にすがってしまう自分がいました。

 淡い希望は、翌日、すぐに打ち砕かれます。精密検査は尿道から内視鏡を入れて直接膀胱の中を診るというもの。すると、左の尿管口(尿管が膀胱とつながっている場所)の上に、やはり、がん組織があったのです。大きさは1・5センチ。ここまで大きくなるまでには10年ほどかかったでしょうか。

 幸い、がんは筋肉の層までは浸潤していませんでした。がん細胞というのは、最初に臓器の表面(上皮)にできて、そこから広がって行きます。私の場合は粘膜のあたりに留まっている「表在性がん」(早期がんに分類される)ですから、内視鏡での切除が出来る。その場で、入院と手術日の予約を入れました。

〈膀胱がんといえば、俳優の菅原文太氏や、最近では「とくダネ!」の小倉智昭氏が罹ったことで知られている。1万人に1人ぐらいと罹患率は高くないが、再発することが多い(1年以内で24%、5年以内で54%程度)。また、がんが筋肉層まで浸潤すると膀胱の全摘も選択肢に入れなくてはならない。全摘になると、「ストマ」という人工膀胱を設け、尿を受ける袋を身体の外につけながらの生活になる。慣れてしまえば不便はないが、尿意を感じないので、尿を定期的に捨てる必要がある。これに抵抗を感じる患者も少なくない〉

 私は、がん専門医として菅原文太さんの治療を担当したことがあります。文太さんのケースでは、がんが進行しており、全摘も考えなくてはいけない状態でした。しかし、彼は「コンビニの袋みたいなのを付けるのは嫌だ」、「立小便ができない生活なんて考えられねえ」と嫌がった。そこで、陽子線(放射線)治療に切り替え、これがうまく行きました。私のがんは、早期でしたが、文太さんの気持ちが改めて分かった気がしたものです。

(2)につづく

中川恵一(なかがわ・けいいち)
東京大学医学部附属病院准教授(放射線科)。文科省「がん教育」の在り方に関する検討会委員。著書に『がんの練習帳』など多数。

週刊新潮 2019年1月31日号掲載

特集「がんになった『がん専門医』の独白」

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