被害者に寄り添う「正義感」が冤罪を生む?
99.9パーセントの被告が有罪になるという、日本の異様な刑事司法のなかで、14件もの冤罪を晴らしてきた異色の弁護士、今村核氏に密着取材して『雪ぐ人』(NHK出版)を上梓したNHKエデュケーショナル・ディレクターの佐々木健一さんと、「うちの息子がひどいいじめを受けた」という保護者の「嘘」によって窮地に追いやられた教師たちの苦闘を描いたルポ『でっちあげ』『モンスターマザー』の著者・福田ますみさんに語り合ってもらった。第三回では弱者に寄り添い、「真実」を求める「正義感」の危うさについて。
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福田 私の取材した事件では、保護者の嘘を真に受けた弁護士が山のようにいました。保護者の周辺に取材すれば、『でっちあげ』の母親が言っていることがおかしいことは簡単にわかるのですが、それでも彼女の弁護団は結局数百人規模にのぼりました。被害者、弱者を守らねばという「正義感」が判断力を鈍らせるんですね。
佐々木 「人を信じる」というのは本当にむずかしいですね。そしてまちがいに気づいて軌道修正することもまたむずかしい。『でっちあげ』の母親の弁護士たちは、これだけ真相が明らかになっても、「彼女は真実を語っているんだ」という態度を改めることはできませんでした。
福田 記者を集めて派手に「こんなひどい教師がいる」とぶちあげてしまった手前、引き返せなくなったのかもしれません。
佐々木 検察官も、立件して裁判に持ち込んでしまうと、絶対に引き返せないということもあるでしょうね。
福田 「自分は被害者だ」と自称している人の言うことならば、すべて正しいんだと頭から信じる「正義感」が冤罪を生むんだと思います。
佐々木 冤罪被害者の汚名が雪がれて、壊れてしまった個人の人生が補償される機会はきわめて少ない。それに比べれば、検察官が自分の主張を軌道修正することはまだ容易いはずなんですが、大きな組織の一員だからか、それがなかなかできない。自戒の念を込めていいますが、マスコミも同じですね。
福田 締切が厳しくなればなるほど声の大きい被害者からばかり話を聞いてしまうし、書いたことをなかなか引っ込められない。私が主に記事を書いてきた「新潮45」のような月刊誌はもう少し余裕があります。雑誌ももちろん締切はありますが、私のように物好きで風来坊みたいなフリーライターならば「まだ確かなことは書けないな」と思えば「書かないという選択肢」もあります。もちろん原稿料がもらえなくて生活は困りますが。大マスコミが捕捉しきれないテーマに目をつけるという点で“ニッチ産業”のようでもあります(笑)。
佐々木 ぼくは「真実」という言葉をあまり使わないようにしているんです。番組を作ったり本を書くにあたっては、たくさんの「事実」を集めますが、「これが真実です」と言い切ってしまうと冤罪を生む側と同じように、もしそれが間違っていた時に軌道修正をしなくなりそうな気がするんです。
福田 カルロス・ゴーンが逮捕されて、取り調べに弁護士が同席できないとか、否認すると保釈されないという日本独自のルールが海外から批判されつつありますが、司法制度にも問題がありそうです。
佐々木 日本の司法制度が国際的に見てかなり古いことはたしかでしょうね。2006年に取り調べの一部可視化が始まりましたが、検察側に有利に使われる懸念があります。たとえやっていなくても、さっさと嘘の自白をしてしまって罰金を払ったり和解に応じてしまった方がいい、長年裁判で争うよりはマシだということにもなっていきますよね。こうした日本の刑事司法の歪みが冤罪を生んでいる面もあります。