フェイクニュース時代に「真相」を見極めるたったひとつの方法

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 99.9パーセントの被告が有罪になるという日本の異様な刑事司法のなかで、14件もの無罪判決を勝ち取っている異色の弁護士、今村核氏に取材して『雪ぐ人』(NHK出版)を上梓したNHKエデュケーショナル・ディレクターの佐々木健一さんと、「うちの息子がひどいいじめを受けた」という保護者の「嘘」によって窮地に追いやられた教師たちの苦闘を描いたルポ『でっちあげ』『モンスターマザー』の著者・福田ますみさんに語り合ってもらった。第二回では、フェイク情報が氾濫し、ファクトを見極めることがむずかしくなった現代に警鐘を鳴らす。

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佐々木 福田さんが取材した丸子実業高校の「いじめ自殺事件」のことはぼくもリアルタイムで見ていて、「いじめを苦にして自殺した」という高校生の母親の主張をうのみにしていた一人でもあるんですが、マスコミにもでっちあげに加担してしまった人と「この事件おかしいんじゃないか」という人、どちらもいたと思います。その別れ道はどこにあったんでしょうか。

福田 もともと冤罪事件には興味があったからかもしれません。70年代に甲山事件というのが起こりました。兵庫県の甲山学園という知的障害者施設で園児二人が溺死しているのが発見されて、沢崎悦子さんという保母さんが逮捕されたんです。彼女は何日間も拘束されて、よくある刑事ドラマと同じように、一人の刑事に「お前が殺したんだろう!」と怒鳴られ、もう一人には優しく諭すように「えっちゃん、本当のことを言いなさい」と説かれて、嘘の「自白」をしてしまうんですが、一度は証拠不十分で釈放されます。ところが若くて熱意のある弁護士に「証拠不十分で起訴見送りというのは、完全にあなたの不名誉が雪がれたわけではないということ」と言われて、沢崎さんは国家賠償請求訴訟を起こすんですね。そして報復かどうかはわかりませんが、警察は彼女を再逮捕するわけです。しかし彼女はその後20年にわたる裁判のなかで一度も有罪判決を受けませんでした。『でっちあげ』で取材した事件については、保護者に言いがかりをつけられた教諭が自らマスコミに潔白を主張しなければ誰も守ってくれないと気がついたタイミングで、長時間話を聞くことができた幸運に恵まれただけなのですが……。

佐々木 テレビの報道記者も新聞記者もすぐに記事を出すことを求められるので、手っ取り早く取材しやすい人を取材して済ませてしまう傾向はあると思います。大学時代にドキュメンタリーを作ろうと、ハンセン病の元患者たちが国家賠償請求訴訟を提訴した頃だったので、ハンセン病の元患者の療養所である多磨全生園に通っていたのですが、マスコミが入所者の中でも取材しやすい人にばかり取材しているのを見て、とても驚きました。いわゆる共産党系で原告団に入っている人になるんですが、そういう方々は当時、入所者の2割くらいだったんですね。入所者にも一般社会と同じように自民党系の人や無派閥の人も当然いるのに、2割の人が語ることを全体の意見として伝えているように見えました。ぼく自身は政治運動にかかわったこともない、ただの大学生で、国賠訴訟の原告団の支援者に頼まれてビラ配りを手伝いましたが、中には受け取ってもくれない入所者の方もいました。療養所で暮らす人もさまざまで複雑な感情を抱いていることを目の当たりにしたんです。事実を丁寧に取材しなければならないと思う原体験になりました。

福田 ハンセン病のことは、隔離政策は不要だといって学会から追放された小笠原登医師に強い関心を持って、私も一時期調べましたが、欧米ではかなりはやい時期に特効薬ができて隔離や断種をやめているのに、日本はつい最近まで続けていました。

佐々木 入所者の元患者たちは、らい予防法の成立の中心にいて、のちに「悪の権化」のように言われる光田健輔に対しても複雑な感情を持っていました。隔離や断種、堕胎といった政策についても、「強制された」という一言ではとても括れないものを感じました。印象的だったのは当時、信濃毎日新聞だけが原告団に入っていない元患者にも取材して、彼らの多重性、複雑性をきちんと踏まえた上で報道していたことです。「療養所があったからこそ生きながらえた」と語る元患者がいる現実も含めて報道していたんです。「隔離を是認するのか!」と批判されるでしょうから、これはこれで勇気のいる報道です。なにより取材に手間をかけないとそうした立体的な報道はできない。結局、真相に迫ろうと思えば、愚直に取材し、あらゆる情報を集めるしかありません。これをぼくは“トロール作戦”と呼んでいますが。

福田 しかも読者がその報道から真相を見極めるのもまた大変です。

佐々木 『でっちあげ』の事件でも『モンスターマザー』の事件でも、ネットで検索すると教諭や学校側を陥れた保護者側の主張がいまだに「真相」のように出てきてしまいますね。

福田 教諭の名前や写真も出てしまっていますし。

佐々木 真相に近づくのがとてもむずかしい世の中になってしまって、ジレンマを感じますね。ネット記事やニュース動画だって、短いものしか見てもらえませんから、現代はさらに冤罪が起こりやすい社会構造になっているのかもしれません。(3に続く)

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佐々木健一(ささき・けんいち)
1977年札幌生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。主な制作番組に『ケンボー先生と山田先生 辞書に人生を捧げた二人の男』『哲子の部屋』『Mr.トルネード』『えん罪弁護士』『硬骨エンジニア』など。著書に『辞書になった男』『神は背番号に宿る』『雪ぐ人 えん罪弁護士 今村核』などがある。

福田ますみ(ふくだ・ますみ)
1956年横浜市生まれ。立教大学社会学部卒。専門誌、編集プロダクション勤務を経て、フリージャーナリストに。犯罪、ロシアなどをテーマに取材、執筆活動を行なっている。著書に『スターリン 家族の肖像』『でっちあげ』『暗殺国家ロシア 消されたジャーナリストを追う』『モンスターマザー』などがある。

2019年1月29日掲載

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